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とまのす

ちいさくゆっくり民俗学。

二度目の「君の名は。」※ネタバレ含む

映画館で二度目の「君の名は。
何度見てもいいなぁ。
…というわけで今回はネタバレを含むかもしれません。

ネタバレされたくない方はコチラ!

君の名は。 - とまのす(1回目の感想です)


※ほぼ妄想です。ガイドブックとか持ってて
 「ちげーよ!インタビューにこうだって書いてあったぞ!」
 という方は教えてください
 (´・ω・`)ガイドブックホシイ…

 

*水宮家と三葉ちゃんについて*
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ヒロインである三葉のほうが
妹の四葉よりも活躍するのは当然の話なのだが。

普通に考えたら、不思議な力を持った女の子の方が
四葉」っぽいと思わないか?
ほら、四葉のクローバーとか言うし。
奇跡と幸運の象徴みたいな。

それなのに「三葉」が一番すごい力がある女の子だって、
あやしいなぁ。しかも、三葉の読みは
「みつば」ではなく「みつは」。

そして彼女の名字は「水宮」。
「口噛み酒」の神楽を奉納した時の装束は
龍の髪飾りに、龍の鈴である↓

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龍や蛇というのは
一般的に水の神の化身とされることが多い。
そこから考えても ほぼ間違いなく、
水宮神社は水とその神様を祀る御宮である。
(たぶん…)
そもそも「水の御宮」だから水宮なのだろうし。


そうかんがえれば、
「みつは」も水の女神であるミヅハノメから取ったのでは?
と勝手に妄想せざるを得ない。

ミズハノメは、
多くの島や神の産み親であるイザナミ
火の神・カグツチを産んだことで女性器に大火傷を負い
苦しみながら死ぬ間際にその尿から生まれた女神である。
三葉の母親がすでに他界してしまったというのも、
なんとなくそれを連想させる。

死んでゆくイザナミと産まれるミヅハノメ
神という清い存在の死という穢れ。
尿という汚物から生まれた清らかな水の神。

その正と負のあわいに生まれた女神の名を持つ
「みつは」だからこそ
過去と未来、男と女、生と死という
真逆の事象の中を行ったり来たりできるのでは…

なんてのは妄想し過ぎだろうか。

*「かたわれどき」と糸守*

作中で、三葉の祖母は三葉の作った口噛み酒を
「アンタの半分」と表現する。
口噛み酒を作るということは
自分が失われても残る「自分の半身」を作る
一種の呪術を行使することなのだと言える。

不思議な「入れ替わり」の夢を見るのは
代々水宮家の女性である。
また、口噛み酒を奉納できるのも
同じく水宮家の女性だけである。

なので、入れ替わりの能力は水宮家だけのものだ
とも考えられるのだが、

「黄昏(誰そ彼)時」を意味する「かたわれどき」
は糸守全体に浸透している方言であるし、
瀧が図書館で借りた本に「糸守の伝統工芸」として
三葉たちが作っていた組紐が取り上げられている。
つまり、もとは集落皆が組紐を作ることができたのだ。

考えようによっては、
以前は糸守の皆が多かれ少なかれ持っていた能力が
約200年ほど前に起きたという「繭五郎の大火」以来
その方法も使い方も失われ
水宮家にかろうじて形だけ残ったとも考えられる。

謎なのは、この大火の規模と被害。
「水宮家に伝わる書物も皆焼けたので
 今や口噛み酒の意味は誰も分からない」
と三葉の祖母は言う。

昔の水宮家の人たちはその意味を知っていたというなら
水宮家の大人たちは火災で死んでしまったのだろうか。
書物が燃えても人が生き残れば
口頭で伝えたり再び文書に起こすことができたはずではないか。

それとも、詳細を記してある書物を代々守ってきたが
記してある内容は知らないまま大火に遭ったのだろうか。

「糸守」地区、つまり
作中で祖母の使う言葉「ムスビ」の象徴ともなる
「糸」を守る、という名の村でその糸の原料となる
「繭」の名を持つ繭五郎が大火を起こしたことには
きっと作品的に意味があるはずなのだが…。

三葉が母が死にかけたことで産まれたミヅハノメならば
繭五郎は母に大火傷を負わせたカグツチなのだろうか。
だとしたら、
繭五郎の大火が三葉の「入れ替わり」に何か一役買っているんだろうか。
それとも単に伝統(神、イザナミ)を殺しかけた男(男神カグツチ
と、その消えかけた伝統の中に生まれてきた少女(女神、ミヅハノメ
というだけの話なんだろうか?
※そもそも「三葉がミヅハノメと関係ある」という前提を
 疑わずに話を進めていることがキケンだろうか…。

この辺はガイドブックでも買った後でまた要検討ですな。

*時系列と水宮神社について憶測*

作中で、テッシーが検索した記事に
「糸守湖は1200年前の隕石落下によってできた隕石湖」
と書いてある。
つまり、糸守には1200年前にも隕石が落ちている。
そして今回隕石が落ちたのは2013年。
前回は813年ごろということだろうか。

その時代であれば、
もう世の中に神社というものは存在したはず。
だが、ここが山深い村であったことや
山頂付近であることを考えれば
この地域の祭祀は神社より古い形態を残していて

いま御神体を屋根のように守る大きな岩は
もとは天体や太陽を祀る磐座(いわくら)
=祈りをささげるため座る場所や祭壇だった
と考えることもできる。

もとは天体全般を祭祀対象としていたが、
1200年前の彗星落下の際に
岩の下に隠れた村民がその様子を
岩陰の天井に残しそれを信仰した可能性もある。

もしくは、
作中に登場はしないが
彗星を見ていないはずの時代の誰かに対し
彗星を見た水宮家の女性が「入れ替わり」を行って
彗星落下の事実を後世に伝えるために
岩に彗星を描かせた可能性もある。

※…と思うのは、
 1200年前の絵にしては色彩がはっきり残っているためだ。

蛇足だが、
この御神体がある場所は
山頂にある窪地。つまりカルデラの可能性がある。
だとすればここでも
火山(火の神、カグツチ)により
窪地・水のある土地(水の神、ミヅハノメ)が生まれる。
という構図となる。
(いや、その考えに取り憑かれているだけかな…)

さらに、813年の隕石落下から数十年か数百年経って
隕石の落下によってできた窪地が豊かな湖となり
その周辺には人が集まるようになったはずだ。
その時代に、糸守湖の水神を祀るため作られたのが
現在の水宮神社だろう。

その時代にも御神体のある山頂は信仰されていたが、
若者の脚をしても辛い道のりである。
自然と信仰の中心は山頂(奥宮的な位置づけ)から
今の水宮神社(里宮的位置づけ)に移っていっただろう。
実際日本にある神社でも、観光客に有名な神社は
どこかしらの奥宮の里宮である場合も多い。

作中で代々続く神事とド田舎にうんざりした三葉が
神社の階段を下って糸守湖に向かって叫ぶシーンがある。
これは、つまり水宮神社の参道が
まっすぐ糸守湖の方を向いているということだ。
三葉・四葉姉妹が神楽を舞った神楽殿も
湖の方を向いているように見える。
(作中で建物の位置関係が分からなかったので違うかもしれない)

これは、長野の諏訪大社諏訪湖の位置関係に似ている。
今でこそ諏訪大社から諏訪湖は(多分)見えないが、
昔は諏訪湖の水位が今より高く
もっと諏訪大社の近くギリギリくらいまでは
諏訪湖だったと言われている。

もしそうだったとしたら、
諏訪大社の境内からも水宮神社と同じように
鳥居を通して湖が見えていただろう。

前回見た時よりは
「〇年前」とか人の名前や
神社と周辺の位置関係を気にして見ていたつもりだったが、
全然、考えてもわからないことがいっぱいである。

これはもう、3回目を見に行くしかない!
(/・ω・)/ヨッシャ

児玉神社の台湾狛犬。

神奈川 神社仏閣 狛犬 児玉源太郎 台湾

今年に入って、だいぶ更新をさぼっている。
神社自体に行っていないわけではないのだが…。

1月末ごろに江ノ島へ行っているが、
そのこともまとめられず今日にいたる
(´・ω・`)ショボーン

江ノ島と言えば中津宮の弁天様であるが、
今回は御供してくれた方が居たので
中津宮への御参りはやめておいた。

というのも、弁天様は非常に嫉妬深いカミサマで
男女ではお参りに行かない方がよいとよく言われるからだ。
まぁ逆に考えれば、
同伴の女子そっちのけで弁天様に大興奮な男性なら
男女で行っても問題ないのかもしれないが。

さておき、今回のメインは「児玉神社」。
日露戦争の名参謀・児玉源太郎↓を祀った神社だ。

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管理人は「地域の中の神社」とか「産業と信仰」
という部分が気になる分野なためか
普段あまり個人が祀られている神社に行かない。

大抵、天皇家か軍人の偉い人が祀られていて
その恩恵を受けた人が祀っているのでは…
という変なバイアスがかかっているのかもしれない。

それを拭い去るいい機会かもしれないので、
たまには人の勧めてくれた神社に行こう!

ということで、Let's 江ノ島
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ものすごくあったかい日だった。

橋を渡って江ノ島に上陸し、仲見世通りを過ぎて
中津宮の大鳥居がそびえ立つ手前を左に曲がる。
江ノ島の喧騒が嘘のような静かな階段を登り切ると…
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見えた!ブルーシートが!(オイ
工事中とは聞いていたので、想定内です。
この可愛らしい狛犬が顔を出しているので、
それだけでも十分です(*´ω`*)
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毛布をかぶって遊ぶ仔犬のごとし。
動きがあって可愛い。

日本の狛犬
①何も持っていない
②左右で仔獅子・玉(毬)を持つ

の2パターンが多いわけだが、
ここの狛犬
オスが銭・メスが子供を持っている。
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↑オス
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↑メス

狛犬が銭を持っているというのは
日本狛犬では(私は)見たことがない。
ではこのデザインはどこのモノかというと…
このタイプは台湾型。
台湾の狛犬の写真をネットで片っ端から漁ってみると、
「圓山飯店」というところにある狛犬
まさにこれそっくりのデザインだった。

ちなみに、
同伴者の方は毎年この神社にお参りに来るそうだが
口の中は覗いたことがなかったとのこと。
覗くと、ソフトボール大の石が入っている。
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日本では 玉をくわえていたとしても
歯とくっついた状態で彫られていて動かないものが多いけれど
これは動くんですよ!
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これも台湾狛犬によくある特徴だそうで、
台湾では皆が玉を動かすため摩耗して小さくなり
小さくなって口から出せる大きさになった石が
どこかへなくなったり盗まれたりすることもあるのだとか。

正確には分からないけれど、一説には
「玉(宝)つまり財産、お金の回りがよくなる」
という意味と聞いたような聞かなかったような。

ではなぜ江ノ島の神社に台湾っぽい狛犬があるかというと、
この狛犬は台湾の有志が寄贈してくれたのだそうだ。

同伴してくれた方から、
児玉源太郎は戦後 台湾総督となって
 後藤新平とともに台湾を統治することになった。
 その時にインフラ整備や教育環境の整備に尽力したので、
 台湾は植民地であったが親日的な人も多いらしい」
と聞いた。

後で調べると、当時台湾では伝染病も流行する中
病院などにもずいぶん資金を投じたようだ。
神社の鳥居も台湾婦人会が寄贈してくれたらしい。

しかし、
拝殿はブルーシートがかかっているものの
盛んに工事をしている様子でもない。

まぁ土曜日だったから休工していた可能性もあるが、
実はこれには事情がある。

というのも、お金が足りないんだそうだ。
工事中のブルーシートには、
小さく募金のお願いのようなものが書いてあるが…
小さすぎるだろっ!(;゚Д゚)
控えめにもほどがあるわ!

そのわりに一口の金額は大きめだった記憶が…
(写真撮ってこなかった)

一口の金額を小さくした方が集まるな。これは。
そして、もう少し募金してることを宣伝すべきだな。

「いくらだったっけ」
と思って敢えて調べても出てこない。
もう、江ノ島って調べたら
まず募金ページへのリンク出てきちゃうくらいじゃないと
いつまでも集まらないんじゃないかと心配だよ。

さておき、全額いくらだったか忘れたが
そんなにかかるのには理由がある。
ここの拝殿は台湾ヒノキを使っているのだそうだ。

勿論台湾にゆかりのある神社だからという意味もあるが
台湾ヒノキは日本のヒノキより質が良いのだそうで
明治神宮の大鳥居や靖国神社の神門も台湾ヒノキ。
台湾の阿里山という地域には特に樹齢の高いヒノキが多く
大手の神社にはココの木材が人気だとか。

そんな状態なので、阿里山の神木たちは日本に伐採されまくり。
阿里山といえども樹齢2000年を超える古木は稀となってきた。
あの明治神宮が必死に探して、
やっと一つの古木にありつくような状態なのである。
江ノ島の中でも控え目な様子の児玉神社が
拝殿に足りる木材を調達するのがいかに大変か、
想像すると頭が痛くなりそうだ。
明治神宮の大鳥居ほどの巨木でなくても良いのかもしれないが)


だけど、
台湾と児玉源太郎のつながりを知ればこそ
ココは是非台湾ヒノキで頑張っていただきたいところ。

きっと台湾の名工が彫ったという狛犬
台湾・観音山の石で作ったという鳥居も
喜ぶことだろう。

どうにか募金へのアクセスをよくしたいところだ。
やっぱクラウドファンディングかな。
目標の値段が集まったら一口として奉納するか?
(/・ω・)/

命の源、泥宮(どろのみや)。

神社仏閣 長野

*正月早々、過酷な目に遭う*
正月のうちにダルマの記事とか書こう!と思いつつ
書かずに七草粥を食べ終えてしまった。
そんな1/7です。今年もよろしくお願いいたします。

毎年1/7には芦ノ尻の道祖神さんを新調するということで…
まぁ朝早くから電車に乗って、
さらに最寄「篠ノ井駅」からバスで50分少々。
「それもう最寄りじゃないじゃん?」
と言いたくなるところだが恐ろしいことに
その市営バス(大岡方面行)の終点「支所前」で降車したのち
さらに徒歩1時間で目的地に到着するのである。

乗車スキルもないのに冬の長野北半球に行こうなんて
そんな無計画なヤツは私くらいかもしれないが、
もし同じ方法で行こうとしている勇者がいたら
このバスは超本数が少ないので注意してくだされ。

そんな疲労困憊状態で、
体力を回復するべく別所温泉へ。
こちらは上田駅から鉄道が通っていて
温泉自体も別所温泉駅から徒歩15分くらい。
そして、回復したところで泥宮に向かった。


生島足島神社のこと*

そもそも、泥宮とは何なのかということになると
まず生島足島神社を紹介すべきかもしれない。
今回は忙しかったので寄らなかったが、
泥宮の最寄駅「塩田町」の隣「下之郷」に
生島足島(いくしまたるしま)神社である。

長野に住んでいる(神社に造詣の深くない)友人が、
生島足足(いくしまタルタル)神社とか
島島生足(しましまなまあし)神社とか
好き勝手な誤字メールをしてきたことがあったが、
違う。全然違う!(;゚Д゚)ヤメロ!

まぁ、その名前の通り
万物を生かす「生島大神」と
万物に足るを与える「足島大神
の2柱が主祭神となっているわけだが。

古式ゆかしい神社では本殿が無く
「拝殿の向こうにある山や木や池が御神体です」
というパターンがたまにあるのだけれど、
この生島足島神社の場合は
本社(内殿)があるが床板の無い造りになっていて
そこに見えている地面自体が御神体とされている。

そして、今回訪れた泥宮は
その旧鎮座地(モトあった場所)ではないか?
と言われている場所なのである。

方々の解説によると、
土は土でも稲を育む「泥」が元々の御神体では?
とのことなので…

生島足島神社も神池と神島を混ぜて
日本でも珍しい「泥の上に建つ社殿」にしたら…
だめですかね。すいませんね。

生島足島神社は本殿の建つ神島と
 それを濠のように囲む神池から成る。

*上窪池と泥宮*
駅から歩いて15分ほど。
道祖神に比べたら何のことはない近さだ。
その泥宮の道を挟んで反対側に貯め池がある。
現在は「上窪池」と呼ばれているが、
江戸時代ごろまでは「泥池」と呼ばれていたらしい。
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寒くて、昼過ぎだというのに薄氷が張っている
(;´・ω・)
この「泥池」は「泥宮」と一対のものと考えられていたそうな。
そして、ため池の水は周辺の稲田を潤すことから
単に泥への信仰でなく「稲」の特別視ありきの泥信仰なのでは。
とも考えられる。

そうすれば信州に逃げて来たタケミナカタ
諏訪に着く前に生島足島のもとに参じ、
狩猟的性格が強い神であるにもかかわらず
2柱の神に粥を作って奉じた!
という謎神話も少し辻褄が見えてきそうだ。

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鳥居は金属製らしき両部鳥居(前後に小さい柱があるやつ)。
両部鳥居は神仏習合と関連深い形式だが、
新しそうなので土地の歴史と関連付けるのは難しいのかな…。
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そして、この聖火リレーできそうな形の正月飾り。
群馬では見たことなかったのだけど、
今回 上田付近で結構よく見る。後で調べよう。
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ちゃんと拝殿もお正月らしい感じになっている。
扁額には「泥宮大神」の文字。
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社殿は、ちゃんと本殿があるパターン。
本殿は貯め池の方を向いているような感じで建っている。
なので、この池自体が御祭神というのではなさそうだ。
しかしなにか、この池の泥を何かするような神事が
あったりするんだろうか。
あったらうれしいが、例祭がいつなのかも不明。
今後も要サーチですな。

境内には地蔵菩薩みたいなヘアスタイルの青面金剛が。
しかし結構足先まで立体的に作られてるし、
足元の動物もくっきり残っている。
クオリティ高め(*´ω`*)
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さて、駅へ戻る途中、道端に薬師堂を発見。
どんな薬師如来が居るのか覗いて見ると…。
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なんか白塗りっぽいのとか、
頭巾じゃないモノかぶってるのとか
大きさも作風もいろいろ!
薬師如来しかいなかったところに
地域の人がお地蔵さんとか作って奉納したんだろうか…
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御堂の隅っこには、
なんか大名が乗る籠みたいなやつが。
何を運ぶんだろうか。
しかし年に一度の神事に使うにしては
ホコリかぶりすぎてる気もするな。
何に使うんだ…誰かに聞きたいのに誰も歩ってない…。

そして、その薬師堂の裏には小さな神様宅が。
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参道がかなり狭いが、
祠の大きさにしては立派な鳥居。
扁額には「飯綱大明神」と書いてある。
うちの方や東京なら絶対に
このポジションは「稲荷大明神」だろう。
飯綱とは、さすが長野とゆうべきか。
飯綱大明神は飯縄山から発生した神様で、
狐に乗った烏天狗の姿で描かれることも多い。
(東京・高尾山にも飯綱様の像がある)
狐憑きと似た意味での「イイヅナ(イヅナ)使い」は
この飯縄山付近の管狐使いのこととも言われる他、
イイヅナは狐ではなくオコジョに似た動物であり
その動物霊を使役する呪術師がイヅナ使いとも言われている。

ちなみに飯縄山の「イイヅナ」はオコジョのことではなく
砂のように見えるが食べられる菌類の一種で
もとは飯砂と表記していたというのが定説である。

飯縄山はスキーリゾートとして有名かもしれないが
妙高・戸隠などと同じ北信五岳。
天狗伝説も残る修験道の名所である。
飯綱大権現については
高尾山の記事で書いた気がするので割愛。

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なんか、印象だけれど
神社か寺院かにかかわらず
長野は信仰が濃いよね…と思った。

いろんな県に接してるのに
ちゃんと濃い文化があるというか。
多分外から何かが入ってきても
それに競り負けない土地の神様がいるんだろうか。

もうこれからは雪シーズンだから無理だけれど、
また長野の遅い春が来たら少しずつ散策していこう。

高尾稲荷とリップグロス。

神社仏閣 東京 化粧

東京メトロ茅場町駅から徒歩数分。
住宅街や高齢者施設のある日本橋箱崎町
「高尾稲荷神社」がある。
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本当に、村のお稲荷さんのように小さな
大きな神社の裏に合祀されている摂社のような規模。
しかし、キャラの濃さから知る人ぞ知る神社である。
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高尾稲荷といっても、
高尾山の飯縄大権現を勧請した神社ではない。
新吉原で名を馳せた遊女「高尾太夫」が居るのだ。

新吉原京町1丁目の妓楼・三浦屋。
ここの一番人気が高尾だが、
これは個人の源氏名ではなかったらしく、
この名を名乗った遊女は数名いると言われている。
その中でも浄瑠璃などの題材にもなり有名なのが
この神社に祀られている「万治高尾」。
仙台藩の第三代当主・伊達綱宗との物語から
「仙台高尾」とも呼ばれているが。

遊女が藩主に身請けされたシンデレラストーリー
…ではないのだ。残念ながら全然違う。
浄瑠璃の題材になったと言った時点でバレたかもしれないが、
完全な悲恋物である。

容姿端麗で芸達者な売れっ妓・高尾は
新吉原の妓楼にありながら仙台藩主を射止めてしまう。
彼女を身請けすると言って大金を積んだ綱宗だが、
高尾は想い人に誠を立て藩主の申し出を断ったために
隅田川の三又(この神社より少し上流)で
逆上した綱宗に切り捨てられてしまう。

…そうだよな。
「君の自由のためなら金は惜しくないから、
 心置きなく想い人のところへお行き☆彡」
  (見よ、これが僕の愛のデカさだ!)

みたいな男なら、あるいは
高尾ちゃんだって選んだかもしれないが。
これじゃ身請けされたって後が思いやられるよな。

そんなわけで、生前いかに売れっ妓とはいえ
殿様が河原で切り捨てたのでは
すぐに誰かが助けるでもなし。
高尾ちゃんの遺体は隅田川を流れ流され
ここ箱崎に流れ着いたのだった。
…ずいぶん流れたな!

切り殺されたのが
新吉原に近い隅田川河岸だとしたら
流域的には向島あたりか。三囲神社とか。
スカイツリーって言った方が分かりやすいな。
(一般的には…)
それが、両国も超えてこんなところまで。

まぁ、距離はさておき
流れ着いた高尾ちゃんは
彼女を憐れんだ町の住職さんと
住民たちによって手厚く葬られたらしい。

しかし、手厚く葬った割には
この神社の御神体は世にも珍しい
「遊女の頭蓋骨」
だということでこの神社は有名なのである。

切腹介錯じゃないんだから、
ふつう切り捨てるって言ったら首は切らないよね。
なので流れ着いて火葬してから敢えて頭蓋骨を神社に?
身体だけは住職さんの寺に手厚く埋葬?

…わからん。
わからんけど、非業の死を遂げた割には
この神社、菅原道真平将門的な祟りイメージは少ない。
御神体が頭蓋骨であり、また生前女性で
悩み多き人生をたどった遊女であるせいか…
この神社の御利益は「神経症・うつ・頭痛etcの改善」。
なんと。結構実用的で現代人も使える御利益!

また、遊女・女性といえば髪。
(演歌などでも情念を表現するのに使いますな)

管理人は黒髪ソング(もとい情念ソング)としては
坂本冬美の「千すじの黒髪」が好きです。

〽千すじの黒髪が 夜道を追いかけ夜叉になり~。
ってね。怖ぇよってね。
浮気するやつが悪いんだけど。

黒髪関係ないけど坂本冬美の「夜叉海峡」もいいですなぁ。

〽貴方がそちらで倖せならば 殺したいほど憎みます
 心だけでは いや  抱かれるだけでは いや。

…何だこの歌詞。荒木とよひさ天才か。
いや、そりゃ天才だよね。
こんなヤンデレ歌詞を書いておきながら
たしか、しれっと
ミンキーモモの主題歌とか書いてるしね荒木さん。

…何の話だっけ…。
(´・ω・`)ハテ?

うん、それで、遊女といえば豊かな黒髪
ってことで髪の悩みにも御利益があったらしい。
あとは美人祈願や縁結びもできると言われている。

願掛けの方法としては社の櫛を借り受けて
願いが叶ったら新しいのを添えて返すのが良いらしい。

んんん。社って、この社じゃないよな。
櫛置いてないし。こんなとこあったらすぐ無くなるよね。
どっかに社務所があるのか、まさか後ろの建物?
わからない。

しかし、そんな方法は知らなかったので
とりあえず高尾ちゃんへの手土産には
美容リップグロス買ってきたよ!
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これから冬でカサ付くけど
まさか太夫にメンタームリップは無いよね。
ということでこのチョイスだ。
自分はメイクもしやしないのに|д゚)

願掛けがあったわけじゃないが
ちょっと話を聞いてもらったお礼である。

そういえば、
今でこそ化粧は女性メインの文化となっているが
これは「口紅」の伝来によるとも言われている。
(あくまで、わが島国での話だが)
ここでも「丹」の話を何度かしたと思うが、
古墳時代以前の赤い顔料といえば
鉱物から作るモノが多かったと考えられている。

当時の使い方としては、
刺青のように体に模様を描いたり
または重要な場所に塗ることで
自分の体を守ったり力を表していたのでは?
などという説があったりする。

しかし、大陸から「紅」という
植物由来の鮮やかで深い赤が伝来した。
紅は金にも匹敵するほどの高級品であり、
必然的に塗る面積は小さくなっていった。
また鉱物由来のものと違い身体への害がない。
だから唇に塗っても大丈夫なのである。

赤は力を表し命を守る色から
飾るための色となり女性寄りの存在になった。

さらに江戸時代、
遊女というのは非常に所得の高い職業で
(それだけ身支度にとんでもない出費もあるのだが)
そんな彼女たちにとっても高級な「紅」
どれだけ身体に纏えるかは1つのステータスだった。

マニキュアやペディキュアとして爪に塗るほか
イヤーチークのように耳のフチにうっすら塗る
というのも流行ったらしい。

今や口紅を爪に塗ったらえらいことになるが、
昔の紅というのは貝殻に入って売っていてほぼ固形。
円形の固形水彩絵の具を水筆で溶くように使うのだ。
なので、どこに塗っても支障は無かったはずである。

そして、贅沢の極み「笹紅」。
浮世絵で見たことのある方もいると思うが、
本当の紅花から作った紅というのは
赤の純度があまりに高く
なんと赤色の光を吸収してしまうのである。
そのため、この紅を何度も塗り重ねると
唇は玉虫の羽のように笹のような緑に光る。
(笹紅、でググって戴けば画像たくさん出てきます)
これを利用して、
バッチリ稼いでいる遊女さんたちの間では
「上唇はうっすら紅を指し下唇は厚塗りで薄緑に光る」
というメイクが流行した時代があったのだ。

Wikipedia先生によると、
庶民やあまり稼いでいない遊女たちは
下地に墨を塗った上に紅を指すことで
これに近い色を出し節約した。
というようなことが書いてある。
すごいな。友人が「おしゃれは我慢だ!気合いだ!」
と言っていたが、今も昔も変わらんな。

管理人は流行りのオシャレをする為に唇に墨は…
ちょっと遠慮しておきたい。
女子力と気合いが足りないのだ。

なんだか話が外れてしまったが、今回はこんなところで。
ではまた~(/・ω・)/!

秩父神社の妙見様。

神社仏閣 妙見菩薩 オオカミ

秩父神社の神輿たち*

前回の記事にも同じ写真を乗せたが、
秩父夜祭翌日の朝に撮ったので
写真手前の公道には車輪の跡が付いている。
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コチラ↑が一番新しそうな御神輿。
昨日の夜 屋台を引き連れて練り歩いたのは、
この御神輿なのだろうか。
徳川家の三つ葉葵の御紋が付いている。

そしてコチラ↓はちょっと古い御神輿。
手前にあった板を読んでみると、
この社にゆかりのある者を募り千人講を結成。
そのメンバーで昭和58年に奉納したものらしい。
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ちなみに秩父神社で一番古い神輿は
神社近隣の「まつり会館」で展示されている。
これは写真には取れなかったが、なんと埼玉県内最古。
結構古い神社のある埼玉で最古とは…中々ですな。

ちなみに、その「まつり会館」には
笠鉾が三層の笠を付けた状態で展示されている。

ん?笠鉾ってゆうんだから笠ついてんじゃないの?
と言われそうだが、実は秩父夜祭では
笠鉾は笠を付けていないのだ!
Σ(゚д゚)ガーン
曳行の順路に電線が引かれたことが原因であり、
実際の祭事で笠を付けている姿が見られるのは
秩父夜祭と対比される「川瀬祭り」のときだとか。

その姿は非常に美しいので、
皆様是非、夏も秩父へ!
ヽ(・ω・)ノソレッ

※川瀬祭りまで待てないセッカチさんは
 祭り会館へお越しくださいませ。

そして、秩父神社に戻って…いよいよ拝殿!
何とも色鮮やかで、さらに彫刻が見事!
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笠鉾や屋台を「動く陽明門!」と言っているあたりで、
日光でもないのに東照宮ネタ?あやし~|д゚)
と思ってはいたが、
この社殿 徳川家康さんが造営したらしい。
さっきのNew御神輿に三つ葉葵の御紋が入っていたのも、
それなら納得ですな…。

そして、その社殿に施された彫刻の数々!
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これ↓は「子育て虎」として有名な彫刻で
日光東照宮の「眠り猫」などを彫った名匠
左甚五郎の作品と言われている。
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…これジャガーじゃないの?と言うなかれ。
どうしてこの柄になったか分からないが
今のように動物園なども無い世の中で甚五郎さんが
寅年・寅の日・寅の刻うまれのタイガーマン家康のために
一頭入魂で彫った彫刻である。

そして、虎がいれば龍もいる!
こちらも甚五郎さん作といわれる「つなぎの龍」。
身体の周りに彫刻なのか実際の鎖なのか
この龍の動きを封じるように鎖がかかっている。
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この彫刻には伝説が残っている。
昔この近くの池でたびたび龍が暴れたらしいのだ。
そのあと不思議と 彫刻の下に水たまりができるのを見て、
人々がこの彫刻を鎖で縛りあげると
それ以来池で龍が暴れることはなかった…という話だ。

扁額の周りの緻密な龍↓もさることながら
右側の鶴と亀も遠近感・立体感があってイイ感じ。
ちなみに今は「秩父」と書かれるけれど、
本来のチチブ神社の表記は「知知夫」のようだ。
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そしてコレ↓は「お元気三猿」と呼ばれている三猿像。
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日光のが「見ざる・言わざる・聞かざる」なのに対して
見てるし聞いてるし喋っている(*´Д`)!
そんなところからも、また
祭神の妙見様(もしくはアメノミナカヌシ)が
人の寿命を司ると言われる北極星の神であることからも、
長寿に御利益のある「お元気」三猿と呼ばれるのだ。

そして、こちら↓が「北辰の梟」。
社殿後ろ(=北向きの面)に居て、
身体はキチンと本殿内の神様の方を向きながら
目は信仰対象である北極星を見つめている。
顔を真後ろに向けられる梟ならではのポーズである。
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秩父神社の神様とは*

秩父夜祭で愛人・妙見ちゃんの話をしたせいか
妙見菩薩が最前面に出てしまったわけだが…。

もともとはチチブの初代国造・知知夫彦さんが作った神社。
彼は自分の御先祖様と言われている
八意思兼(ヤゴコロオモイカネ)を祀ることにした。
その名前の意味は「多くの思慮を併せ持つ神」。
思想や思考、知恵の力を神格化した神様である。

前にも話したが、アマテラス岩戸隠れ事件でも
「みんなで楽しそうにするといいんじゃね?」
「少し開いたら鏡をアマテラスに向けるのもアリだな」
と提案したのは彼だった。

そして時代は下り、
この神社を作った知知夫彦自身も神として合祀。
しかし、律令制がくずれ豪族のパワーはダウン。
国造一族がベースだった知知夫神社も落ち目になった。


さらに、追い打ちをかけるように
鎌倉時代 落雷で社殿が消失。
建て直しにあたり宮地地区にあった妙見宮を合祀。

このころの妙見様は、
平良文という武将の戦勝祈願を見事にかなえ
彼を祖とする秩父平氏の間でも人気者に!
※この戦いで良文は平将門の旧領を獲得したので、
 平将門に勝って乱を治めたと言う説もある。
 しかし将門と戦ったのは良文の兄・国香であり
 良文はむしろ将門に味方して
 妙見菩薩の加護で将門&良文が逆転Vだった。
 という話もある。
 

まぁ、落ち目の古株と大人気の新人を比べれば
民衆の気持ちが 乗りに乗っている妙見様に向くのは
至極当然な流れだっただろう。

その勢いといったらもう、
こんな大きな「妙見様扁額」ができてしまうくらいだ。
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かくして
明治の神仏分離ストームが吹き荒れるまでの間、
秩父神社では妙見様がセンターを務めてきた。
秩父神社」でなく「秩父妙見宮」と呼ばれていたほどだ。

今でも秩父夜祭で主役を張っている時点で
実質的なセンターは妙見様なのかもしれないが、
一応神仏分離の結果
妙見様は 同じく北極星の神である神道のカミサマ
「アメノミナカヌシ」と名前を変え、
ヤオモイカネとチチブヒコも返り咲いた。

秩父神社の女神様*

ちなみに本殿に居る神様はそのあたりだが、
忘れてはいけないのが
「柞乃杜(ははそのもり)」の女神様。

ハハソとはコナラの仲間の古称だそうで、
この神社の鎮守の森はふるくから「柞の杜」と呼ばれた。
柞(ハハソ)は「母巣」「母蘇」とも表記され、
和歌の世界では「母」という言葉を導く枕詞でもあった。

そんなイメージで、
この森の神様も女神様となったわけだ。
そしてなんと、妙見様が社に招かれる以前は
夜祭で武甲山の山神と逢瀬を重ねていたのは
この女神様だったともいわれている。

そもそも、
妙見様というのは男神であることが多い。
様々な宗教に北極星信仰があるためか
その像容はかなり様々だが…

妙見菩薩を考案した中国でも
仏教の故郷インドでも
死と寿命の神は男性神だったはずだ。
(エジプトや日本は女性だけど)

「乳の神さん」として有名な
伊勢神宮(外宮)の妙見堂の妙見様ですら、
本人(?)は武装した男性神である。
※この武人がどうして乳神サマなのかは
 こちらの記事(河童と妙見様)の後半で。

そのため、この秩父の妙見様は
柞の杜の女神様とミックスされたために
途中から女性になったのでは?
と考える方が自然な気がするんだな。

…もし
「適当なこと言いやがって!」
秩父の妙見様は最初から女よ!」
等々なにか知っている方がいたら教えてください…
(; ・`д・´)

ちなみに、
四方を守る四神というものがいるけれど
北を守っているのは「玄武」というカメである。
そして、このカメさんはしっぽが蛇なのである。
武甲山の蛇神と、秩父の妙見ちゃんが乗っているカメ。
ふたつ合わせて玄武に…とか考えてしまうわ。

山の神様が蛇神だなんて
別にそれだけ聞けば珍しくもなんともないんだが(゚д゚)。


秩父祭り4日目*
先日の夜祭の記事にも書いたのだが、
秩父夜祭は宵祭(2日目)と本祭(3日目)で終わりではない。
4日目は蚕糸祭。
その年の農作物の実りや蚕糸の出来を感謝する、
地域が地域のために行う祭事という感じがして好きだ。

うちの群馬も蓄光繭とか黄金繭とかあるけど、
秩父秩父でいろんな色や品種を作ってるみたいですな。
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観光名産品協同組合が
自信を持ってお勧めする一品たちを奉献!
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…JA養蚕部会は分かるけど、
こんにゃく部会なんてのもあったのね…
(手前の紙にそう書いてあった)
他のイモ類とか野菜とは分ける必要があるんだろうか。
それとも、トマト部会とか各農産物ごとに部会が⁉
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そんな秩父祭は5日間であるが、
元来この期間は地産の絹市を開く期間だったのだ。
そういう意味では
この4日目の蚕糸祭が本祭でも良いくらいなのでは…。
と、個人的には思っている。

すっかり屋台・笠鉾が主役になっちゃってるけど
あの絢爛な屋台と笠鉾でさえ、例祭の「付け祭」であり、
全国から絹市に来る絹バイヤー(?)たちに
見せるために始まった説もあるというのだから…

サービス精神というかもてなし好きというか。
それとも「どや!」という感じなのか、
逆に「あなたたちが買ってくれるからこんなの作れたよ」
という感謝のフィードバックなのだろうか。
まぁ確かに富山・八尾も、
繭売ってスゴイ山車作ったりしてるけど。

その、屋台・笠鉾行事が
今やユネスコ無形文化財ですよ!
大したもんだなぁ。おめでとー!
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「有名になって混む」だけでなく、
この地域の歴史や祭りの由来が広く知られて
観光行事でなく神事として広まってくれることを
願う管理人でしたとさ。


*おまけ*
秩父夜祭と言えば、
絢爛な笠鉾のバックに悠然と広がる
大輪の花火でしょう!
と、いうところだが
曳行を後ろで見ていた地元ッティが言ってたんですよ。

「明日市役所勤めてる友達がアレのカスめっちゃ拾う」

そう。羊山公園から打ち上げている花火たちの忘れ形見。
それを拾う行程は「黒玉拾い」と呼ばれる。
ちゃんと名前までついているのだ。
市役所職員だけでなく、消防、打ち上げた業者
そしてもちろん観光協会も協力する。

観光客は
「もっとバンバンあげてくれないと写真うまく写らない」
などと勝手なことをおっしゃるが、
そこは何とかうまくシャッターを切ってくれ。
そんなに打ち上げたら黒玉の山ができてしまうわ!

我々外部の者にとっては一夜の祭でも
それは地域にとっては一年かけてきた祭事であり
祭りの場は生活の場である。

秩父に限らず祭事では 観光気分で
持ってきちゃいけないものを持ってきたり
入っちゃいけないところに入ったり
触っちゃいけないものを触ったり
捨てちゃいけないところに捨てたり
撮っちゃいけないものを撮ったりするのはやめよー。

※これの最たるものが岡本太郎のイザイホー事件。
 (岡本太郎は観光気分ではなかったかもしれないが)
 あんまりやりすぎると、今まで見れていた貴重な行事が
 誰も見られなくなる可能性もあるという事例である。



秩父夜祭、逢瀬の祭り。

神事・祭り 埼玉 妙見菩薩

先週末は、秩父夜祭に行ってきた。

そもそも秩父という響き自体が好きなのだが、
秩父夜祭は山の神様がかかわる祭りのわりに
かなり駅チカでみられるところも気に入っている。

夜祭というだけあって
夜に雪洞(ぼんぼり)を揺らしながら練り歩く屋台!
というイメージが強いとは思うが…

屋台自体の装飾を見るなら日中がオススメ。
コチラは、本町笠鉾。
金箔を押した上に彩色が施されている!絢爛!
(*'ω'*)❤
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人混みで出会った地元の人によると、
屋台は基本的に男性しか乗れないのだが
中に座っている舞手の人だけはOKなのだとか。
(ちなみにこれは花柳流の方らしい)

笠鉾屋台曳行の見どころの一つ「ギリ回し」は、
スムーズに回転する姿もさることながら
10数トンの屋台が大きく傾く緊張感に歓声が上がる。
管理人も揉みクチャになりながら
ショボくて短い動画を撮ってきた。
↓傾く!このギリ回しの際のお囃子は「玉入れ」と呼ばれる。

秩父夜祭・本町屋台2

↓人混みの中で方向転換する屋台は
 波の中で舵を切る舟のようで感動。

秩父夜祭・本町屋台


そして、中町通りに出ると中町屋台が!
水引幕は亀。龍の彫刻も細かくてカッコイイぞー。

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秩父祭りに登場するのは
笠鉾2台&屋台4台=合計6台なのだが
中町屋台の鬼板↓はこの6台の中で一番大きいのだそうだ。
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ちなみに、破風(屋根っぽいところ)を境に
下が懸魚(げぎょ)、上が鬼板と呼ばれている。
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後幕↑の刺繍は鯛。

この刺繍はそれぞれ様々な柄で、
秩父祭り屋台の中で最も古いという「宮地屋台」は
猩々(ショウジョウ)↓である。
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宮地は、秩父神社に合祀される以前に妙見宮があった土地。
だから「宮地」という地名なのだそうな。
ちなみに、この合祀の際に妙見ちゃんは
7つの井戸を渡って秩父神社に行ったと言われている。
これらの井戸は今も実際に残っていて、
秩父神社境内に詳しい場所の案内看板がある。
それにちなんで宮地屋台は屋台倉をでてから宮参りまでに
「曳き踊り」を7回上演するんだそうな。
※曳き踊り=町会所や門前や辻で上演する
      長唄・踊り手による所作行事。

というわけで宮地屋台は、
特に妙見ちゃんとのかかわりが深い屋台である!


この3台以外は夜撮ったので、
残念ながら刺繍はうまく撮れなかった…
もっと早くから秩父神社に張り込むべきだった。

*そもそも何の祭なの?*

秩父夜祭は、
その知名度の割に何の神様のどんな祭りなのか捉えきれない。
というより知名度が高いのは笠鉾・屋台の曳行のみ?
的な所がある。

実際その起源は分かっていないようではあるが、
秩父神社武甲山の北面にあり
秩父神社の梟の彫刻は北を見つめ
秩父神社に居る妙見様は北極星の神様
ということから
北辰信仰テイストの強い祭ではないかとのことだ。

また、曳行の際には屋台などに先立って
各町内から「御供物」が運ばれて行く。
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そのため、一年間武甲山から得た恵みを
山の神に還す祭なのではないかと言われたりもするとか。

観光客に有名なのは12/2の宵祭と12/3の本祭だが、
12/4に「蚕糸」祭 12/5には産業発展交通安全祈願祭
そして最終日の12/6には「新穀」奉献感謝祭と続いてゆき
最後に例大祭完遂奉告祭をもって5日間の祭が終わるのだ。

そんなところからも収穫祭的要素が窺えますな。
そもそも秩父祭自体が
モトは御蚕祭と呼ばれていたらしいし!
(*'▽')

そして、一番神話的なのが
「山神さま&妙見さま逢瀬day」説!

3日の夜にもっとも有名な
御旅所への「神幸」が行われるわけだが、
この場所は秩父神社武甲山の間。
夜祭は2人の神様が年1回の逢瀬を楽しむ日
( *´艸`)
と言われているのだ。

↓御旅所から見た武甲山
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なんで年1回なの?もっと逢えばいいのに!
と言いたくもなるが、実は…
妙見様は愛人ちゃんなのだ。
では正妻は誰なのかというと、コチラ!
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梶の神紋!奥山の大木、里に下りて神となる!
ヨイサー(/・ω・)/ッ!お諏訪様だよ!
(テンション高いな…)

…それにしたって、
正妻なのにこんな小さいお住まいなんて。
しかも秩父最大の祭りは主人と愛人の祭りなんて。
本拠地でないとはいえ可哀想すぎやしないか?

と考えてみた。
そういえば諏訪にも北斗星のカミサマが居たけど
(北斗神社。めっちゃ階段がすごいヤツ)f:id:ko9rino4ppo:20161210011052j:imagef:id:ko9rino4ppo:20161210011153j:image
あれは祢宜太夫・守屋氏の屋敷神だとか聞いたなぁ。
諏訪大社No.3の守屋氏はNo.1諏訪氏と何度も争った…
と聞くと「北極星の神様とお諏訪さまが敵対」も納得。
しかし諏訪氏氏神は夫・タケミナカタの方だぞ。
この考え方じゃ妻・ヤサカトメとばっちりじゃないか。

まぁ、そんなことを思いながらお諏訪さまの近くをブラブラしていたら
「女神さんが可哀想だから」と言って
毎年夜祭の日にはお諏訪さまに会いに来る
とゆう地元のおじいちゃんが来た。
いい人だ…(*´Д`)

さて、こちらの立派な神社が
愛人ちゃん・妙見さまのいる秩父神社
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お諏訪さまと比べ物にならない大きな境内である。
今回は既に長くなりつつあるので、
秩父神社に関しては別記事でまた…。

さて、いよいよ夜!
18:30だか19:00に秩父神社を出発した一行が
19:30ごろに やっと聖人通りにさしかかる。

聖人通りは、中町通りを御旅所方向に曲がった角から
秩父鉄道の線路を渡る前までの通り。
込み合ってはいるが、屋台がよく見えるスポット。
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これは御供物。箱の上に縄が乗っている。
この縄は、4/4に行われた御田植祭りで使われた
「藁の龍神」である。

↓近くで見るとこう。
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そして、大天狗のような面をかぶり猿田彦
続いて御幣束らしきもの。
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御神輿が来た。
ココにはヤサカトメだけが乗っているのか、
それともヤオモイカネとかも入ってるのか。
せっかくの逢瀬なのに合祀された神様同伴とかないわ…

といろいろ考えていると、
神馬が来た!
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警官さんが散々「フラッシュたかないで!」
と言うのに観光客が全くフラッシュ撮影をやめない。
この一頭目は落ち着いていたが、二頭目はかなり興奮気味。

たしかに秩父が誇る観光資源ではあるが、
その前に地元に伝わる「神事」であり
第一、馬がビビっているじゃないか…
というトコロも考えていただきたいものだな。

ただ、近くにいた地元のおばあさんの話では
神馬が荒れるほど翌年は豊作なのだとか。

そして、いよいよ
昼間は付いていなかった雪洞を纏い、
各町の笠鉾・屋台が登場!
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こちら、6台の中でも最大の笠鉾。
下郷笠鉾!なんと高さ7m、重さは20t程度あるとか。

そして、こちら↓は
もう一つの笠鉾・中近笠鉾!

秩父夜祭・中近笠鉾

胡弓のような音が幾重にも重なって聞こえただろうか。
笠鉾や山鉾には「鳴り」と言って
ワザと車輪がこすれて鳴るように作ってあるものがある。

軸と触れる部分を綿密に調整したり
地域によってはチョーク粉をまぶして鳴るようにしたり
祭りによって差はあるが、どうやって鳴らしてるのだろう…。

ちなみに、神幸祭の最中は御旅所(手前の道含む)や
秩父神社と一部の道路は完全に通行止め・入退場禁止となる。
そのため、通行止めになる前にチラッと撮ったものだが
御旅所の妙見ちゃんが座る場所は この鳥居の奥。
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右端に少し写っている屋根の下に
亀石という石があって(妙見ちゃんは亀に乗っている)
御旅所でいろいろやっている間はココに御幣が立つ。

そして、翌朝撮ったが
御旅所入口には神社例大祭で立てるようなのぼりばた。
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ほぼ山車の紹介で終わってしまったけれど、
次回は秩父神社自体について書こうと思います~
(*´ω`*)

さいごにおまけで
本町屋台の天井の鳴き龍とオニーサンたち!
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鴻池朋子「根源的暴力vol.2あたらしいほね」

かんがえごと 巫女 見るなのタブー 魔女

ずいぶん経ってしまったが、
8月に鴻池朋子さんの展示を見に行った。
人の勧めで「絶対好きだと思うよ」と言われて行ったが、
あとで調べたら「焚書」↓書いた人だったのね。

焚書 World of Wonder

焚書 World of Wonder

 

 数年前、絵が気に入って買った絵本だったが、
あの時よりさらにパワーアップしてるというか
今回は「気に入った」でなく「揺さぶられる」感じがした。


*名前が付く前のカミサマ*
普段神社のことを書いていることがほとんどなので、
なんでいきなり美術展のブログになったんだ
(゚д゚)⁉
と思うかもしれないが…まぁまぁ。
普段管理人が考えていることとは関係あるのだ。

とりあえず今回、神社は出てこない。
なので神社好きで読んでくれていた方は…
次回以降また神社の話題に戻るのでお許しください!
|д゚)

あと、今回はいつにも増して長いです…。
*なぜ鴻池さんの作品に惹かれるのか*

鴻池さんの絵や立体作品を見る時、
管理人は その獣や山、雪、魚の持つ
「命」や「鼓動」もしくは「死」に圧倒される。
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古く、人は神話や民話の中で
猿や蛇や鬼の嫁となり、雪女や鶴や熊を娶ってきた。
また、川や山の声を聞くこともあった。
そしてその前後には、融和が見られることもあれば
知恵比べや取引、そして争いや破壊が発生することもある。


これらは「語り」の世界のことではあるが、
実際に自分でないもの(=自然、動物、異民族etc)との
コミュニケーションを図ってきた「経験」の記録でもある。
と、管理人は思っている。

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現代においては、
結構いろいろなものが調節・制御可能になってきて
環境や人でないものに「圧倒される」経験や
もしくは「取引をする」という感覚は
おそらく昔より薄れていると思う。

鴻池さんの描くものは何処となく
そうして普段忘れられている
かなわない存在からの圧力や、
その中で生きようとするもがき
みたいな「やりとり」を感じさせる。
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*カミサマとの距離感*

話は変わるが柳田国男
「カミの零落の三段階」という話を書いていた。
妖怪は神の零落した姿であるという考えを前提に、
神であったものがどのように妖怪化していくのか?
を整理した3段階である。

これを管理人なりに噛み砕くと

①人が畏れ遠ざける段階。
 触れなければ何事もないが不安も解消されない。

②人が畏れながらも近づいてゆく段階。
 内心まだ気味悪がっているが、
 その力を祀ったり試して防ぐ手段を探り始める。

③畏れを持たず滑稽なものとして扱う段階。
 笑い話や風刺画の題材などにもなり娯楽的になる。

…となるかな、と考えている。
河童などを想像してもらえばわかりやすいだろうが、
自然に関しても大体構造は同じで

①ただ災害を受け止め、起きないよう祈る段階

②災害を起こすもの(逆に恵みを与えるもの)
 に名前や形を与え、意思疎通を図る段階

③物語(民話、神話)が発達し、
 災害などへの対処の手段が語られる段階

という三段階があるような気がする。

※ただし③は必ずしも理論的な解決策でない。
 伝承には以下のように、経験をもとに推測して、
 「あの時と逆の対応をすれば被害に遭わない」
 と安心するための心理的解決(仮)も多い。

 ・災害前に、正体の分からない声に挑発的な応答をした。
  ex.1)やろか水の「やろうか」に「よこさばよこせ」と返す。
  →つまり、返事をしなければ災害は起こらない!
 
・被害者は悪い行いをしていたからこうなった。
  ex.1)狐を懲らしめたので一族に子が生まれなくなった
  →つまり自分はそうしなければ災害に遭わない!

で、話がズレたが3段階説の話である。
ソレと美術展がどう関係あるんじゃい!というと
普段管理人が書いている神社の記事は
神様がどうとか〇〇信仰だとか
3段階で言う②から③の段階の話が多い。
つまり「どう扱うか」が決まった後のハナシだ。

でもこの美術展では冒頭で話したような
「まだ恐れられている状態」
「漠然とした自分以外の存在」
つまり①と②の間くらいの感覚を感じることができる。
…なので、たまにはそうゆうことも書いてみようかなと。


*生活者という巫女*

上の三段階説で
③の段階(orその先)に行ってしまった「現代人」たちを
①と②の狭間につなげてくれる鴻池さんは
ある意味で魔女的もしくは巫女的だと思う。

今でこそ巫女さんというのは
神社にいて赤い袴をはいて御守りとかを売っている!
…というイメージだが、
知っての通り彼女らは御守りの売り子さんではない。
舞を奉納したり 供物を上げたり
つまりカミサマに仕えている人なのだ。

私たちには見えない神様に 巫女さんが仕え
定期的に御供えを換えたり
また神事を執り行い舞を舞うことで、
私たちは神様がそこに居て
コレを食べたりアレを見たりしてるんだな…
と感じることができる。

また、神様の声が聞こえない我々一般ピープル
神様の声を通訳してくれるのも巫女さんだった。
神がかりとなり、神の信託を聞いた卑弥呼などが
そういう意味での巫女としてイメージしやすいだろうか。

あとは、亡くなった人の口寄せを行い
民俗行事にも関わるイタコさんたちも巫女と言っていいと思う。
また、宮古島や沖縄のユタやノロも
古い巫女さんの形を残している文化だと思う。
つまり、巫女さんは神様と我々をつなぐ人なのだ。

自然側の 波のような霧のような声をキャッチして、
ちょっと鈍くなってしまった現代人に
わかりやすいチャンネルに変換して発信するのが巫女。
そう考えると、鴻池さんもそんな存在な気がした。

彼女を巫女と呼ぶとすれば、
使っているのは古代の女性たちと同じ力かもしれない。
混然とした自然の中に存在している 有用植物を集め
食事を作り、糸を紡ぎ、布を織った女性たちのことだ。

彼女らもまた自然の中で生きる「生活者」であり
だからこそ自然に耳を傾けその変化や性質を知る必要があり
巫女的な存在であることができたと思う。

しかし、今となっては神道の巫女さんは
なんとなくスピリチュアルというか神事・祭事寄りで、
日常的な生活とは縁遠いかんじがしてしまう。

それが悪いわけではないが、
そうすると神様や祭(祀り)というのは
どんどん生活から離れてプワプワ浮いてしまう。

一方、この美術展では
日常と離れた精神的芸術性でなく
自然の中で生き抜いていく「生活者」的な魅力を感じた。

それはきっと鴻池さん自身が
作品制作だけでなく服などを「作る」ことも等しく
「自然の領域に踏み込んで 切り取ってくること」だ
と考えて制作しているからだろうという気がする。
(想像でなく、この認識については対談で言っていたことだ)
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その服について、そして女性の使う魔法について、
作品中で語られている部分があるので見てみる。
ココでは「ある女性の語り」として
「白鳥の王子」の刺草(イラクサ)のシャツ
「シンデレラ」の灰まみれの服
などを例に語られている。

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彼女にとっての本当の衣装は舞踏会のドレスではなくて、
この灰まみれの服こそが大事な花嫁衣裳なんですよ。
私が魔法という超自然的な救いの手を差し伸べるのは、
彼女が灰をまとってから。

そういう変身の道具が、動物の皮や刺草や灰だったり、
私のこの魔法の杖が木の枝だったりするように、
文化から離れて、より自然なものに近づくのは、
おとぎ話の「魔法」っていうものが、
自然の力によって起こっているからなんですね。
人間が古来より抱いてきた自然への驚異の念、
それの名残なんですよ。

*見るということ*

見る、ということに関して
管理人はあまり意識していないのかもしれない。
それは反対に「見るな」という禁忌も
あまり気にしていないというか、
だからこそいつも拝殿の中を覗いては
写真まで撮っていたりもするわけなのだが。

日本にとどまらず世界中の民間伝承において
「見るなのタブー」
の威力(?)はすごいと思う。

国内では「鶴女房」「浦島太郎」が有名だと思うが、
それ以前に黄泉の国のイザナミ
妻のモモソヒメと蛇神・オオモノヌシ
トヨタマビメの出産etc…
日本神話だけでも見るなのタブー山盛りである。
外国のものでは「パンドラの箱」「青髭
あたりが身近だろうか。

見るという行為自体はある意味能動的なのだが、
禁止されていたり隠されていたりするものを見るには
結構な決心と行動力が必要となる。

しかし、どの民間伝承・童話でも
その禁止された真実を見る勇気や行動力は
評価を受けることは少ない。
だいたいは、禁忌を破ったことで真実を知り
多くのケースでは夫婦でいられなくなったり
生命が危機にさらされる。

それでも、ひとりとして
カリギュラ効果に抗い抜いた主人公はいない。
今回の展示でも、たびたび「見ている」顔が
作品の中に登場する。
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解説はついていないので本当の意味は分からないが、
それは大体のぞき込むような場所に作られていて
鑑賞者は「なんだろう?」と近づいていくと
急にその大きな目と目が合ってハッとする。
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それは、のぞき込む私たちに対し
ただ見られるに任せる風景でなく
意思をもって覗き返す自然なのかもしれないし

考え方によっては
その視線に出会ってハッとしている
私たち自身の表情なのかもしれない。
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おそらく
祖母の布団に居るオオカミを見た赤ずきん
ジル・ド・レの部屋を覗いてしまった少女も
オオモノヌシの正体を見たモモソヒメも
こんな顔だっただろうと思いながら見ていた。

その「目」に加えて印象的なのは
小さく開かれた口。
これもまた巨大な本の中で言及されていて、
口は「食べものを取り込む」
つまりは他の生き物だった命と一体化する器官であり
また「外界の物が出入りする危うい場所」とも書かれている。
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その危うい場所が、
新たなものを見て場合によっては警戒すべき
というような表情の中にあって
あろうことか「閉ざされ用心する」のでなく
ガードせず「開かれている」のだ。

実際びっくりすれば口は開いてしまうものかもしれないが、
それはある意味
自分にとって未知の物や脅威となり得るものも
拒否せず自分の中に取り込んでいる表情なのかもしれない。

…話題が「口」に移ってしまったが、
「見る」ということに話を戻す。
これについても鴻池さんは文章で書いてくれている。
(先ほどの魔法と自然の次のページだと思う)

同じおとぎ話であっても
結末にはバリエーションがあることについて、
「おとぎ話では結末が必ずしも大事ではない」
「それよりも「見る」ってことのほうが大事」と。
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最後の段落だけ文字に起こすと、

赤ずきんも森で寄り道をして、
初めて見る美しい草花に心奪われ、
狼と出会ってしまいますよね。
そうしたら赤ずきんがもと来た道を、
何ごともなかったかのように帰って行くっていうのは、
やはりあり得ない。
何かを見てしまうことで、赤ずきん自身
これまでとは違うものになってしまったわけですから。
たとえ命が助かったとしても、
もはや、同じものではいられないんです。

と書かれている。
見ることで、相手の関係だとかよりも
自分自身が同じものではいられない。
これは結構インパクトがあった。

そうして、これを読んでから
もう一度ここまでで見た展示を思い出す。
そうすると、何となく思うのは

ああ、自分もここの入り口を入ってから
いろんなものを見た。
もう入る前の自分と同じものではいられないのか。
ということ。

*駆け引きと信仰*

さて、見るという人間寄りの話をしたけれど
また話は自然との関係に戻る。
現代では感じることの少ない感覚かもしれないが
生きることは環境(自然)への間借りである。
衣食住という基本だけ考えても
着るものの毛皮や布は動植物の命に踏み込んで戴くのだし、
食べるものも同じく、自分以外の命を取ってきて自分が永らえる。
住む場所も 自分が住む間はほかの動植物を制限することになる。

そういう関係の中で、
必ず「駆け引き」が存在する。

勿論それは物理的な意味でも
狩ろうと近づけばケガを負うこともあったり
漁場や狩場に近い集落は津波や山崩れに遭いやすい。

しかし、それとは別に
自然災害など 何かどうしようもない事態になった時や
命を奪うことへのうしろめたさを感じた時にも
人は「駆け引き」を持ち出してくる。

無論、これは人が自然を擬人化することで生まれる
架空の駆け引きで
実際効果の程は微妙なものだが。

人は相手が「意思」や「声」を持っていると考えることで
相手が人間でなくとも
自分と相手を同じように尊重する能力を持っている。

たとえば、あまりに幼い子は
「自分がこれをやられたら痛いだろう」とは考えないが、
少し成長すれば
相手が「痛い!」と言わないヌイグルミだとしても
大切に抱っこしたりすることができる。

これは、身近に世話してくれている人との関わりなどから
「他者も自分と似た痛覚や感情を持っている」と学習したり
「実際反応を見聞きせずとも相手に自分を投影し想像する力」
が発達してくるためだ。

と同時に、人の心理には
自分の力でどうにもならないものへの
理不尽さや恐怖を克服するためのステップがある。

例えばキュブラー・ロスの「5段階モデル」。
これは死を宣告された人が受容するまでの精神の動きを、
以下の5段階に分類したものだ。

①否認(事実なのか、どうゆうことなんだ)
②怒り(不幸にも選ばれた。なぜ自分なのか)
③取引(条件を提示し回避しようとする)
抑鬱(回避できないと悟る。対処できない絶望)
⑤受容(自分なりの意味を見出したり納得する)

この「③取引」の部分だ。
上段で書いた「相手に自分を投影する能力」と
「取引を持ち出して状況を打開しようとする心理」。
これが、自然を擬人化して
コミュニケーション可能な存在とみなし
祀ることで災害等を回避しようという発想の下地な気がする。

上記はモトが「死の受容モデル」だから例が微妙だが、
どうすることもできない自然災害についても同じく
「アレが悪かったなら改めますから」
「コチラはこれを差し出すので助けて」
と言った心理的な駆け引きが発生するし、
また狩猟の対象となった動物などに対しても
「この部位は人間がもらい、こちらは山の神に」
「一年に一度弔う(祀る)日をもうけよう」
といった具合に神との分配・祭祀等が行われる。
そうした恐怖心・うしろめたさへの対処の過程で
カミサマや信仰というものが生まれるのだろうと思う。

作品展の中では、
先ほどの魔法と自然や
「見る」ことについてなど
たびたび大きな本が展示されていて
以下のページには人と道具について書いてある。
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「ヒトと道具のはじまりを考えたとき、
 道具とは人が自然に対して働きかけるためのもの、
 人と自然をつなぐためにあるものだと思うんですね。」

と書かれている。
この「道具」という言葉をそのまま「信仰」に書き換えると、
そのまま人とカミサマ(自然)の関係になると思う。

つまり、信仰も道具であった。
人が自然に働きかけるため、つながるための。
という具合に。

歴史を重ねるにつれて信仰というものは
人を集団としてまとめ上げるために利用されたり、
贅を尽くしても許される権力顕示の場となったり、
人から人に向けられるものになってしまった気がする。

しかし本来、人と自然のつながりを考えずには
語れないはずということは忘れないでおきたい。

なんだか内容が固いし
エラく抽象的な話になってしまったが、
そうゆうことを考えさせられた展示だったとさ
(/・ω・)/♪

↓今回の展示で最大の作品。
  縫い合わされた皮に海から頭を出した火山や
 冬眠しているような様子の動物などが描かれている。
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