とまのす

ちいさくゆっくり、民俗さんぽ

金の目のシシ、溝祭。

ちょうど桜も満開の4/7(日)、
高崎市吉井の溝祭・三宮神社へ。
いや、溝祭ってゆう祭りに行くワケじゃなく
ミゾマツリという地域ね。
田畑の水路とか、そういう溝に神様がいて
その方たちが豊作をもたらしてくれると。
そういう発想に基づいてつけられた地名だというコトだ。
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自転車には非常に良い気候なので、
うちの近所の川に沿って吉岡へ向かう。
各地にある一宮とか二宮と言うのは
昔の人が、各地の神社に付けた順位と言う。
順位と言うか順番と言うか、
これには社格or神階だとか国司が参拝した順だとか
色んな考え方があって定かではないらしい。
群馬(上野国)では、
一ノ宮が貫前(ぬきさき)神社。二ノ宮が赤城神社
そして三ノ宮が今回訪れた三宮神社である。
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さて、現在この三宮神社に祀られているのは
ヒコホホデミトヨタマヒメ夫婦と
そしてスクナヒコナ

なぜこの3人の組み合わせなのか分からないが、
この三宮は温泉で有名な伊香保神社の里宮ではと言われている。
伊香保神社の祭神はスクナヒコナとオオナムチであり、
そのスクナヒコナがココにいるのではないかと思う。
(なんでスクナヒコナだけ里宮に居るかと言われると見当がつかないが)
2人は日本の地形を作ったので山の神とされることもあり、
また医薬の祖というコトで温泉の神と言われることも。
那須玉造温泉など国内各所に点在する「温泉神社」も
多くは祭神としてこの2人が採用されている。
そういう点では伊香保にもぴったりの神様なのだろうと思う。

一方、伊香保神社には居ないヒコホホデミ夫婦。
この名前に聞き覚えが無くても
海幸彦・山幸彦の話は知っているという方はいるはずだ。
釣針を持った兄と、弓矢を持った弟の話なのだが、
弟・山幸彦がヒコホホデミ(またはホオリ)とされる。

2人はたまには道具を交換してみることにしたが、
てんで獲物は取れず「やっぱいつも通りにしよ」となる。
が「ゴメン兄ちゃん、俺、釣針なくしちゃった…」
と言うヒコホホデミに兄ちゃん激怒。
彼も代わりに自分で釣針を作ってみたりしたが、
兄ちゃんはキレ続けていて受け取ってくれそうも無い。
なので海へ探しに行くことにしたのだが、
海の神様でもないので沈んだ釣針が見つかるハズなかった。
(でも普通に海中に探しに行けるあたりは神様だよね…)

そんな時、海の中で困っている彼を見つけたのは
ワダツミの愛娘・トヨタマちゃん。
「ねぇパパ、なんか外で困ってる人がいるの」
そうしてワダツミの屋敷に招かれた彼は事情を話し、
ワダツミは周辺の魚たちに釣針について訪ねてくれた。
結果、無事に釣針は見つかったのだが
「ねぇ、ワシ見つけてあげるのタダとは言ってないよね」
ということでトヨタマヒメと結婚することになった彼。
そんな立派な神様の娘(しかも可愛い)と結婚なんて、
ラッキーじゃない。と思うが彼は地上が恋しい。
しばらく海中で生活したが 物憂げな彼を心配した妻が
「ねぇパパ、可哀想だから返してあげて」
と交渉し、彼は陸へ帰れることとなったのだった。

別れ際にトヨタマちゃんはヒコホホデミに言う。
「おなかに貴方の子がいるの。産屋を建てて待ってて」
なので家に戻った彼は産屋を建て彼女を迎える。
そして出産は絶対に見ないでほしいと言われるが、
そこは「みるなのタブー」のお約束というか
彼は産屋の中を覗いてしまう。
すると、そこでは和邇(わに)が産褥に苦しんでいた。
無事ウガヤフキアエズという男の子が誕生したが、
本当の姿を見られたことを恥じて彼女は海へ帰ってしまう。

前後や帰った後のことをいろいろ省いているが、
これが2人の出会いから別れまでである。
ヒコホホデミ
オオヤマツミの娘・コノハナサクヤが
火を放った産屋の中で産んだ子供であるからし
山とも火とも縁が深いカミサマと言える。
度重なる噴火と、それにより形成された岩がちな姿から
厳つ峰(いかつほ)と呼ばれていた伊香保には
マッチした神様と言えるのかもしれない。
(それならなぜ山宮である伊香保には居ないのかと聞かれると焦る)

…とまぁ、そんな3人がいるのだが
そうした日本神話の神様が いつから居たのか分からない。
中世に書かれたという「神道集」では
伊香保の神は山に居る時には本地は薬師
里に下りては本地は十一面観音であると書かれている。
また、伊香保の神は男女2柱であり
男体は伊香保、女体は渋川保三宮におわすともいう。
同一の神が本地仏を変えながら山と里を行き来するか、
男女の伊香保神が山と里に分かれて祀られるか。

信仰に「どちらが本当」は無いかもしれないが、
女性が入山できない時代などは特に
里宮は女性の崇敬厚かっただろうと想像する。
周産期医療も発達していなかった時代、
女神にあやかりたい女性も多かったはずだ。
そういう意味では、同一神であろうと2柱であろうと
里宮は女神様のほうが腑に落ちる感じはするなぁ。

さて、最近、獅子の話が多くて 神社の話できてないかな?
と思ったので神様の話を少し長めにしてしまったが、
この神社にも獅子舞が伝わっている。

通常4月の第一日曜に春祭りだと聞いていたが、
今年はちょうど地方選の時期と重なり
県内の獅子は日程がズレたり今年やりませんという所も。
三宮はどうなんだろう?と役場に問い合わせるが分からず。
困っていたら よく獅子舞に誘ってくれる友人が
「会長さんと連絡付くから確認しますよ」と言ってくださり、
無事見に行くことができたのだった。
いつも皆様の厚意に甘えっぱなし…(ノД`)・゜・。

境内で忙しそうにして居たおじいちゃんに声をかけると
「獅子は最初8時半過ぎっからだろ」と教えていただいた。
少し時間があるので境内を見て回った後、鳥居付近へ。
実はこの神社 高速道路にほど近いのだが、
大きな道からは一本奥まっていて参道は落ち着いた雰囲気。
神社横の建物で支度を済ませた一同は、
一旦参道の始点まで移動して そこから鳥居へ向かう。
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陣羽織を着けた成人のカンカチに先導され、
獅子と その後ろに子供のカンカチたち。
階段をのぼり境内へ上がると、宮廻りをする。
舞いながら、拝殿・本殿の周りを時計回りに1周。
時折、獅子が駆け足のように大股で進むところが
個人的には可愛らしくてツボ。
それが終わると、獅子舞は一旦 神社横の建物へハケる。

拝殿は赤と黒で、どっしり存在感。
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拝殿横には、大きな扁額が奉納されていて
太々神楽三樂講設立記念 昭和二十三年四月吉日」
と書かれている。
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タイムテーブルを見せてもらうと、
獅子舞と太々神楽が交互に奉納するような形で
獅子たちは2庭ごとにインターバルを入れることができるし
見る側はずっと居ても何かしら見られるという感じだった。

獅子の宮廻り後は拝殿で式典が行われるほか
社務所にも人が集まり感謝状の贈呈や会計報告が行われてる。
神事(祭)と自治的な行事が ちゃんとリンクしてるのね。

その間、獅子舞の方たちは休憩。
休憩している獅子舞保存会さんにチョロチョロ近づくと
まず声をかけてくださったのは会長さんの奥様。
「私も獅子舞のことはあまり知らなかったけど、
 主人が会長をやるようになって手伝ってるうちに
 何となく色んなこと聞いたり覚えて来たんですよ」
と、非常に話しやすい方で 人見知りの管理人も一安心。
事前に連絡を取ってもらったので
会長さんも資料などをいくつか用意してくださっていた。

それによると、溝祭の里には
1583年(江戸時代)頃より稲荷流佐々良獅子舞があって
別名「雨乞い獅子」とも呼ばれていたという。
そうして代々伝わってきた舞の唱歌を、
1877年(明治)柳田權八さんという方が文字起こし。
その後も1915年(大正)の大祭にあたり、
竹内さん、小谷野さんという方が權八さんの本をもとに
獅子舞や資料の復元に努めたと書かれていた。
そうした先人たちの努力により保持されてきた獅子は
1936年(昭和)、靖国神社の大祭での奉納に至ったという。

口伝であったことを文字化した柳田さんの偉業に
芸として伝える・教えるにとどまらず
「さらに確実で伝わりやすい形で残していこう」
というような意気込みを感じる。

以前、溝祭のシシ見に行きたいなぁとネットで調べた時に
小さな写真で獅子の御顔を拝んだことがあった。
群馬県教育文化事業団「ぐんま地域文化マップ」)
そのとき、よく見えないけれど他の獅子と違う
なんだか不思議な感じがしたのだったが…

実物を見て、その理由が明らかに!
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そう。瞳が描かれていないのである。
金一色の眼というの初めて見たなぁ。
会長さんも近場に限らず獅子を見て回るとのことだが
「私も他ではどこも見たことはないんです」と。
修繕に出した際に、職人さんの方からも
「何故目が無いのか、描いても良いか」や
「こんな目くら獅子は居ない」と言われたそうで…。
しかし、会長さん(当時まだ会長さんでは無かった)は
他にこうしたシシが居ないか必死で資料を探したそうで、
「ある資料で、東京の方に1カ所あると読んだんですよ」と。
その情報も助けに、何とか職人さんを説得。
よく聞く「直しに出したらデザイン変わった」を
見事まぬがれたということだった。よかった…。

その話を伺った後、
町内の役員さん達の行事も一通り終わったようで
再び獅子舞の出番となる。
場を清める「沢の平」と、「剣の舞」という演目。

間近でカシラだけを見た時よりも、
瞳の無い「不思議な感じ」が引き立つ。
一般的な獅子頭が ある意味キャラクター的なのに対し
動物的と言うかなんというか、そんな印象を持った。
剣の舞では、剣を咥えさせる前に獅子に塩をまき
獅子は剣を咥える前と後に「伸脚」のような恰好で片膝をつき
バチを持った両手を「回旋」の様に大きく回す。
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いずれの剣が勝っているかと競い合う獅子。
このタッツケ袴の生地、爽やかな柄で好きだなぁ。
こんな柄の夏着物あったら可愛いだろうなぁ。
( *´艸`)
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まぁまぁ、雑談は置いといて。
剣の舞が終わると、また舞殿のほうでは
太々神楽が始まり禊祓いの舞・猿田の舞などが行われる。
その間、「雨乞い」について伺うことができた。
先ほどの資料にも「雨乞い獅子」と書かれていたが
ココの獅子は古くより、日照りが続くと
吉岡町内にある船尾滝まで登り雨乞いをしたという。

町内と言っても吉岡町と言うのは非常に長細い。
吉岡の先端にギリギリ船尾滝が入るという感じで、
この三宮神社からは11kmほど離れている。
地名が少し分かる人向けに言うと
伊香保榛東村より少し榛名山山頂寄りにある。
船尾滝は地酒の名前にもなる そこそこ有名な滝で、
昔は神聖視され一般人は入れない場所だったという。
(現在は土砂崩れと言う意味で近づけないが…)
ちなみに、水源は榛名湖である。
気になるのは、ここに掛かる「おんべ氷橋」。
御幣を口語的に「おんべ」というが
儀礼を行っているとそれが凍るほど寒い橋
だったということだろうか?(妄想)

ともかく、こうした雨乞いというのは
水道の整備とともに自然に任せる必要性が薄れ
各地で行われなくなっていったのだと思うが。
「いまでも船尾滝まで登るんですよ、真似ごとですけど」
と会長さんが仰っていたのが嬉しかった。
定期的に行くワケではないようなのだが、
形式的にでも祭礼以外での奉納が続いているとは!

会長さん自身、子供の時分を思い出すと
獅子舞での雨乞いは記憶にないそうなのだが
神社で雨乞いのために火を焚くことがあったという。
「子供心に、なぜ雨を降らせるのに火を燃すか不思議でした」
と当時の素朴な疑問も伺うことができた。
火と言うと思いつくのは護摩だけれど、
そういう修験道的な儀礼が行われていたんだろうか。
いずれにせよ貴重なお話(/・ω・)/!
地元の方の記憶って、本当に
ありがたく大切なものだなぁとしみじみ…。

しみじみしていると神楽のターンが終わったようで、
獅子たちが再び境内へ。今度は子供の獅子舞である。
コチラの演目は「ぼんでん」。
県内でもボンゼンとかボンデンとか発音に多少違いはあるが
ザックリ言うと幣(へい、ぬさ)のこと。
今までブログに乗せてきた中で、
大人の身長より大きなものを持っているのは
羽場日枝神社の獅子舞くらいか。
…と書こうとしたが
見返してみたら見切れてた!写ってない!(動揺)
しかも、秋田の梵天祭も、行ったのブログ書き始める前だ
…というわけで、今までブログに写真を載せた中では
一番大きいボンデンになりますかね。
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当日、演目の初めのアナウンスで言っていたのは
「ボンデンは神様へつながるもので
 その周りに獅子が集まって地域の人々の願いを
 ボンゼンへ注入して神様へ送り届けているのでは」
というイメージだった。たしかにそれ、分かりやすい!

ただ、獅子舞に関する資料というのは
先人の努力により まとまりを持って残っているが
以前 地区内の東漸寺に保管されていた衣装や資料が
明治時代に火災に見舞われ一旦は焼失しているという。
特に演目や衣装の意味付けについては明文化されておらず
今では正確には分からないということだった。
そのため、上記のように意味などは
他の地域での祭や祭具を参考に想像するしかないとのこと。

その話の中でも、ボンデンと発音は濁るが
秋田にある梵天と同じものだろうという話も出た。
いやぁ、管理人は そもそも
なぜ梵天と呼ぶのか とかも非常に気になってまして…
梵天耳かきとかね。山伏の梵天袈裟とかね。
どれが一番先に出てきて、
どれがどれを語源にそうなったのか。
そう思って調べてたら、
トイレのスッポンすら梵天と呼ぶ地域があるらしくて。
何だ。もう棒の先に何か付いてれば梵天か。
チュッパチャップスも梵天なのか!?
…オイ(´・ω・`)シッカリセェ…

でもなんか、梵天(=ブラフマー)は
インドの神話では一番最初の創造神だし
仏教でも梵天さんは結構高いところにいる。
「一番上のモノ」とかそういう意味なんだろうか。
棒の「一番上」になんかついてるヤツ、的な。
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ちなみに、コチラのボンデンは紙だけでなく
結構たくさん麻も入っている。
会長さんは
アイヌが儀式に使うものの中にも
 このボンデンと似たようなものがあったので
 アレがぼんでんの元ではないかと思っています」
とも話されていた。
機能や見た目からすると、会長さんが仰っていたのは
イナウ(木幣)のことかなぁと管理人は考えている。
本州の「削り花」や「ケズリカケ」のような感じで…
(といってうまく伝わる気がしないので画像検索をお願いします)
木の棒を刃物や鉋で薄く削り、花のようにしたものである。
そういえば本州では「大幣(おおぬさ)」などのように
御幣のことを「へい」でなく「ぬさ」と呼んだりするが、
アイヌでは祭壇のことをヌサと呼んだりするなぁ。
アイヌ語が本州で転じて祭壇に置くものをヌサと呼んだか
逆に交易が始まってから本州から伝播した言葉か
それとも偶然出会ってぜんぜん別物なのか。
時間を作って調べてみなければ。

話がずれてしまったが、
午後は大久保屋台囃子保存会さんも見ることができた。
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ここ溝祭は正式には吉岡町 大久保 字宮という場所で
大久保地区には現在5つの屋台があり夏祭りで見られる。
かつて養蚕で得た収益で各地域が屋台を購入したのだそうで、
現在は不定期となっているが以前は10年に一度
本祭例というコトですべての屋台が列を成し、
この溝祭三宮獅子舞が先導して地区内を回ったという。

後で会長さんの奥様から
「前回は橋が開通した時かしら、まだ娘が小さかったの」
という話があった。
ということは平成になってから掛かった平成大橋だろうか。
もしそうなら平成3年くらいのはずなので20年以上前…?
と思ったが、立地を考えてみれば新坂東橋かもしれない。
だとすれば2010年の春に開通したので ちょうど9年ほど前か。
どうやら、そろそろ大祭礼をやろうかという話もあるようだ。
あれかなぁ。改元記念ってことでやってくれないかしら。
準備とか大変なのだろうと思うけれど見てみたいな。

その話し合いなどもあり会長さんもお忙しいとのことで、
管理人も一旦 獅子舞保存会さんから離れ神楽を見学。
ちょうど蛭児(ヒルコ)の舞をやっていた。
エビスさまと同じ神様とされる「ヒルコ」さんは
漁業の神様とされ よく釣りをしている。
今まで見た物では、ヒルコさんが最初に魚を釣って
通りがかったヒョットコが「それちょうだい!」
と何とか頼み込んで手に入れた鯛を人に取られたり、
もしくは恵比須様の御供のヒョットコが
恵比須様が鯛を釣って魚籠に入れるそばから
それをどこかへやってしまうという話が多かった。
が…今回は最早、どれがヒルコさんなのかすら…
だって、面的にはコレがヒルコでは?って思うけど
この人、ドクター役なんだよ(´・ω・`)?
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お帽子かぶって、Dr.コトーみたいなバッグ持って。
で、なんでドクターが来たかって、
最初はオカメっぽい面の人が魚を釣ってたんだけど
それを盗人に取られてショックだかやられたかで倒れる。
暫くして、普通に釣りをしに来たヒョットコ。
撒き餌みたいに見てる人たちにお菓子を撒いて、
魚を釣るんだけど そのあと倒れてる人を発見。
舞殿の柱とかに隠れたり抱きついてビビりまくる。
そうそうしてるとこのドクターが来たので
ヒョットコは助けを求める。
釣りをする、のでなく釣り人を助けるのがヒル
という解釈であればヒルコさんが医者でも納得できるけど
いや、もう近くに立っているおじいちゃんに
「どれがヒルコさんですか」て訊けばよかった。
ちなみに治療に用いられたのはコチラ。
…いや待て、これで治療できるか(;゚Д゚)!
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見てるおじいさんは「ああ、注射だw」とゴキゲン。
かなりハッキリとした金精様ではないか…。
これを倒れたひとに刺して
「意識戻らんなぁ」と言うように2人で様子を見ている。
シュール…倒れたオカメに あの棒が刺さっているのを
観客たちが見守る この状況…!
釣りをするのは男性が多いところ、何となく
最初の釣り人がオカメの面だったのは得心行ったが。
初めて見たパターンのヒルコさんに
テンションが上がるとともに動揺しつつ、
管理人もみんなと一緒にしばらくそれを見守っていた。

話し合いから戻られた会長さんが声を掛けてくださり、
演目が「女獅子隠し」から「ぼたんの舞」に変更とのこと。
その後は予定通りに「天神林」「おいと」となって終了。
ちなみに、ぼたんの舞に使われた立派な椿は
会長さん宅の御庭にある椿を少し切ったのだとか。
これで「少し」て…結構おおきいですやん。
立派な御庭が目に浮かびます…(*´ω`*)

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大人のカンカチさんは陣羽織に鉢巻き。
鉢巻に付いている金属の丸い飾りが、
今年見たところは3つが多かったのだけれど
ここ三宮の獅子舞は2つだった。
あの金の丸の意味を聞いてみたけれど、
会長さんでもご存知ではないとのことだった。
カンカチは本来、獅子3匹に対し1人らしい。
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なので、子供の獅子舞では
本来のカンカチの子だけが獅子と同じ装束で
その他のカンカチは普段着に法被姿。
獅子の装束を着た一人だけが、
通常の金属のカンカチ棒を持っている。
他の子は樫の棒を代用しているとのことで、
(全員金属のところが殆どなので)木である理由を伺うが
「全員金属だとうるさくなってしまうので」
とのことだった。なるほど。

太鼓のバチは朴の木でできているが、
カンカチ棒は棒同士をぶつけた時に樫くらい固くないと
すぐにボコボコになってしまうのだそうだ。

カシラの内側を見せていただくと、こんな感じ。
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向かって右側が獅子の鼻先なワケだが
顎の下に当たる部分に薄っすら弧を描いた段差が見える。
以前は頭の入る部分がもっと大きく、
この線のあたり=おでこな感じだったのだそうで。
今の人の頭にマッチするカゴの大きさにはなったものの、
中の人の頭より かなり獅子のカシラが前に出ているので
気を付けないとシシが猫背に見えてしまうとか。

子供用のカシラはプラスチックで作成し
なんと瞳も入っているのだった。
なぜ敢えて目を入れたのか不思議だが…。
ちなみに、剣の舞で使用した剣は
なかなか真に迫る見た目で重さもズシッとしている。
実はこれ、現在笛方をやっている方が
ステンレス?を削って作ってくれたのだそうだ。
↑材質名を教えていただいたのに記憶が曖昧になってしまった。
でもアルミだとかなり軽くなってしまうのでステンレスと言っていたはず…。

この笛方さん、
普段はケーナ(あのアンデスの笛)を吹いているそうで。
本当に芸能って話を聞けば聞くほど 何てゆうか
「他の楽器や踊りできる人」が多くてビックリさせられる…。
会長さんも他の団体の笛を習ってみたり、
東北の方の人とか、神楽とシシやってます、とか。
この楽器やるにはこっちが分かってないとうまく合わないから
これもこれもやってるうちに出来るようになっちゃいましたとか。
アレですよもう。芸能バイリンガル的な…。
管理人などはひとつの楽器ですらヒエーってなってるのにね。

笛と言えば、会長さんが「唱歌」ではなく
笛の「どの穴を押さえるか」で表現した譜面を作ったそうで。
通常は、と言うか日本の楽器と言うのは口承することを前提に
音階や間などを言葉で表現する方法が採られてきた。
三味線で言えば「口三味線」とかがソレ。
(管理人は三味線しか分からないので三味線で言うけれど)
例えば「チリタラ」と言われたら
人差し指で3、薬指で4を押さえた状態から

チ=両方押さえたままバチを打つ
リ=人差し指(3)のみ押さえて薬指で弦をはじく
タ=両方の指を離して撥で弦をすくう
ラ=解放弦のまま人差し指で弦をはじく

と弾く、という具合に。

このゴシャゴシャした情報が4文字で伝わるのが
唱歌というモノなのである。
ただしこの方法、師匠と練習する時間が短いと
なかなか活用しづらいのが欠点の1つ。

また現在は学校でも五線譜に触れる機会しかないため
笛を全て五線譜に落とし込んで子供に教える団体も。
しかし、それでは細かな「ため」や「間」が伝わらない!
それじゃ本来の笛とどことなく違ってしまう!イカン!

というわけで、基本的にはまず
唱歌を歌って覚えてもらうのだけども
このような感じ↓の譜面(?)を会長さんが作成。

と●●○●○○
ろ  ↓2回たたいて下へ
お●●●●○○


ろ●●●●●○
 
管理人はリコーダー以外の笛は吹いたことが無いので
見てみただけではもちろんどう吹くのか皆目わからないが…
唱歌の横に「笛のどの穴を押さえるか」が書かれ
1人で練習していて指の動きが曖昧になった時などに
効果がありそうだという気がした。

終盤、子供たちによる御神輿の奉納が行われた。
約4年前に寄贈された新しい御神輿だが、
装飾は細かく見事なモノ。

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そして、誰もが心待ちにしていた(?)餅まき!
「市杵島の舞」「天狐の舞」「国治の舞」が続く間、
餅まきを待ちわびる子供たちがワイワイ騒いでいる。
世の中美味しいモノなんていっぱいあるのに
子供が餅に熱狂できるってイイことだ…と思うの半分、
ゆっくり神楽を観させてくれ…と思うの半分。
(子供の押し合いへし合いに巻き込まれた)
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狐が片手で餅を投げながら面の口に餅を咥える。
モグモグ。ほおばっているような仕草、可愛い。
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すると子供たちが一斉に騒ぎ始める!
「あー!キツネ!食べてるー!」
「俺の餅が減る―(;゚Д゚)!」
「早く餅よこせー!くれー!」
「餅食わせろー(゚Д゚)ノ!」
キミら、もはや暴動とか打ちこわしじゃないかwww

でもまぁ、食べ物につられてでもいいから
「よく分からんけどあの高いとこでは楽しいことやる」
みたいな意識が小さい子たちに根付いてくれたらなぁ。
これで、餅まき「する側」に興味を持ったり
そんでもって神楽に興味持ってくれたらいいんだけどなぁ。
最後は役員さんぽい方たちが一斉に餅まき。
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管理人は子供に圧倒されて餅拾えなかったけれど、
お祭りでよく会う方が「あれ?1個も持ってないの」と
お餅を1枚 恵んでくれたとさ。ありがとうございます!
帰ってからあっためて食べたけど、
はぁ、なっから美味しー(*´ω`*)
味付けしてない団子とか餅が大好きです。

そんな感じで、一日まるまる楽しめる
溝祭三宮神社の春祭りでしたー!

高崎、獅子舞ハシゴ。

いや、ハシゴに乗る獅子舞の話じゃないので御注意。
愛知とか千葉のハシゴに乗った獅子のことが知りたいのに
間違ってここへ連れてこられちゃった方 申し訳ない。
(´・ω・`)
3月末、高崎市内で大八木・下小塙・三ツ寺の獅子を
ハシゴしましたよとゆう記事となっております!
1ヶ月も更新せず何してたんだと言われそうだけれど
季節の変わり目に対応するのにエネルギー使ってましてね…。
(白目)

*大八木獅子舞*

今年の高崎市大八木町の獅子舞は
3/24(日)の13時すぎからが本祭と教えていただいたが、
結果的には 他の地区と時間がかぶっていたため
3/23(土)の16時から行われた「宵祭」のみの見学となった。

大八木公民館で準備を終えた皆さんは、
一旦 隣接する妙音寺境内に並んでから諏訪神社へ出発。
途中、住宅街の中で一度舞う。
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辻だからかな。それともエライ人の家の前とかだろうか。
舞っているそばのお宅からは人が現れないので何とも分からない。
(町長さん宅で一庭摺ってから村回りに出たりする地域もある)
前獅子が黒いカシラに緑の布。
女獅子はカシラも布も赤。
後獅子がカシラは金で、布は紺。
※後獅子も、もちろん本番は装束を付けますよ!
3匹とも、顎の下にフリンジのような白いひげ(?)が。

そして、ちょっと珍しいかもと思ったのは女獅子。
女獅子は頭上に宝珠が乗っているだけでツノ無しだったり
ツノはあっても1本角という地域も多いのだが、
コチラの女獅子さんにはオスと同じく2本のツノが。
羽が結構ワサッとしているので、
雌雄ともにツノはあまり目立たないデザインではあるが…。

そして、この大八木獅子舞では
カンカチだけでなく大黒様が獅子を先導している。
そして、鳥甲をかぶった天狗さん(前から2番目)が
大八木では「カンカチ」と呼ばれている。
たしかに、カンカチと鳴らす金属の棒も持っている。
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しばらくすると、橋に差し掛かる。
ここで、囃子方と提灯が先に渡り、
棒使い、大黒、カンカチ、獅子は立ち止まる。
橋掛かりと言うと欄干のような小道具をセットして、
「渡ってよいのだろうか」「安全だろうか」と
伺ったり心配する獅子の様子を演じるという
何とゆうか芝居的な要素のある舞のことが多いが…
ココでは、この実際の橋の手前で少し待つというのが
それに似た意味合いがあるようだとのことだった。
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橋にはたくさんの幟が立っている(そして強風。寒い…)
その橋を渡るとすぐに大八木諏訪神社
鳥居は山王鳥居。祭期間中は大きな国旗が立つ。
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道中でも獅子が舞う前に棒術で場を清めるというコトだが、
コチラでも鳥居の前で一度棒術をしてから振込み(入場)。
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初めて見たので違和感みたいなものは無かったが
前に見た方のハナシだと、
棒術は鬼の面を付けた子供がやっていたらしい。
図書館へ行っていくつか資料を読んでみても、
たしかに 白シャグマを付けた赤・青の鬼が
棒術を演じて場を清めていると書かれている。

子供が足りないんだろうか。
もしくは、明日の本祭は子供がやる?
これはまた機をあらためてゆっくり見なくては
(/・ω・)/!

棒術のあと、大黒様が軍配を振りながら
「福は内、福は内、鬼は外」
と言うまでが一連の流れらしい。
それが終わると、獅子たちが境内へ「振込み」。
…いや、なんか余談なんだけれど
これから舞う場所に入っていくこと=振込み だけど。
普段獅子とか見ない人が記事を読んでくれた場合に
パッと「振込み」って見るとATM的な印象あるのでは?
諄く毎度毎度「振込みっていうのはね」と言うのも何なんだけど
当然のように説明せず振込みと書いていいモノか、とも思うわけです。

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まぁまぁ それは置いといて。
諏訪神社なので、神紋は「梶の葉」。
一行は境内に入ると、一列に並んだまま
拝殿の向かって左から時計回りに社殿の周りを1周。
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拝殿前には、四方に竹を立て縄を張った舞場が作ってある。
よく見ると、竹の少し外側には御幣束も立ててあった。
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シシの装束は3人一緒という所が多い気がするが、
何だか見ていると先獅子と中獅子のタッツケ袴が違う。
そして、それぞれの手甲と袴が同じ布地のようだ。
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度々笛とともに歌が聞こえては来る。
入羽の唄(舞い始める時の唄。場所によって変えるらしい)
とかも歌っているのだと思うのだが、
聞こえているのに聞き取れないという不思議な状況に。
歌が非常に聞き取りやすかったり
マイクの前で歌ってくれる地区もあるけれど…
笛方さんの真横に陣取って音録ったのに
ビデオを何度聞き返しても聞き取れない。
これは獅子唄リスニング能力を上げないと無理…。
(´・ω・`)頑張って訓練しよ。

今回は神社なので、
〽是の社殿を眺むれば…
と歌ってると思うのだが、見事に聞き取れない。
その後「天狗拍子」などが舞われ、最後は神様に御挨拶。
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獅子頭は この後、
社殿にお泊りして明日の本祭を迎えるのだそうだ。
本祭はまた次の機会にゆっくり見て、
今回は話もほとんど聞けなかったので それも次回に…
(;´・ω・)

*下小塙獅子舞*

明けて3/24(日)
この日は9:30ごろに下小塙天満宮に到着!
天気は良いが、昨日に続き非常に風が強い。
保育園の隣にあり、広大ではないが立派な鳥居の神社。
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鳥居の横には「石尊大権現」と、脇侍のように「小天狗・大天狗」。
大山(阿夫利山)の権現様なので、お山や雨に関する信仰と思われる。
それにしても大きいな…
境内の木も立派だが、それと比べてもけっこう高いぞ。
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鳥居をくぐって参道の左には、何やらもう一社。
紋が「山+丸に三つ引き」マークなので御嶽神社のようだ。
そして突き当りに、メインとなる北野神社。
拝殿内で役員さん達が祈祷式(かな?)を受けている間、
境内や公民館周辺をウロウロしながら待つ。
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公民館の前には、獅子たちを先導する天狗様役の方が
鉾を持ち、グルグルと高下駄で歩く練習をしていた。
一本歯を履く所もあるが、二本歯でもかなり不安定だそうだ。
おまけに、面を付けると足元は見えなくてかなり怖いとのこと。
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天狗様が本番前にケガしませんように…
と願いつつ、公民館周辺を散策。
庚申塔や女人講、二十二夜講、青麻大神などの石塔。
女人講の塔には、思惟相を取る仏さまが彫ってある。
半跏思惟(足を組んで考えている)の仏像と言えば、
何と言っても有名なのが弥勒菩薩
しかし、彼は大体 椅子に座って少し足を下ろしているし
塔の下に「女人講中」(女性で構成される講)とあるので、
これは弥勒さんでなく如意輪観音さんなのだろうと思う。
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如意輪観音さんは下の「二十二夜講」の担当とされることも多い。
〇〇夜講というのは月待ち信仰というやつの1つ。
特定の月齢の夜に集まって飲食を共にしつつ、
月が出るのを待ち 月を拝んだり経を上げたという。
そうすることで災厄を追い払おうという信仰だ。
全国的には二十三夜講の方がメジャーらしいのだが、
どうやら群馬県には二十二夜塔が多くみられる。
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その他、神社の一の鳥居の手前には双体道祖神コーナーも。
手前のモノは道祖神部分だけかなり新しそう。
1カ所にたくさん作るようなカミサマでもないはずなので、
地区の区画整理をしたり住宅が増えてきた時期に
辻に居た道祖神さんたちをココに移したんだろうか?
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そろそろ獅子たちの支度が始まったようなので、
散策を切り上げて公民館へ戻る。
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こうゆうのは社殿のほうでやるのかと思っていたけれど、
神主さんが例祭の安全な催行を願って祝詞を上げてくれている。
ちなみに神主さん、別の神社の神主さんも兼務しているそうで
この後は そちらの社で行う獅子舞の無事を願いに行くのだという話だった。
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なんとゆうか、中身は全員オジサンだって分かってても
女獅子が雄獅子の支度を整えてるのって微笑ましいよね。
カップル感が…あれ、管理人だけか?(´・ω・`)

ちなみに、顔にかかる布・手甲・タスキを見ると
3匹で違う色のトコロも多いがココは おそろい。
3匹とも布が赤。手甲は白。タスキは紅白。

一行は支度が整うと、
提灯を持った会長さん・御幣を持った区長さんを先頭に
万燈・花・幟・天狗・拍子木・棒使い・笛・カンカチ・獅子
の順で一の鳥居をくぐり神社へ向かう。
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境内に着くと、まずは獅子舞は待機。
地区内在住で この春に小学1年生になる子たちへ
北野神社の御札が授与されるのが先のようだ。
何と言っても道真さんは学問の神様だからね(*´ω`*)
なんかこうゆう、子供のライフイベントと神社とか
地区内の芸能とかがちゃんと連動している感じイイなぁ。

それが終わると、棒使い2人が登場し
これから舞う境内を清めるため棒術が行われる。
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そのあとは、天狗様のご祈祷。
ちゃんと写真撮れなかったのだけど、
この鉾が結構立派な感じの鉾だったのが印象的。
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そしてついに獅子が登場。
演目は「振込み」「すがやき」「花水」、
久々だという「三拍子」と最後に「庭切り」「道拍子」。
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カンカチというと子供が担当する地域も多いが、
ココは成人男性。背中に緑の鬼の面を付けている。
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「三拍子」では庭(円)になったシシと共にカンカチが
ピョン、ピョンと飛びながら 左右を向くような仕草をする。
現在はこのように↓カンカチ棒をたたきながら舞うが…
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近くにいたオジサンたちの話によると
昔は陽根型の棒を持って女獅子を追うように舞ったのだとか。
子孫繁栄を願ったり、盛り上げたり、
シシとシンクロした動きをしたりと忙しいカンカチ。
県内の数カ所を見ただけでも、その装束や役割は多様。
埼玉の獅子舞に登場する「ハイオイ(蠅追い)」や
岩手の幕系シシオドリで鹿の横にいる「種ふくべ」とかも
その系統なんだろうかと思ったりする。

そして、終了後は また隣の保育園で着替えるらしい。
皆さんが衣装を干したりしている間、カシラを見せてもらった。
前髪長めで、馬の尻尾を使った毛獅子。
その毛に隠れてわかりづらいのだけど鹿角だった。
(鹿の角を使ってるという意味じゃなく、二又に分かれているということ)
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ちなみに後獅子の中に居たのは園長先生。
獅子舞が終わってから、新一年生になる子たちの所へ行って
「園長先生がんばったぞ!」「天神さんの御札でアタマ良くなるぞー」
と楽しそうに話していた(∩´∀`)∩
なんか、子供たちが知ってる人がシシの中にいるっていいなぁ。
もちろんお父さんでもいいし、先生でもいいのだけどね。

*三ツ寺獅子舞*

色々お話も聴き、お赤飯も戴けたところで ぼちぼち移動。
同じ高崎市内の三ツ寺に向かう(/・ω・)/イクゾー!
獅子舞の始まる時間よりずいぶん早めについたので、
境内探索タイム開始。ここでも、かなり大きめの国旗が。
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拝殿横には「橋掛かり」用と思われる欄干セット。
神社の裏へ回ってみると、いくつかの末社や石仏たちがある。
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太陽と月描いてあるし、憤怒相だし青面金剛のハズ。
いや、でも腕4本だし、右手によく分からないもの持ってる。
弓でも三叉檄でもなくて何か…何それ(;゚Д゚)
良く見えないけど鎌じゃない?ホントに君、青面金剛なん?
でも他に「これじゃないか?」みたいな知識も無い…。

しかし、その隣を見ると、
さらに何だかわからない仏さまが。
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右手のは、弓かと思ったけれど
何コレ。タルワール的な?曲剣?
そして左手に持っているものも管理人には
鉦を打つ槌とかトンカチにしか見えない…。
服も、観音様とかとはちょっと違う気がするし。
そして、頭は冠か怒髪なんだろうけど
なんかドングリみたいで可愛くなってますが…
とりあえず馬頭観音ではなさそうだけれど
青面金剛っぽいかと言われるとそうでもない。
個人的にはツボだけれど結局正体不明。

…などと見ていると開始時間が迫ってきたので
そろそろ余裕を持って三ツ寺公民館へ。
三ツ寺公民館は元々お寺だったとかで、
敷地内には墓地やお地蔵さまなどがたくさん。
下小塙と同じく二十二夜講の如意輪観音ぽいものも。

そしてその奥には…お地蔵さんかと思っていたけれど、
手前の石造りの長香炉に「薬師如来」と書いてある。
坐像のようだし、素直に薬師如来坐像と思うことにする。
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右手は「やぁ」と言うように上げて施無畏印
薬師様なら左手は与願印の上に薬壷があったかもしれないが、
今回のはハッキリ見えない。削れてしまったのかな。
その右側には梵字が彫られた石。上に月と太陽がある。
ので、安直に庚申塔かな。青面金剛梵字なのかなぁ?
と考えていたのだが…
帰ってから調べるとコレはどうやら「ベイ」と読んで、
薬師如来だとか薬王菩薩を表す梵字らしい。
いずれにせよ人々の健康を守り病魔を退けてくれる仏さんだ。
左側は(頭が石になってるけど)着物を着ているようにも見える。
長香炉のフチに、つぶしたような形の御団子が供えてあった。

すぐ横の公民館の中では指導している方の声が響いている。
そして子供たちが立ち位置を確認したりしつつ直前練習。
その部屋にお邪魔し、獅子頭を見せていただいた(*'▽')
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まずコチラが先獅子。ツノは二又の鹿角。
幕は龍の図柄で、染め抜かれた鱗が少し見える。

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そして中獅子(女獅子)。ツノは無く、頭には宝珠。

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そしてこれが、後獅子。真っすぐなツノである。
そして、幕には雲が見えるが、ムカデの図柄だという。
群馬でムカデと言うと赤城山の神様を思い出すなぁ。
日光二荒山の蛇神様と争ったムカデの神様。
まぁ、でもここではカシラのそばにいたおじいちゃんが
「ムカデは武将にも人気のあった虫なんだよ」
「前にしか進めない、退路を断って前進あるのみだから」
と話してくれた。
そうかぁ、百足が赤城で龍が榛名とかじゃないのね。
一瞬で妄想過多になってしまうとこだったよ。

さて。カシラの中も覗かせていただいたが、
籠の中にネットのようなものがあり
周りもクッション性が結構ありそうだった。
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そして、何より「ん?被るとこ深いな」と思ったら
ココの獅子は幕を通してではなく
獅子の口から前を見ているのだというではないか。
管理人は実際かぶってみてはいないが、
目出し帽のように顔に密着した穴から見るのとはワケが違う。
しかも、他所の獅子と比べて口が大きく開いているでもない。
おそらく真正面が細く見えているくらいで、
少しでもカシラがズレたら ほとんど見えないだろう。
(帰ってからティッシュ箱でやってみたけどホントに見えない)

子供用↓も、軽いとはいえ同じ作りとなっている。
大人用獅子頭はオスの牙が上向き・雌の牙が下向き。
子供用のは先獅子だけが上向きに生えていた。偶然かな。
(先獅子と後獅子のツノの違いは子供用のほうが分かりやすい)
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カシラをゆっくり見終わったところで、いったん外へ。
午前中に下小塙で頂いた赤飯をパックからラップに移し
おにぎりを作る作業に勤しむ(/・ω・)/
※3パックくらい貰ったので非常にかさばった上に
 箸が無くてパックからは食べられなかったので…
おにぎりを握ること数分、一同が公民館から出てきた。
一度練習をしてから神社へ向かうようだ。
始まるのを待っていると、地元のおばあちゃんがやってきた。
「神社で待ってたけど全然こないもんだから…」と、
わざわざ公民館へ来たようだ。
「越してきて長いけど、見たことなかったの」
と。今年は何かキッカケがあったんだろうか。
地元の人がたくさん見に来ると、
きっとお諏訪さまも喜ぶよ。もちろん獅子たちも。
しかし おばあちゃん、自転車を押してやっと来たけど
リハ的に一庭やったら神社行っちゃうよ?大丈夫?
(;´・ω・)シンパイ…

定刻を過ぎると、
さっき指導していた方と若い子が 棒術をした後、
カシラを付け終えた年少組の獅子たちが舞う。
足を大きく開き、腰を落とす動作が印象的。
先頭は鬼の面をつけたカンカチ。
鮮やかな着物に鉢巻とゆう装束をよく見るのだが、
ココは なんとヒョウ柄である!
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鮮やかな橙色のフリルが付いている!
たまに神楽の装束とかでもフリルっぽいの付いてるけど、
日本語での名前が分からない。あの部分なんて言うんだ?
舞楽の毛縁裲襠(けべり-うちかけ)的だけど毛じゃないし。
そもそも、こういう形の装束何て呼ぶのかよく分からない…。

しかし、いつからヒョウ柄なのか気になりすぎて
神社への道すがら、地域のおじいちゃんたちに確認。
「昔からあの装束ですか?」
すると、数人から まさかの
「ん?私の時からアレでしたよ」
「鬼だからトラなんじゃない」
という回答が。え…?あれトラじゃなくない?
たしかにトラだったら納得できるんですが。
とはいえ地元の方が言うのだから昔からそうなのだろうけど…
いつからヒョウ柄なのかは気になる。

謎が謎のままになったところで、神社に到着。
鳥居からの振込の後、「岡崎」を見ながら
やっぱり結構どこの獅子でもやる演目なんだなぁ。
神楽でも囃子でも使う曲だもんなぁ。
などと思っていると「岡崎」についての説明が入った。
それによると
江戸時代(芸能は制限を受けたりしたので)
徳川家をヨイショする歌と共に舞うことで
獅子舞を行う許可を得ようとして
岡崎城主、岡崎城主、岡崎城主は良い城主」
とアノ旋律に乗せて歌ったのが始まりだとか。
(聴いたことがある人にしか分からなくて申し訳ない)
ちなみに、岡崎城と言うのは愛知にあって
徳川家康の生家ということになるので大事な場所だ。

以前、関東から見て岡崎市の1つ手前にある
蒲郡市の祭りに行ったことがあるのだけれど
ソコのお囃子に「岡崎女郎衆」というのがあった。
旋律は、関東の獅子舞で聞く「岡崎」と似ているので
獅子舞では「岡崎女郎衆」を通称「岡崎」と呼ぶのか。
と思っていただけに、今回初めて「城主」と聞いて驚いた。
もしかしたら愛知→江戸に伝わる過程で
聴き間違えで「城主」と伝わって、後付けで
さっき言っていたような説明がなされたのか?
もしくは殿様の地元ではない関東の民が
意図的に替え歌を作って広めたのだろうか。

あとは…
三河出身の人間がアウェイも治めるにあたり
将軍様は親しみやすいよ」
というサブリミナル効果的なのを狙って
幕府側が 祭で使われる曲に替え歌練り込んできたとか?
(一瞬じゃないからサブリミナルじゃないか…何て言うのこういうの)
お座敷で替え歌をしたら関東で本家より流行ったとか?
まぁ可能性は色々考えられますな。妄想だけど。

そんなことを考えていると、
子供を指導していた棒使いの方と
成人組のカンカチを務める方の「口上」が始まった。
午前中に見た下小塙でもやることがあるそうだが、
①見物する側のお偉いさん(なのかな)が
 獅子たちの姿をほめたり当地の繁栄を願う言葉を述べ
②対する獅子舞連側の人間が
 それに対して礼を述べ獅子舞を再開する
という流れで行う言葉の掛け合いを「口上」という。
一応、セリフは以下のような内容。
でも聞き間違えはあると思うので参考程度に…。

暫く、暫く。
暫くなどとお止めして不調法なる拙者めが
少しばかりか ホホ褒めましょう。
上毛三山、花尽くしにて褒めるなら
カンカチ様の出で立ちは 花で名高き牡丹花。
前獅子様の出で立ちは 赤城山では山桜。
中獅子様の出で立ちは 妙義山 紅葉に映える美しさ。
後獅子様の出で立ちは 榛名 夕菅 女郎花。
いずれ名勝限りなしと 先ずは御当地
三ツ寺 諏訪大明神と ホホ 褒めましょう。

これはこれは どこの御大家様か知らねども
本日めでたい春祭 是にてお褒めくださるとは 恐悦至極にて奉る
まずはアレへコレへとお招き申して粗茶煙草など差し上げるべきところ
見らるる通り 祭典も最中のことなれば右なることは取り合え申せず。
まずは不調法なる拙者めの――なる口上を以て御礼仕る。

これはこれは勢い盛んと狂う獅子を御留め申し
お叱りのことは(と)存ぜし所
却って返礼くださるとは 痛み入ったる御言葉
ササ、こんな戯れ者に構わねど
元のササラに取り掛かられましょう。

しからば言に従いまして元のササラに取り掛からせましょう

御所望、御所望

 ちなみに、褒め歌や入端の唄でも
獅子を狂う場所に合わせて内容も変わる場合が多いが
口上でも「まずはご当地 諏訪大明神」の部分は、
公演を行う場所ごとに言い換えたりする。

その後、「剣の舞」。
先獅子、後獅子が順に刀を咥えるが
その前後に這って膝を軸にグルグルと回る。
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…あれ?そういえば口から見てるんだったハズだけど、
コレってもしや 剣を咥えるとほぼ見えないのでは
Σ(・ω・ノ)ノ!
しかし、
他の獅子とぶつかったり足元が危うくなることも無く
見事なモノである。
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「俺の剣のほうがイイだろ」「いやいや、俺のだ」
と、互いの咥えている剣を見せつけ合う獅子たち。
子供獅子舞と言えど、恰好良いぞ(*´Д`)!

それに続き、大人の獅子舞は「橋掛かり」。
先ほど公民館で置いてあった獅子たちだ。
群馬の獅子舞は、獅子頭から垂れる幕orホカン(布)は
直立した状態で腰くらいまで、もしくは
もっと短く肩や 首まで隠れる程度の所が多いが…
この三ツ寺の獅子は 布が足首くらいまであって、
この見事な染め抜きが存分に活きている。
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この日はまた、非常に風が強かったので
三匹の幕が舞うたびに はためいて非常に美しい…。
(ノД`)・゜・。

次の舞が最後となるが、
その中で「唐絵の屏風」と「お暇申して」の唄があった。
※管理人が勝手にそう呼んでいるだけで正式名ではない
この歌詞は方々の獅子舞で登場するが、今回は
「京から下りの唐絵の屏風 ひとえにさらりと引き回せよ」
「雨が降りそで雲が立つ お暇申して踊り子はさらさら」
と聞こえた(いつも不確実で申し訳ない)
この歌がどうしたのかと言えば、
いくつもの獅子舞や 何ならほかの芸能でも
似たような歌詞をたまに聞けるので気になっている。

全国の祭で地方や唄掛かりの人たちが歌う歌、
民謡や童謡にでてくる言葉やフレーズは
ふと別々の地域でも共通していることがあったりする。
獅子舞でも その獅子の持つ唄は
どこの獅子から生まれ どこの獅子に育てられたのか
育った環境で 当時どんな歌が流行っていたのか
そういう記憶から生まれてたりするのかな。
管理人は、日常生活ですら言葉を聞き取るのが不得意なのだが
獅子に会ったらそのへんも気にかけて聴いて行きたいと思う。

今回いろいろ調べる中で三重県亀山市
公式に「IT市史」というのをやっていると知った。
誰でもネット上で見ることができるページで
口頭伝承などについての情報も載せている。
そこにジンヤクおどりの歌詞も紹介されているのだが、
その中にも「京から下りの」「京から降りたる」屏風を
ただ(たんだ)一重で「立ち並べた」「立つやともだち」
という歌詞があったりする。

ちなみに この三ツ寺の獅子は、起源は京と伝わるが
具体的には今回のハシゴで最初に見た 大八木から伝わり
中興の際には阿久津から教えを受けたとのことだった。

獅子舞終了後、カシラを外している皆さんのところへ。
子供用カシラの内側を見てみると、頭に直接触れる部分は
子供用の自転車用ヘルメットを改造して使ってあった。
そして、外側の獅子の顔は 大人用のモノの型を取り
そこに発泡スチロール?を流して作ったという!
↑作成した御本人が、素材名をド忘れしてしまい素材は不明。
疲れてるとこ、急に細かいこと聞いて申し訳なかった…。
しかし、どこの地区にも器用な方は居るものだ…と感心。
今回は獅子舞を見に来たわけだが、
神社本殿の彫刻も細かくてすごい。
こちらは、クシナダヒメを救うべく戦うスサノオ
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そして、二間に亘って掘られた「天岩戸開き」。
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岩戸をむんずと掴み除けるタヂカラオと、横にはサルタヒコ。
岩戸の中にいたアマテラスの手前には、
踊るアメノウズメ・太鼓・笛。たのしそうだなぁ。
これならアマテラスさんも覗き見したくなっちゃうね。

本殿の横には、社地かどうかわからないけれど
祠や石仏が並んでいるエリアがあった。
いろんな窓の形。方々から集められてココにあるんだろうか。
それとも、元々屋敷墓とか石塔が作られた場所なんだろうか。
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モトは、地域のそこかしこに当然のようにあったモノが
家がたくさん立つうちに除けられていく場合もあって。
獅子舞も、かつては地区の家々全てを回ったけれど
今は家は回らず神社でやるのみという所も多い。
どちらも、
まだ神社にはちゃんと残っているのだけど
人の暮らしからは遠のいてしまったことになる。
そう思うと少し寂しい。
もちろん、
町内の財政困難の末 カシラが売られてしまうこともあるし
資金不足で修繕できず 飾ることもできない状況の所もある。
そう考えたら
祭りの日にカシラを飾るだけで価値のあることだし、
門付け・村回りをやめて時間も短縮していたって何だって
獅子が生きている(飾られるだけでなく舞っている)のは
とんでもなくすごいことなんだよなぁと思っているのだけど。
その状況を続けていくためにも
なんとゆうか近くの人が
「毎年いたから、この獅子が居なくなったらなんか寂しいかも」
って思うくらいには、愛着を持ってくれたらうれしいなぁと思う。
今回は、いろんな場所に見に行ったせいか
初めて自分のトコロの獅子を見たという方に多く会ったので
なおさらそう思う管理人だったとさ。

*おまけ*

諏訪神社境内では獅子舞後も福引?が行われていたが、
一通り見た後は、お車に乗せていただき 藤岡へ。
いかに自転車小僧といえど高崎→藤岡チャリは辛いからね…
目的地は源性寺というお寺さんである。
(森獅子舞の記事の最後に少し書いたかもしれない)
こちらには周辺の獅子を盛り上げ指導にも力を入れた
飯塚國蔵(獅子國さん)の墓所があるらしいのだが、
前回、発見叶わず。
あとで電話確認し「ありますよ」との返答が得られたので
今回は獅子國さんのお墓参りにリベンジである。

他人様の墓所を撮影して載せるのもどうか、
という感じなので画像は大事にしまっておくとして…
一応、前回どうして見つからなかったかと言うと
最終的には墓石には戒名のみ記されていたが
生前のお名前で探してしまったというのが1つ。
そして、単独で立っているかと見ていたのだが
家のお墓の区画内に遠慮がちに立っていたのが1つ。
いやぁ、でも、ちゃんと在って安心した…(*'ω'*)

それを確認後は、同市内の伊勢島神社へ。
この日は何を見るでもなく神社めぐりとして訪れたが
去年2018年10月の上毛新聞で この神社に伝わる
砂原の獅子舞が復活した(する?)という記事があったそうだ。
敷地に入ってすぐに、大きな碑!
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中央は「御嶽山大神」と書かれており
左は「刀利天」、右は「大頭羅」という文字が見える。
御嶽山大神とは現在では
国常立尊大己貴命少彦名命の3柱とされるが
神仏分離令以前はどういった神様だったのかは分からない。
そして左右に控えるのは
三笠山の刀利天(とうりてん、刀利天狗とも)
八海山大神 大頭羅(だいずら)神王 と思われる。
いずれも御嶽信仰の中ではメジャーな神様らしい。
四天王の一人・持国天の異名が提頭頼吒(だいずらた)だが、
ハッキリと同じ神様なのか分からない。
御嶽に限らず、熊野にしても山岳の神様は
仏教・神道民間信仰ect…
いろんなレイヤーを重ねないと見えてこず、
勉強不足な管理人にはなかなか難しいものなわけで。
ひとまず今回はあまり深く考えないことにした。(オイ
また、周りには宝筐印塔のような物や巳待塔、道祖神なども。
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宝篋印塔については
偶然集会所に居らした町会長さんに訊くことができて、
歴史に造詣深かったという町会長さんのお父様の書いた
「郷土の歴史を訪ねる 金井友巳遺稿集」を読ませていただき
「土台部分に猿が彫られた宝筐印塔型の庚申塔
だということらしかった。たしかに、猿いた。
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管理人も、人と話すのが得意な方ではなく
現地で直接聞けたこと+頻繁に図書にも頼る。
地元の方が調べ 書き残してくれたことというのは
たとえ数ページの論文や原稿であろうとも
きめ細かく たくさんの発見があったりするわけで。

ん、急にどうしたんだ?と思うかもしれないが
この町会長さんのお父様と言う方は
管理人がよく県立図書館で読んでいる
「上州路」や「群馬歴史散歩」という雑誌にも
多数の原稿を寄せた方だったのである。
ちなみに、その会報を年4回発行しているという
「群馬歴史散歩の会」は現在も活動中で
今年も県外の会津天竜峡にまで足を延ばすようだ。
県内にいくつか支部があるとゆうことなので、
歴史・郷土好きの方には知ってほしい団体さんである。

アレ、何の話だったっけ(´・ω・`)
そう。まぁそんなこんなで会長さんが
御兄弟である獅子舞保存会会長さんを呼んでくださり
獅子舞のことはもちろん 歴史の話から
近くの御菊稲荷の雛人形の話から詳しく教えていただき、
「そういやココもお稲荷さんだって言ってたな」
「稲荷の神さんって何なの?なんでキツネ?」
みたいな質問がいきなり管理人へ飛んで来たり。
たしかに伊勢島神社について調べても、
何の神様がいるとは明記されていないのだが
拝殿前にはキツネ様がいるのだし
この昔の瓦であろうモノに宝珠が付いているし
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祀られているのは穀物神、
ウカノミタマかウケモチさんなのではと思う。
ちなみに現在の瓦は、葺き替えたら
宝珠の付いていないただの瓦になってしまったとか…。
ほぼ喋らない管理人がこんなにいろんな話で盛り上がれたのも、
ひとえに町会・獅子舞保存会の2人の会長さんと
集会所の中に声をかけてみてくださった
同行人さんのおかげ様ですわ(*´ω`*)

現在ここは立石新田(たついし-しんでん)ではあるが
地元の人はみんな この地域を「砂原」と言う。
「昔 川が荒れるたびに全て押し流されて砂っ原になったんだ」
という由来らしい。
地元の方が言うには 年中そうして無に帰しては
洪水で家を失った隣村の人などが移り住んだ地域で、
また街道も近く“流行り廃り”が激しいので
土地柄として地元への愛着が湧きづらいのでは。
という話も出た。

そんなこの土地に眠る獅子舞。
現在、少ない演目からでも 舞える人を増やし
カシラを整え 舞を奉納することを目指しているそうだ。
若いころ舞っているのを見ている会長さんの話では、
荒々しく狂うのでなく「どことなく柔らかい」獅子なんです。
という話だった。是非、復活の奉納見たいなぁ。楽しみだな。
そうゆうの見逃さないためにも
地元紙を ちゃんと読もう。と思った管理人だったとさ。

いやぁ、私の1日と同じく長くなりましたねぇ。
読んでいる皆さまお疲れ様でした…。
次回はハシゴはしないのでご安心ください(長さ的な意味で)
|д゚)イツモ アリガトウ

角を切られた、田島の獅子舞。

いやぁ、春めいてきましたね(*´ω`*)
最近金欠で、あまり遠出していない管理人だが
3/17は東京から群馬へ帰る道すがら
さいたま市桜区の「田島の獅子舞」を見てきた。
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始まるのは16時なので、獅子で混む前に神社の拝殿を見て…
と思ったらすでに見物テントが満席!
実は、獅子舞が始まるまでは民踊や囃子のほか
地域の方のカラオケ大会的なものが行われているらしかった。
しかし、カラオケってこんな人気あるもんなんだなぁ。
活気があるのはいいことだ。

神社拝殿には数人のおじいちゃん達が出たり入ったり。
獅子の準備やカラオケの出番に追われているようだ。
よし、あの角に居るおじいちゃんに獅子のこと聞いてみよう!
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「すいませーん」「すいませーん」
「あの…」「すいませーん…」
あかん!管理人の声が小さすぎて聞こえてない!
Σ(・ω・ノ)ノ!
声をかけたおじいちゃんは、
管理人の存在にすら気づかないまま拝殿の奥へ。
すると、その奥に居たおじいちゃんが気づいてくれた。
「獅子舞、どの辺から始まりますか?鳥居の向こうですか?」
拾われた捨て犬のような気分でワンワンと近づく。
すると「なに、こうゆうのが好きなの?どうぞ上がって」
と、ピカピカの獅子の前まで招いてくれた!
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なんか…なんかニコニコしてる感じがする(*'ω'*)
狛犬のような顔の 眉毛がいかつい獅子ではなく、
鼻先は長くて 角はシュッと後ろに流れていて龍頭っぽい。
これ↓が大獅子。
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いや、もう可愛くて つぶらな瞳にばかり目が行ってしまうが
角をよく見ていただきたい。何か文字が書いてある。
読んでみると「江戸本角兵衛」と書いてあるわけだが、
角兵衛って誰なんだ。
獅子で角兵衛といえば越後獅子か…?
たしかにコレも1人立ちだし 鞨鼓つけてはいるが
しかし、角兵衛獅子は新潟から来た大道芸。
ちょっと3匹獅子舞とは違うような気もするので
これは宿題にします(´・ω・`)

そしてこちらが女獅子・中獅子↓
(いやぁ、大獅子じゃない方の雄獅子のこと、
  自分の地元では後獅子とか子獅子と言うのでなんか混乱する)

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女獅子には角が無く、中獅子の角は洗濯板状(?)。
ツノ・白いおひげ・顔の周りの毛はオスにだけ生えている。
寛永年間に輪王寺宮(日光山輪王寺の住職さんになった皇族の方)が
田島の獅子舞を台覧され「菊の御門つけてイイよ」と許可したので、
3匹とも おでこには菊の御紋が!
獅子頭は修繕して綺麗にし直すと1つで50万くらい、とのこと。
頭に付いている羽は軍鶏のもの。
ホカン(顔にかかる布)は京都・西陣から買っているのだとか。
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置かれていた酒瓶にもオリジナルラベルΣ(・ω・ノ)ノ!
ちなみに、腰に付ける太鼓が写っているが
何となく皮がピンと張っておらず
中央に行くほど微かに窪んでいるのが見えるだろうか。
しかも、調べ紐(両側の皮と皮を張っている紐)が
胴の部分に触れてるのって鞨鼓ではあまり無い気がする。
「形も歪んでるし、どことなく原始的なイメージだな」
…という感想を持った。
後で聞いた話によると(胴の部分については聞けなかったが)
昔のモノはもっと中心に向かって凹むように張られていて
パァンと響く高い音でなく
ボコボコと鈍く鳴るように張られているのだという。
拝殿の中には道具だけでなく装束も置いてあり、
「袴は昔のまま直していないので今の人には短いよ」
と話していた。たしかに小さめ。
ちなみに、茜色というか干し柿のような色だったが
この袴は郡山で染めているとの話だった。
拝殿の外には草鞋が置かれている。
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一通り道具を見て、
拝殿の裏まで行ってみると小さな社があった。
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中にはキツネがいっぱいいるし、
ふっくら油揚げが置かれている。稲荷社だ。
他にも鹿島社、天王社など何社か末社があるらしい。

末社はさておき、ココは「田島氷川社」という神社で
氷川社というコトはスサノヲノミコトを祀っている神社だ。
スサノヲが居る神社には色々な呼び名があって
「天王(八坂)」「須賀」などが有名だろうか。
スサノヲが牛頭天王と同一視されていたのは有名だし、
奥さんと初めてのマイホームを持った彼が
「すがすがし!」と気持ちを表現したという話から
清・須賀・素鵞という社名になったというのも分かる。
が、氷川とは一体…きよし?(´・ω・`)ジャナイダロ…

氷川とは、どうやら八岐大蛇のモデル(?)となっている
斐伊川(肥の川)のことではないかという説がある。
住民を苦しめる暴れ川・斐伊川を治めることで
流浪の身から地盤を持つ立場へ変化したスサノヲ。
彼をヒカワノカミというコトがあるのだそうだ。
そして異説として、現在氷川社・氷川神社と呼ばれる社は
もともとスサノヲでなく水神を祀っていたという話も。
その神が何らかの経緯でスサノヲ信仰と結びつき
いつしか氷川社の祭神はスサノヲとなったというものだ。
うん、確かに氷川社にスサノヲさんがいると知るまでは
荒川に集中してるから流域の神様なのかしらと思っていた。

さぁ、そんなことを考えているうちに間もなく16時。
二の鳥居の外側に一行が並び始める。
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群馬では花笠=おじさん、山形では女装のおじさん
というイメージだが(雑なイメージだな…)
ココの花笠は未成年の女子と決まっているらしい。
巫女さんスタイルで可愛い感じだ。
「まだだ、まだ」
「4時のヤツが鳴ってからやるから」
と、おじいちゃんたちが口々に言っている。
なんでも 16時にスピーカーから夕方の音楽が流れるとかで
以前先走って獅子舞を始めたら舞っている最中に
時報の音楽が鳴り始めてしまったのだということだった。

提灯、花笠。それに続いて、
「お宝」「御幣」「弓」を持ったおじいちゃんたち。
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さぁ、この「お宝」が何かといえば
先ほど見ていただいたカシラの古いツノだという。
「え?なんでツノ…?」
先ほどツノに「江戸本角兵衛」と書かれていたと思うが、
実は昔は その上に「天下一」という言葉が彫ってあったそうな。
輪王寺宮には菊の御門を賜ったシシたちだったが、
将軍様はこの「天下一」という言葉を許してくれず。
「いや、天下一はイカン。将軍の専売特許だぞ」
というコトで、この角を使えないようにと
刀で切られてしまったのだという(;゚Д゚)ヒエー

ただ、別に将軍家と仲が悪いとかではなく
三代将軍・家光が日光山輪王寺へ出かけるときに
その街道を清めるために奉納されたりしている。
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二の鳥居をくぐった一行は橋を渡って境内へ。
さぁ、管理人も拝殿前へ移動して待機だ!

…しまった。近すぎた!Σ(・ω・ノ)ノ!
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いやぁ、軍鶏の羽、美しいですね。
そして、なんか腰から紐が2本出ている。
何だろう。あんまり見たことない紐だ。
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辿ってみると、この紐はホカンの角っこと結んであって
飛んだり跳ねたり廻ったりしても布が翻らないようになっている!
たしかに、結構長くて かなり薄い布なんだけれど
これがあることで一切ぶわぶわしない。
そして、腰紐とか鞨鼓釣りと結んであるのかと思いきや…
腰に刺した御幣に巻いてある(;゚Д゚)
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でも、間違いなく固定したいだけなら
抜けちゃうかもしれない御幣より紐に付けるはずでは?
御幣と幕を縄でつなぐことで獅子の中に小さな結界を作る…
とかそんな意味があったりするのかなぁ。
舞の意味とか、装束の細かいことを訊いてみたのだけれど
実は氷川社本殿にしまってあった重要な道具や記録は
一度、火災によって失われている。しかも放火だという。
全く悪いヤツも居たものだ(;´・ω・)
なので、
ちょうど手入れだか練習で外に出ていたカシラたちと
一部の火災をまぬがれた道具のほかは資料が非常に少ない。
各演目の意味なども分かる方はあまり居ないという。
そんなわけで、謎は謎のまま…
演目については近隣の団体に残ってる伝承があれば
そちらを参考にして「この辺は同じだったのかな」とか
憶測するしかないのかもしれない。

舞は下記の11あるとのこと。
庭回り、女獅子・中獅子・大獅子の出端、ふっかけ、
獅子歌、ふんがえし、骨かえり、弓掛、オンベ掛、しまい

「庭回り」は地固め的なコトなんだろうか。
ホカンを上げ人の顔が見える状態で太鼓を打ちながら
3匹が列になって拝殿前をゆっくりと一周。
そのあとが各獅子の「出端」に移っただと思うのだが、
まずは女獅子から、中獅子・大獅子の順で
ホカンを下ろし拝殿前の御幣に向かって屈み、
バチを持った手を合わせる。
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シシ舞やシシ踊りは、長い演目も多かったりして
見せる時は2,3の演目を選んで見せるというのが多いけれど
今回は短い時間ながら獅子の色んな動きを見ることができた。
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猫っ手のような形で手を太鼓の上へ。
バチを持った反対の手は腰へ当てて中腰。
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この手を交差する動き、鹿子踊りの二人狂いを思い出す。
(*´ω`*)初夏が過ぎたら、東北のシシたちにも会いに行きたいなぁ
そして、何みたいとも言えない節回しで
何かを唱えては腕を上へ…
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ドカドカと太鼓を打ち鳴らしながら
観客へグワッと迫っていく場面では、
中獅子に迫られた子があまりの迫力に泣きだすと
舞っていた他の獅子のホカンの中から
「あっ、泣かせたw」とゆうつぶやきが…
( *´艸`)
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泣いている子のお兄ちゃんは小さいながら心得たもので
「〇〇、怖くないよ。獅子が風邪追い払ってくれたよ」
と。イイお兄ちゃん!獅子舞の意味も知ってるなんて!
きっと君のお父さんお母さんが、
昔キミが泣いた時そう言って育ててくれたんだねぇ。
(*'ω'*)なんていい子なんだ!

そしてその小さいお兄ちゃんが妹に
「ゆみがかりやるよ!カッコイイから見よ?」と。
演目の名前も覚えているとは…
家族が団体の人なのか、相当好きなのか。

田島の獅子舞 一番の見せ場ともいう「弓掛かり」。
大獅子が弓の弦の間を飛び越える演目。
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見事に飛び超えると、観客からは拍手が。
コレを向こうからこちらへ、こちらから向こうへ
往復して 手に持った御幣で あちらとこちらでフリフリ。
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イヤぁ、しかしホントに、
ちょっと近くに場所取り過ぎたかなぁ(笑)
参道の向こう側にいるシシは写るけれど、
折角すぐそこにいるシシが あまりに近すぎて
全然全身が写真に入りきらない…まぁいいか。
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ちなみに、獅子頭の金色の部分が
釜肌のように凸凹しているのが見えるだろうか。
(頭だけ写したやつのほうが見やすいかな…)
釜に施した柚子肌のような意匠のおかげで、
金色だがすべてがピッカピカなワケではなく
落ち着いた感じがあるとともに
その分、目がキラキラに見える!素晴らしい!

と思って後でおじいちゃんに訊いてみた。
「これはワザとですか」「昔のもこうでしたか」
するとまさかの
「ああ、コレね。直しに出したらこうなったんだよ」
出たよー!直したら勝手にそうなったパターン!
なんか ソレ群馬でもよくあるけど どうなん…?

ちなみに、さらに聞くと
どうやら昔はもっとカシラ全体が黒っぽかったとか。
絵巻物に残っている昔の祭礼の様子を見ると
獅子の顔は金というより黒に近いらしく、
例の「お宝」の箱に入っているツノも
今のツノに比べるとずいぶん黒っぽいという。
ちなみに「お宝は見ると目がつぶれる」と言い習わしがあるが
おじいちゃん周辺の人は何人か開けて見たらしい(オイ)
その頃は目だけがハッキリした金色だった…
なんてこともあるんだろうか。

全ての演目が終わった後は、
老若男女 獅子頭で頭の上をシャンシャンしてもらえる。
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獅子に噛んでもらったり、神主さんに大幣でバサバサされる
というのと同じ効果があるらしい。
みんなしばらくは集まってコレをやってもらっている。
私も2回くらいバサバサとやってもらえた。
よし。これで今年は風邪をひかず祭を巡れるはず!
(/・ω・)/♪

バサバサついでにカシラの中を見せていただく。
籠の部分は非常にシンプルな感じの造りだが、
カシラ自体はきっと かなり重いのだろう。
あの顔が付いてるワケだし…ツノも立派だし。
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ちなみに、昔は言ったモン勝ち的な所があって
毎回大体かぶる人が決まっていたので、
その人にジャストサイズとなるように作ってしまったとか。
なので、カシラによっても籠の大きさは結構違い
カシラを見せてくれたおじいちゃんは
「私は、なんか中獅子がちょうどいいんですよ」と。
ちなみにキツいのをかぶると、やはり痛いらしい。
動きも結構激しいので、顎もかなりきつく締めるとのこと。

久々にみた県外の獅子舞は
見たことない動きも多くて楽しかったー(*´ω`*)
現在は人のほかは花笠とシシが登場しているが、
実は 火災の時に運び出した道具の中に
猿田彦神の「一本歯のゲタ」があったのだという。
絵巻物を見ても天狗面を付けた人物が
獅子舞を先導しているような様子が描かれているらしい。
なので、おじいちゃんの話では今その
猿田彦を復活させようという計画があるのだそうだ。

面を作るにもお金はかかるし、衣装もそろえなきゃだ。
猿田彦なら、鉾も持っていたんだろうか。
まだ時間はかかるかもしれないけれど
もしかしたら数年後見に来た時に猿田彦が居たら嬉しいな。
あんなに小さい子からお年寄りまでみんなに囲まれて
火災で意味の伝承が失われてしまっても
シシは皆に愛されてるんだなぁと感じる春祭りだったとさ。
(*'ω'*)

*追記*
獅子の前幕を「ホカン」と呼ぶのは、
どうやら私の地元・群馬あたりに多い呼び方らしい。
と、読んでいる方から教えていただきました!
田島獅子舞さんが何と呼んでいるかってトコ、
そういえば確認していなかったぁあああΣ(・ω・ノ)ノ!
ナチュラルにホカンゆうてるけど何やねんソレ」
と思った方々、誠に申し訳ありませんでした…。

溢れるカンカチ、森獅子舞。

書くのが遅くなってしまったが、
先々週 3/9に行った藤岡の獅子舞見学。
今回は森地区の獅子舞(*'ω'*)本祭は3/10だったのだが、
前回書いた岩手シシトーク@浅草のために行けず。
今年は宵祭のみ お邪魔した。

到着したのは12時少し前。
鳥居をくぐったあたりに2本の万燈が立ち、
春めく気候も相まって華やかだ。
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いや、しかしちびっこたちが多いなぁ。
後継者不足に悩む自治体が多い中、賑やかなことで…
と思っていたら なんと!定刻が近づくにつれ、
さらに公会堂の中から子供達が溢れてくるではないか!
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地域の方が「今年は60人くらい」というから驚き。
訊いてみると単に子供が多い地域 というだけではなかった。
会長さんに話を伺うことができ、
「会長が獅子舞に興味がある人だったらいいんだけど、
 そうでもない時は獅子舞がダメになってきちゃうんだよ」
と。そこで考え出されたのが「女子会」!
女性だけの飲み会のことではないぞ(/・ω・)/
地域のママ世代に獅子舞やイベントで役割を持ってもらうのだ。

ママが参加していれば子供も自然に参加
    ↓
町内行事への子供の参加率も上がる
    ↓
各家庭の子供が参加することで獅子舞への関心もup
    ↓
地域全体の関心が集まれば代表者の熱意のみに左右されない!

という良いスパイラルが生まれ、
獅子舞が「みんなに関係ある行事」になるのだ(*'ω'*)
そしてもう1つの努力が、費用の捻出。
当然地域からの集金や寄付金は大きいのだが、
森で もう1つ取り組んでいるのがゴミの分別と回収!
前半で写真を載せた飯玉神社境内は
公会堂のほか多少の遊具などもあり公園となっている。
その、鳥居を入ってすぐに大きめの倉庫があるのだ。
実はここは、資源回収スポット!
ごみをしっかり分別して集めることで、
資源となるごみを市が買い取ってくれる。
そのお金で活動費を捻出しているのだそうだ。
そこで必要なのが、住民皆様の協力。
分別や持ってくるのは少し大変なのだけれど、
実はこの倉庫24時間365日 ゴミを置いていける!
つまり
「ボトルがたくさん出たけど来週まで待たなきゃ」
とかが無いのである。うれしいね(*´ω`*)
そんな利点もありつつ、広報などでの呼びかけもあり
年間で見ると結構なお金となっているのだという。

その費用は、もちろん行事の運営費にもなるのだが
練習で子供に出すお菓子代がバカにならないのだとか。
続けてもらうためには楽しいと思ってほしい。
そりゃ、大きくなるまでには
獅子舞自体を好きになって欲しいところだけれど、
まずは「公会堂に集まると楽しい」と思ってもらおう!
というコトで、1日練習すると業務用のお菓子でさえも
1000円分くらいは消費されるのだそうだ。
(まぁ、なんといっても子供が多いですからねぇ…)

まぁ内情としてはそんな工夫を聞けたところで。

獅子っ子たちは境内で軽く練習した後、
振込のため鳥居の外に列を作る。
大人に続いて笛を吹くのは女子たち。
高学年くらいの子は巫女さんのような服を着て、
小さな子たちは青い法被姿。
続いて赤い服を着た男子「カンカチ」4人と、後ろに獅子3匹。
その7人組が2組なので、踊るのは計14人。
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神社の前へ来ると2つの円を作り「岡崎」を舞う。
また列となって時計回りに神社の周りを回る。
…と思ったら、あれ?なかなか出てこないぞ?
すると、近くの獅子っ子さん(20代は舞子というべきか)が
「神社の裏に小さいの3つあるんで、その前で1回舞うんスよ」
と教えてくださった。小さいのが3つ。コレですな?
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3つともにキツネさんがいる。
以前にいくつか近場の「飯玉」巡りをしたが、
ココも飯玉神社だから穀物神を祀っているのだろう。
↓過去の飯玉記事はコチラ
飯玉神社(前橋市若宮町)
飯玉神社(前橋市朝倉町/後閑町)
飯玉神社(伊勢崎駅周辺)

一周回って戻ってきた後は「花吸」の「三番」。
三番は、後ずさりのように右足を下げ、また前に出した後に
地面を這うような動作↓が特徴だそうだ。
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この這う動作、
奉納のための“地ならし”的な意味があるとのこと。

舞が終盤になると、
囃子方の大人と女子たち、舞っていないカンカチたちは
列を作ってゾロゾロと鳥居から出て行く。
その後に続き、舞っていたカンカチと獅子たちも外へ。
途中途中で囃子をしつつ そうでないときは話をしつつ…
(*´ω`*)
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ちなみに、森獅子舞は
先獅子:黒いカシラ/黒い毛/紺色の幕/紫の手甲
雌獅子:赤いカシラ/白い毛/赤の幕/赤の手甲
後獅子:緑のカシラ/茶色い毛/緑の幕/水色の手甲
という配色。着物は、獅子でも年長者と年少者で違う。

そうこうしながら、本日の要所・泉通寺さんに近い
通称「ニュータウン」まで移動。
森地区自体が駅にも近く住宅地なのだが、
特にニュータウンには子供&若いお母さんが多い様子。
公園に集まった子供たちを見に、お母さんたちも集合。

管理人が個人的に気に入っていたのは
この小さな雌獅子さん。
カシラを振って、タテガミが綺麗に動いていた。
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カンカチは本来獅子3匹に対し1人なのだそうだが、
みんながどこかしらで踊れるようにと
岡崎の時は1組に4人が入っているらしい。
(他の演目の時は ちゃんと1人に減らしている)

カンカチは 赤い着物に、赤の手甲脚絆。豆絞りを額に巻く。
手ぬぐいには折り紙っぽい金の紙を丸く切って3つ貼ってある。
ピンクのたすきをかけた後に、その結び目に5色の細い布を結ぶ。
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団体によってカンカチの役割もさまざまなようだが、
ココでは案内役(道行の際に獅子に先立って歩く)や
雌獅子隠しの審判(?)の様なモノらしいという話だった。

先ほど道行きをしていた獅子は年少者の衣装。
コチラ↓が年長者。黒い袴に獅子巻毛柄。
カシラから顔に垂らしている幕(布)の両端を背中で結ぶ。
5色の布を白タスキにくくるのは同様。
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踊れない間は、こぞって遊具に群がるカンカチ達…。
どこもかしこも赤くて視界が賑やか。
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周辺の獅子頭同様、森獅子舞さんのカシラも馬の毛。
(群馬には馬のほか、鳥の羽を用いたカシラが多い)
馬の尾は、カシラを振ると荒々しく広がる。
振っている若い人たちが話すのを聞いていると、
やっぱりこの振る動作がカッコいいし、大事なようだ。
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小さな子たちも たくさん走り回った後は水分補給。
それが終わると、泉通寺さんへ移動する。
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まず、本堂のほうを向いて直線状になって舞う。
見に来ていた獅子舞めぐりの大先輩が
保存会の方に訊いて教えてくれた情報によると
「横サヲ」といって先祖の霊を呼ぶための舞らしい。
うーん、直聴きじゃないので
どんなニュアンスか上手く文字で表せていない気が…
でも多分「召喚!」みたいな感じの呼び出しじゃなく
お盆の迎え的な「ココだよー。ココ目印に帰ってきて~」
ってゆう緩やかな「呼び」なのではないかと想像する。
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ただ、呼ぶといっても彼岸にはまだ早い。
本番である今年の3/10は旧暦の初午に当たり、
初午は稲荷神に縁深い日なので豊穣を願う行事も多い。
なおかつ
日本では山の神が里に下りてきて田の神になるとか
地域の人間が亡くなるとカミになって山へ上がるとか
そういう伝承も多いのを考えると…(*´з`)
冬の間山に上がっていた先祖の霊に向けて
「今年も俺ら頑張って獅子振ってます!」
「また春から作物たちのこと宜しくお願いします!」
そんな感じの田の神迎え的な要素もあるのかな?
…と妄想したり。

自分たちが卒業した学校に久々に行ってみたら、
同じように後輩が部活や勉強頑張ってたらうれしいよね。
現世OBのご先祖様たちも、それが一番うれしいんじゃないかなと。
いや、合ってるか分からないけど。

これが終わると、いったん休憩。
子供たちはお寺のトイレなどを借りに行ったり
境内で仲間たちと走り回る。

本堂の中を覗くと、なんか角に謎の巨大な棒が!
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横の木札に
「身を削って美味しいものを人に作る
   すりこぎ棒というのは尊いですよ」
というようなことが(もっと素敵な言葉で)書かれている。
すりこぎ棒なのか…しかし何でまたこんな巨大な…。

すりこぎ棒については大したことが分からないまま
休憩は終了し「花吸」が始まる。
神社境内では年少の獅子っ子たちが2組舞ったが、
今度は年長者の出番である(/・ω・)/!
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奥の組にだけ、ちゃんと花木が立ててある。
2本用意するのはキツかったんだろうか…?
それとも本来は1組だけが舞うモノで、
手前の組は後輩組とゆうかそんな感じなんだろうか。
頭の回転がかなりマイペースなので、
現地では聞きたいことが具体化できず
帰ってきてからこのように疑問が出てくる(´・ω・`)

ちなみに、立てる木の種類は決まっているんだろうか?
と思っておじいちゃんに訊いてみたが
「梅にしようと思ったんだいね。ちょうど綺麗でしょ」
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うん、確かにちょうど満開。
「けどコレ、もう作っちゃってあったからさぁ」
とゆうユルい答えだった。特段決まった木は無いらしい。
木には七夕飾りの様なモノが付いていた。
(短冊とはまた違いそうだが、あの輪っかのヤツ)
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そして、木を片付けたおじいちゃんが
イルカショーのような棒に付いた玉を持って登場!
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獅子とカンカチの中にボールがつるされると、
舞いながらまずはカンカチがボールを掴む!
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そして、そのまま舞う。
カンカチのターンが終わると、一旦ボールはまた中央に。
そして次は先獅子のターン!そうしてボールが一周。
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あんまり見たことない演目だったのだけど、
何人かのおじいちゃんに演目を聞いてみると
「ちょっと分かんねぇなあ」
「あの人に訊けば分かるんじゃねぇか」
と数人のおじいちゃんを巡りに巡って 最終的に
「鞠掛かりってゆうんじゃねぇか」と。

「ゆうんじゃねぇか」は少し不安ではあるが、
気さくにいろいろ教えてくれるおじいちゃんだった(*'ω'*)
子供用獅子頭のことも訊くことができ、
アレは大人用のもので型を取り作成したのだそうだ。
軽くするために発泡スチロール製らしいのだが、
どうやって獅子頭の型を取ったのか気になる…。

ちなみに、森の獅子頭は顎にかける紐が比較的細い。
どれくらいかと言うと、ちゃんちゃんこの前の紐くらい。
(いや、伝わりづらいな…太めの靴紐くらいですかね)
もちろんアゴの紐だけでカシラを支えているわけではないが、
激しく振った時にカシラがズレてはおおごとだ。
というわけでカシラが落ちないようキツく結ぶのだが、
同じ強度で結んだ場合細いものに圧迫される方が痛い。
そのキツさは大人でさえも口が開かないので喋れず
長くかぶっているとアゴが痺れてくる程だという。
ましてや子供はアゴの骨自体がまだ弱いので、
通常のカシラでは思い切り締めると
かなり痛くなってきて泣いてしまう子もいるのだとか。
彩色も丁寧に施され、
一見 発泡スチロールとは思えないが
大人が持って運んでいるのを見ると非常に軽そう。

そしてこちらが大人(年長組)用の先獅子。
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角には細く3本のラインが入っているのだが、
よく見ると先獅子のものには揺らぎがあり
後獅子のものはまっすぐのラインだった。
上手く写らなかったので、こんな絵で申し訳ないが、
要点だけは分かってもらえると信じてる…
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地域によっては先獅子(親獅子、ホウガン)が螺旋角で
後獅子(子獅子)がまっすぐな角という所も多いので…
その名残というか影響なんだろうか。
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アゴは金具で留まっていて、可動式。
年少組が舞っているのを見ているとたまに
「開き過ぎでは?」というくらい開いていることも。
口の中を覗くと、どうやら角とアゴが繋がっている。
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先日鮎川で見た時も
「舞ってるときにずいぶん角がカタカタ揺れるな」
と思い どう差してあるか気になっていた。
もしかしたら鮎川のモノも同じ様に、
角と角を中で結んでいる形式なんだろうか?

獅子頭の中も拝見することができたところで、
「もう終わっちゃってるかもしれないなぁ」と言いながら
同日程で獅子舞が行われている上大塚へ。
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結局ブッツォロイは15時ごろに終わってしまった…
というコトで見れなかったのだが話だけは聞くことができた。
ちなみにブッツォロイというのは「ぶっ揃い」。
つまり全員で行う総ざらいの練習のコト。
上大塚獅子舞も 先ほどの森獅子舞と同じく本番は翌日。

道の両脇に建てられた万燈には、椿の枝が。
寒風吹きすさぶ冬も つややかで青々とした葉を保ち続け
生命力・繁栄の象徴ともされる。
「強(艶)=つよ、つや」「葉=は」「木=き」が語源とも言われ、
また女性を守る木とも言われている植物である。

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そして万燈には「五風十雨」の文字!
山形県新庄市の萩野鹿子踊でシシが背負う
「十日雨」「五日風」という幟を思い出した。

五風十雨という四字熟語は
中国の「論衡」というシリーズに登場する
「五日一風、十日一雨、風不枝、雨不塊」
という天下泰平を天気で例えた文がモトらしい。
これは
五日に一たび風が吹き、十日に一たび雨が降り、
風は枝が鳴るほど強くなく、
雨は塊(つちくれ)が崩れない程度にやさしい
というのが草花や人にとって良い天候ということ。
そしてこれは農耕にも絶好の天候!
(…韻を踏もうとしたワケではないんだよ…)
つまり
五風十雨は、天下泰平と豊作どちらも表せる言葉。
さて、国語の授業みたいな話はおいといて。

集会所のなかには、
ちょっと恐そうなオジサン2人と
若いオニイサン1人が道具の片づけと準備をしていた。
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獅子頭って大抵 ちょっと高めの台の上に
鞨鼓に乗せて置いておいたりする。
そこは上大塚も同じなのだけれど、鼻が…。
付けない時に、御幣を鼻に刺しとくスタイルって
結構あるものなんだろうか…痛そう。

そして、これは獅子の後頭部。
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結構(人間の頭にザルをかぶるような感じで)
獅子頭の内部に籠がはめ込まれてたりするけれど、
後ろ一面が 平面的な編みになってるって珍しいような気がした。
頭のカーブにフィットしなそうだが、涼しいかもしれない…。
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そして、下から見たところ。
どうやら上大塚の獅子は、
「角と角を中で結んで固定」ではなく
それぞれの角の根元に布を巻いて固定している。
そして耳(だとおもう)の根元は
閂(かんぬき)のようなもので固定されていた。
アゴの紐は、森と同じくらい細そうだ。
実際にかぶる時には、
この 御布団↓を2枚中に入れた上でかぶる。
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一通り今日使った道具を片すと、
オジサンたちは明日使う装束を手入れしたり纏めたり。
「明日獅子は〇〇がやるんだろ」
「あと□□来させるけど△△は来れない」
そんな感じで、人数にはあまり余裕は無いという話だった。
「あそこに若い家族が越してくるって聞いた時は期待したなぁ」
「そうだよ、もう拝んだよな。男の子来ますように!って」
結局、その時は数軒の建売が売れたが女の子が多く
男の子のうち「やる」と言ってくれたのは1人だったとか。
「女の子もさ、何年前かな。入れた年もあったんだよ笛方で」
「俺の娘の時に初めて女子入れたよな」
「でも今は新しくは入れてないか」

風流系シシの多くがそうだと思うが、
獅子から囃子方まで伝承者は全員男性というのが基本。
(男性の中でも長男だけという地域も多い)
シシに限らず、神輿でも神楽でもなんでも
男性しかできない芸能や神事というのは多いものだ。
それに沿って男性のみに伝承すれば 当然のことながら
継承候補者は子供全員に伝承する場合の半分以下になる。
そして今は子供全体が減っている。

そうした中で何か対策をするとすれば
・継承する地域を拡げる
・継承する年代を拡げる
・継承する性別を拡げる

と言うのがパッと思いつくところだろう。
群馬県の中で、この3つ どれかをやって
今のところ成功していると言われている団体もある。

群馬県教育文化事業団と言う団体が纏めた
「群馬の獅子舞調査報告書」というのがあるのだが、
それを参考にさせていただくと例えば
「月田のささら(前橋市粕川)」
これは管理人宅から結構近いのでよく見に行くシシで、
毎年8月末に近戸神社で見られる。
もともとは月田地区・近戸組のみで伝承していたけれど、
人数的に厳しいので伝承地域を月田地区全体に広げたという。
そして
「千本木龍頭神舞(伊勢崎市南千本木)」
群馬の獅子の中ではSNSなどでの活動も活発な団体で、
10月第3土日に千本木神社で見られる。
去年の年末に行われた「ぐんまの獅子舞公演」でも
雌獅子の中の人は女性だと紹介されていたように、
コチラの団体では女性でも舞手になることができる。
最後に
「平獅子舞(吾妻郡中之条町)」
猿に天狗にと登場人物の多い獅子舞で、
まさにこの記事を書いている彼岸の中日に舞っている。
(何してるんだ見に行かないのか、という感じだが
 まぁ管理人にも先祖の墓参りとゆう行事がありまして…)
敬老の日付近に吾妻神社でも見ることができるので
今年はまだワンチャンあると思いたい!
(ノД`)・゜・。
それはさておき。この団体ではもともと
小学校中学年がメインの舞手となっていた。
しかし、現在では幼稚園まで伝承のすそ野を広げたり
逆に大人が舞うことも検討されているとか。

ただし、これらは一握りの成功例であって やはり
上大塚の中堅の方は2人とも
「地域を広げて良かったって話は聞かねぇよな」と。
粕川が成功したのは、
月田地区のほとんどが近戸神社の氏子であったことや
校区と地区が ほぼ同一だったことも大きいらしい。
そして、地域を広げるというコトは
地域の寄付金で地域外の参加者も支えることであったり
逆に、場合によっては地域外から寄付を募ることになる。
そのへんも難しいのだそうだ。

そんな話をしていると、
オジサンたちよりさらに上の世代が登場!
ゲートボール(だったかな)を終えて、
近くの定食屋「柿乃木」へ行く途中というおじいちゃんだ。
「若いころに あの地区と合同で獅子舞を奉納した」
など色々な話を聞くことができたわけだが、
その中で1つ 話題に上ったのが飯塚國蔵さん。
江戸時代末期の人で、ここ藤岡市大塚に婿養子に来た。
この人が獅子舞にかけては天才的な才能の持ち主で、
「獅子國」の愛称で呼ばれ ここら一帯の獅子舞にとっては
その構成に大きな影響を及ぼした「中興の祖」とされる人物。

おじいちゃんは直接は習わなかったが、
おじいちゃんが若いころの古老たちは
國蔵さんから直接指導を受けた世代だったという。
そして、この藤岡にあるお寺さんに彼は眠っているらしい。
そのお寺には、彼の顕彰碑が建っている。
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おじいちゃんがまだ獅子の中の人だったころ、
彼の墓前で獅子舞を奉納したことがあったそうだ。
「大きくない縦長な石が墓石でね」
「我々はその前でやったんだよ100周年かなんかで」
その時以来、墓所への定期的な奉納はされておらず
現在はその時の場所にはお墓が無いという話も出た。

この日は帰りしな、
お墓は無くなってしまったんだろうか?
お墓参りできないこともだけど、
獅子舞にとって大事な方のお墓が無くされてしまうの悲しい。
など色々なことを考えながら帰ったが…
お寺さんに問い合わせたらどうやら敷地内にあるらしい。
場所が移動しただけだったのかな?少しホッとした。
今度藤岡へ行った時には叶えば墓参りもしてみたいものだ。
(実は こないだ鮎川へ行った時探したが、発見できずに帰還している)

獅子國さん、藤岡の獅子舞は今もいろんな人が守ってるよ。
こんなイイもの上州に残してくれたから今週も楽しいよ。

なむなむ(*´ω`*)

みちのくシシの、集う春。

さて、3・11を目前に控えた3/10。
今年は浅草へ行ってきた(/・ω・)/!
祭用品などの販売をしている宮本卯之助商店さんにて
「岩手シシトーク&装束展」「芸能のミカタ写真展」
が行われていたからだ。
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この日はなんと、岩手県内の9地域から
浅草の地にシシ頭が集結!
神様や精霊の権化ともされるシシが11頭も!
(夫婦で来たシシとか新旧来たシシ居るので9団体だけど11頭)
岩手のシシオドリは超ザックリ2つに分けると、
シシ役はカシラから垂らした幕を振って躍る「幕踊系」と
シシ役が太鼓を付けて踊る「太鼓踊系」に分かれる。
今回の団体さんの比率は 太鼓踊4:幕踊5。
登壇してくださったのは南から

①根反鹿踊り(ねそり-ししおどり)
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岩手県 一戸町 根反)
加賀国・八幡太朗義家が苦戦を強いられた際
鹿の角に松明をくくり敵陣に突っ込むという戦法で勝利。
その宴の席で鹿を称え武者を労うために踊ったものを
山伏が根反に伝えたといわれる。
そのためか、角は非常に特徴的なデザイン。
口の周りがモシャモシャで野性味ある。
毎年8月(最終 金土日)一戸まつりにて奉納している。

②澤目獅子踊り(さわめ-ししおどり)
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起源には謎も多い澤目獅子踊り。
親獅子(雄のリーダー的なヤツ)と女獅子のカシラは
「決して離してはならない」
とのことで今回も夫婦仲睦まじく上京(右の見切れているのが雌)!
角の間を彩る図柄には
龍・鯱・唐獅子・狐・虎・鹿などがあるとのこと。

③夏屋鹿踊(なつや-しかおどり)
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宮古市 夏屋)
大和国・春日の清原形部之助という人が
夏屋に巻物を持ち込んで教えたと伝わる踊り。
上が新しいカシラなのだが、この古いカシラがスゴイ。
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リアル鹿っぽいカシラといえば田野畑とかもそうだが、
なんてゆうかこれは素朴感が無い。
(ディスっているのではない。仕上がってる感があると言いたい)
1つのカシラは一木から彫り出されたもので、
6つのカシラは全て違う顔だといい、
一説に「喜怒哀楽を表している」のだそうだ。

④春日流八幡鹿踊(かすがりゅう-はちまん-ししおどり)
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(花巻町 石鳥谷町 八幡)
管理人は先月京都に行ったが、
その時の記事で書いた空也上が鹿を悼むエピソード。
アレを由来として語り継ぐ団体の1つ。
その空也の踊りを武蔵野国豊田村の人が
シシの芸能として確立させて伝えたとも言われている。
八幡神社例祭のほか、石鳥谷まつり、花巻まつりetcに出演。

⑤橋野鹿踊り(はしの-ししおどり)
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釜石市 橋野町)
東禅寺シシ踊りから習い橋野に伝わったとのこと。
幕踊り系シシに多い特徴ともいえる
大きなタテモノ(角の間の飾り)には色んなエピソードが…。
モテたい一心でタテモノどんどん目立つようになったとかね(笑)
「ドロの木」を削った「カンナガラ」をタテガミにし、
バッサバッサ踊る。そして当然ちぎれてたくさん落ちる。
それを拾うといいことがあるらしい。
今年7月には瀧澤神社例大祭にて奉納予定。
集落総出の奉納となるため見てくれる方募集中!
(/・ω・)/だそうです!

⑥臼澤鹿子踊(うすざわ-ししおどり)
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大槌町 小槌)
コチラの踊りは、房州から伝わったとされている。
房州とは千葉のあたりのコト。
昔、大槌の人が鹿島神宮へ行った際に
房州の船乗りの間に伝わる「房州おどり」に出会い
それを習って地元に持ち帰ったのだそうだ。
大槌まつり(9月第3土日。雨天決行)では
虎舞などとともに2Kmにも及ぶ行列を作るらしい!
明るい色調の幕が目を引く。

⑦金津流石関獅子躍(かなつりゅう-いしぜき-ししおどり)
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奥州市 江刺区 稲瀬)
去年の夏に見た金津流野手崎獅子躍さん同様、
頭の後ろには「金津次橋」と書かれたプレート(?)。
そこからも分かるように宮城県からやってきた踊り。
宮城 松森村・浦田源十郎→江刺郡 石関村・小原吉郎治
と伝授され、その後も仙台藩士の犬飼さんや
本場 次橋村・遠山休左衛門さんからも習ったという。

⑧奥山行山流地ノ神鹿踊(おくやまぎょうざんりゅう-じのかみ-ししおどり)
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奥州市 江刺 伊手)
東磐井郡大東町 山口屋敷・喜左衛門→地ノ神・円蔵
とゆう道のりで伝授された踊りと伝わっている。
行山流山口派の古い特徴を残している、と言っていた。
仲立&女鹿の「ながし」(背中部分の長い布)には
「みちのくの しのぶ牡鹿の女鹿の里 聲を揃えて遊ぶ鹿かも」
と 山口派に縁深い和歌が染められている。

⑨行山流都鳥鹿踊(ぎょうざんりゅう-とどり-ししおどり)
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奥州市 胆沢 南都田)
三陸・伊藤伴内→(弟子)行山清左衛門
平泉町・三代行水軒中津川清左衛門義胤 
と伝授されたと伝わる。
今回登場した太鼓系シシの中では、
唯一 頭の上に「華鬘(けまん)」が無くて
「ウワザイ」とゆうザイのつけ方をしているそうだ。
個人的には幕の染め抜き部分の着色が可愛らしくて好き。

ちなみに、地図上での場所はこんな感じ↓
幕踊系は青・太鼓踊り系は赤にしてみた。
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幕踊りのシシたちに立ってもらうと、幕の意匠も様々。
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そして、同じ幕踊りの中でも シシの髪の毛部分に注目すると
根反鹿踊り(左)は障子紙を使っているのに対し
橋野鹿踊り(右)はカンナガラ(鉋で削った木)を使っている。
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さらに、同じドロノキを使ったカンナガラでも
橋野鹿踊りは薄くまっすぐに削ってあるのに対し…
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澤目獅子踊りは お蝶夫人の様な縦ロール!
(例えが古い)
削り方も厚い。鉋の刃自体が違う形なんだろうか。
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一方の太鼓踊り系。
鹿角使っていたり幕に九曜紋があったり、
似てるところも多いからこそ並んで戴くと差が分かる。
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特に後ろを向いてもらうと、
それぞれ流派や団体の特徴ある「ながし」が。
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都鳥鹿踊さん(一番左)は先ほども紹介したように
華鬘(後頭部で結んである赤い綱みたいの)が無く、
頭の頂点までセンター分けのザイ(ウワザイ)が付いている。
他団体の華鬘がある位置には赤い九曜紋。
ながしには「冨士麓 行山躍 五穀成就」の文字。

その右、地ノ神鹿踊さんのながしには
陸奥濃信夫牡鹿廼牝鹿乃里聲遠楚呂遍天阿曽婦志加可毛」
と先ほど紹介した和歌が染め抜かれている。
ちなみに、今回来てくれたのは仲立(リーダー)シシだが
仲立と女鹿以外の鹿は ながしには倶利伽羅剣が描かれている。

そのさらに右、石関獅子躍さんのながしは
加藤清正と聞こえた気がしたのだけれど
ココにそう書いたら公開後に清正ではないとご指摘を戴いた!
追記:その方に伺った所、石関の中立のながしは
   本来神功皇后の「三韓征伐」なのだそうだ。
   しかし最近は山姥、渡辺綱坂田金時になっていて
   ほかには富士の巻き狩りなど…とのことだった。


そして何より今管理人が気になっているのが
太鼓系シシたちの幕に施された「かがり」。
上の写真を見ていただくと分かるように、
幕踊り系でなくともシシたちには幕がある。
シシの顎から喉元にかけては 井桁つなぎの中に九曜紋。
(都鳥鹿踊さんは井桁は無く九曜紋のみ)
その幕はなぜか、
上半分と下半分の2枚の布を縫い合わせて作られている。
そして、目立たないよう紺色の糸で縫うこともできるのに
敢えて生地とは異なる色で様々な形でかがられている。
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これが気になるんよ、とゆうことで つぶやいたら
石関獅子躍さんのアカウントから
意味については「天地・要害・陰陽と団体により様々」
「1枚ではダメで必ず2枚でなければならないとあります」
と親切に教えていただけた。ありがたや。
人に圧倒されて会場で訊けないところが、
なんてゆうか 管理人のダメな所だ…(´・ω・`)

縫い方の名前とかもあれば気になるけども、
それ以上に その縫い方に意味や謂れがあるのか
それとも「境目を目立たせる」こと自体が目的なのか。
とにかく かがりについては気になる。
どこかに見に行ったら次こそは誰かに聞く…。
(漠然とした目標)

そして なんと司会からの突然の無茶ぶりで
各団体の「しらさぎ」の歌の聴き比べができた!
シシ踊りや獅子舞では 実は団体が違えど似た歌も多く、
この「しらさぎ」もその1つ。
しかし、歌詞は同じ(または似ている)でも節回しが全然違う!
突然のフリながら、各団体さん
ステキなしらさぎを聞かせていただきました(*´ω`*)

*継ぐ人を探して*

さて こんなに個性豊かで興味深いシシたちだが、
やはりやりたい人が自動的に集まってくるわけではなく
各団体の方は日夜色々な努力をしている。

若いころから習う団体であれば学校と協力し、
小学校に「芸能クラブ」があって教えに行ったり
見に来たいと思った子が すぐ繋がれるように
普段の練習を公開していたり。
江刺では、高校に「獅子躍部」があるのだそうだ。
そして、大学のサークルを受け入れている団体も。
そもそも、岩手の子の6割くらいが
小学校で何らかの芸能を習うのだそうだ。
(保育園や幼稚園でやっている所もある)

さすが岩手県いや、私も小学校で八木節やったかも…。
とにかく管理人は以前、みちのく芸能祭りで
「〇〇ちゃん、鬼剣舞観ようよ」という母親に対し
「やだ。虎舞が見たいの!」と言い返す子供を見て
見たい芸能がある幼稚園生すばらしい…。
と感心したのを覚えている(*´ω`*)

では、芸能に触れる機会が多くて
習える場所も色々あって安泰かというと。

さいころに全員に教えるからこそ
「ぼく、アレきらい」となってしまう子も居る。
そして、生活の一部でなく
習い事や育成会(子供会)の行事的に始めた場合
部活動が始まる年齢になるとそちらへ行ってしまう子も。
そして大学生は地元を離れて来ている人も多いので
卒業・就職と共に地元へ帰ってしまい抜けることも多々。

各団体、教えに行った中学・高校で
地元出身で 体力があって 頑張り屋な子etc…
をスカウト(?)してみたり、
とにかく小さな子に教える時は褒めまくって
まずは「楽しい!」と思ってもらえる対応をしたり、
お母さんたちに役割を与えて巻き込んだり、
また社会人向けにはホームページやツイッターをして
練習や公演の情報にアクセスしやすい工夫をしたり…。
「女性も可だよ」「地区外でもいいよ」
とハードルを下げても中々確保は大変な様子だった。


*姿を残す*

ところで伝統(民俗)芸能って
基本は人から人に伝えるモノとしてできている。
でも、伝承する人が急にいなくなってしまったら?
もしくは 引き継ぐ人が居なくなってしまったら?

それは、東日本大震災のような災害だけでなく
過疎・人口構成の変化・生活様式の変化
むしろ継承者が少ない場合は個人の病気や事故など
ほんの1つの原因でも起こりうることだったりする。

そうしたことへの対策は以前からあったかもしれないが、
震災以降 具体的にそれを考えたり実行し始めた団体は増えた。
という気がしている。
踊りや囃子を映像に残したり 楽譜に起こしたり。
そして今回、会場の端で静かに行われていたのが
「シシガシラのデータ化」の作業だった。
協力できるよ、という団体さんのカシラが
電子レンジのお皿のようなものに乗って1回転する間に
ピカピカ光るカメラのようなもので撮っているようだった。
(ハイテクに弱い人間が実況するとこうなる)

今回会場となった宮本卯之助商店さんは、
被災後の東北で カシラのみならず
芸能・祭用品の修復に尽力してくださったのだそうだ。
その時のことを、
「芸能は、やっている人にとっては生活の一部」
「家の中のなにもかもを正確には思い出せませんよね」
「写真なども流れてしまい修復は意外と記憶だより」
「話をもとに直したが、写真が見つかってみたら色が違って」
と話された。だからこそ客観的な保存が必要と。

そういえば以前、どれかの記事に(どれだかは忘れてしまった…)
話し手と聞き手が同時に存在しなくても成立する、
例えばブログとかって 伝承ならぬ「電承」かね。
というようなことを書いたのだが。
電子媒体への姿かたちの記録もまた「電承」の1つかもな。
と、ひとりで 撮影装置を眺めていた。
話し手が

そして、姿のモトとなる「作り方」。
コチラは、震災以降の取り組みか それ以前からあったか
訊くことができなかったのだが橋野鹿踊りさんのカシラ。
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会場から「着色前のものですか?」と質問があったが、
これは「見本」というか「手本」というか。
全てのパーツが針金で固定され、バラせるようになっている。
つまり、(師匠が居てもこれがあれば分かりやすいが)
万が一 教えられる人がいない状況でも
コレをバラして型を取れば同じものが作れるというワケだ。

人を介さない可能性がある継承
というのは切なさも感じるが、
その可能性と向き合っているからこその対策かもしれない。
「習うより慣れろだ」「見て盗め」じゃなく、
万が一のことがあっても作りたいと思った人が困らない方法。
「絶やしてはいけない」という気持ちだけでなく、
継いでくれる人にできるだけの備えを残そうという
優しさが垣間見える気がした。

*見に行くというコト*

今回のイベントもそうだが、
岩手の芸能は 比較的 地区外に出て
外向けの公演というモノが行われている印象がある。
県外でも知名度が高い芸能も結構あったりする。
なので、外から見ていると
「岩手は芸能の宝庫」「芸能に関心のある人が多い」
「震災後も各地で芸能が無事復活を遂げた」
というイメージを持たれがちな気がする。

確かにそれは事実でもあるのだけれど、
事実の一部だというコトは忘れないでいたいと思う。
たとえば、いかに関心を持っている住民が多くとも
地域自体の人口構成が限界を迎えつつあったり。
震災後、芸能の再開が復興の象徴のように報じられても
その後の後継者不足や避難生活の継続は知られず続いたり。
どうしても、住んでいる人以外には分からないことがある。

だからせめて「分かっていない」ことを忘れないで
地元の人と話したいし どんな地域なのかなというあたりも
気にしながら見ていたいと思う。
そうでないと、テレビやネットで見ただけで
分かりやすい物語に落とし込んで「分かった気」になりそうだ。

だって 一定のまとまりがある映像や番組を作るためには、
どうしても「話の流れ」が必要となる。
発信者は それなりに共感しやすく起伏のある筋を考える。
そうすることで、見る人も興味を惹かれる。
それは、発信にはある程度必要なことだから
悪いことだと言いきりたいわけじゃない。
3・11でも、番組やネット上の発信があったことで
東北以外の人も現地の状況や情報を知ることができた。

ただ 人の中に1度取り込まれたモノを貰うのは、
いわば親オオカミが捕えた毛むくじゃらの動物を
肉として噛み 子オオカミに与えるようなものだと思う。
受け取る側は納得しやすい筋を与えてもらうことで
消化が良いので簡単に呑み込めてしまうはずだ。
でも、そこで もし興味を惹かれたとしたら
消化しきれなくてもいい。 ひとかじりでもいい。
ナマの状態を食べてみてほしいと思っている。

管理人とて基本的に人に話しかけたりが下手で
何かを見に出たとて しっぽの先をかじっただけで
あるはずの肉には辿り着けないことも多い。
ので、偉そうなことは言えないのだけど。
やっぱり興味持ったものは特に「現地で」見たいと。
そして見てほしいなぁと。思ったりするわけですよ。

そうゆう時に、一堂に会する系の
(あんまりないけど)こうゆうトークイベントとか
地区や県ごとの民俗芸能大会とかを活用するというか。
そこで座りながらにしていろいろ見て
何とゆうか推しを見つけてもらえたらと思うわけで。
見た目でも、やってる人でも、エピソードでも
何かしら とっかかりがある団体をまず見に行ってみる。
そうすると、見に行くことへのハードルって下がってくる。
(…はず。ハードル見えてないので憶測で言ってます。スイマセン)
見に行く人が増えるだけでも
姿を残したり やりたい人が稀に現れたり
やってる人もモチベーション上がると言ってくれたり。
色んな良いことがあるみたいだ、と
今回のイベントで あらためて思ったのでした。

※イベント内で奉納の日程が聞き取れた団体さんだけ
 記事に日程を書かせていただきましたが…
 一応行く前に日程や雨天時の対応など調べてみてください。
 岩手シシたちはTwitterやHPなどが比較的得意なので
 日程書いてない団体さんも是非調べて逢いに行っていただければと!

藤岡、鮎川獅子舞。

ここ最近、芸能を見るとなると県外が多かったが
今回は地元群馬県藤岡市に来た。

群馬は獅子舞の宝庫ではあるのだが、
あくまで内々の行事、という色合いが濃いのか
日時は各団体に問い合わせないと分からない場合も多い。
日付はまだしも時間は本当に謎で、
(関係者の連絡先を知らない限りは)
・過去に行った時のことを参考に見当で行ってみるか
・PDF化された広報誌をネットの海から探すか
・役所に問い合わせて各団体に訊いてもらうか
という感じである。
(役所の担当課さんには大変お世話になっております…)

今回は、大まかな目星だけ付けて突撃しようとしていたら、
獅子追っかけの大先輩からオンラインで
「公会堂前で9:30~」と情報を戴くことができた。
おかげさまで30分ほど余裕を見て前橋駅を出発。
高崎で乗り換えたら まったり15分くらい八高線
そしてJR八高線群馬藤岡駅から徒歩1時間ほどで鮎川!

管理人が行く場所の中では比較的都会で、
駅から目的地・鮎川公会堂に着くまでの1時間で
なんとコンビニが4軒くらいある。

そんなこんなで、
猶予が30分あったハズだが着いたのは9:30ジャスト。
方向音痴具合だけは計算通りである。
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国旗が交差した状態で掲げられ
公会堂には梅花紋の入った幕が張られている。
皆さん「梅」といえば思い浮かぶ神社があると思うが、
この鮎川獅子舞が奉納される北野神社の紋である。

ジャストに着いたが、まだ獅子の姿が見えないので
立っていたオジサンに「こっから始まるんですよね?」
と聞いたりしていると 近所のお母さんが現れ
「あれ?孫!?」とオジサンに言う。
「違ぇよw」「いや、前橋から、好きで見に来たもんで」
オジサンと私は口々に言ったが、お母さんはさらに
「獅子舞好きなんて珍しいね。中学生?高校生かな」と。
最早アラサーとは言い出せない状況に陥り
「いやぁ、意外と若くないんですよ」と言うに留めた。

そうこうしていると獅子が姿を現し 花笠も登場!
山形とか東京(多摩)の獅子舞に登場する花笠は
女性だったり女装が多いイメージがあるのだが、
鮎川の花笠は 裃姿(同じ藤岡だと紋付き袴とかも居る)。
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一同が出揃ったが、獅子と一緒にいたおじいちゃんが
「おーい、誰だコレ!綿菓子邪魔だよ!」
と大声を出している。
どうやら綿菓子機を載せた軽トラが
これから舞う場所のド真ん中に停まっている様子。
「今どかす!」と走って行ったのは、
先ほど管理人が話しかけたオジサンだったとさ…。

さておき、公会堂前での「街道下り」を終えると
先ほどの国旗をくぐるようにして獅子舞連中は北野神社へ。
幟を先頭に 花木持ち、花笠が続く。
少し間をあけて囃子方、シシとカンカチが列になって進んでいく。
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以前は「道行(みちゆき)」として
公会堂から神社までの間も演奏や舞を行っていたが、
高齢化により終始舞い続けるのがしんどいため
現在は公会堂を出てから&神社の手前 各数十mのみらしい。
真ん中あたりでは皆各々に話をしながら歩いている。
担い手の高齢化は悲しいコトだが、
その間に地元の方とお話しすることができた。

それによると、
幟の後ろを歩いている花木持ちの「花木」は
今回は舞われない演目「花水」に使われるものだそうだ。
今日は公会堂と神社を往復するのみだが、
秋祭には地区の辻で「花水」や「幣がかり」を舞うらしい。
「ちょうどこの道から一本外れた普寛堂の前でもやるよ」
と言うオジサンの言葉に、
「不吹(ふかん)堂!?富山から来た風鎮めの文化が藤岡に?」
と一人で興奮したが、
列を外れて見に行ったら御嶽信仰のほうの普寛堂でしたわ。
残念ちゃん(´・ω・`)…”ふかん”違いやでぇ…。

携帯のストレージをケチって写真撮らなかったので
一応Googleマップ↓で再確認。やはり鳥居に「御嶽山」の文字。

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普寛さんという人は 秩父・三峰山などで修行を積み
木曽御嶽山を信仰対象とする御嶽信仰の祖となった行者さん。
※開祖はまた別の方なので「第2の祖」と言われることもあります
この藤岡にある御荷鉾(みかぼ)山よりさらに郊外の
上野村のあたりに「三笠山」という山があるのだが、
この三笠山は普寛さんが開いたと言われている。
この鮎川の地も訪れて布教してたのかもしれないなぁ。

列に戻ったところで、
春にはやらない「村回り」が話題に上ったのだが、
鮎川獅子舞は どうやら家々を回る「門付け」と言うより
T字路やY字路など「辻」「岐(くなと)」で舞うモノらしい。
秋は10月の第1日曜と聞いたので 是非観てみたい!
群馬の10月は獅子舞ラッシュだけど!

さて、そんな話をしていると あっと言う間に神社。
鳥居の手前から再び演奏が始まり、そのまま境内へ。
鳥居を入って正面の大きな建物が北野神社と思われる。
屋根瓦に梅の紋も入っているし。

が、一同は その建物を通り過ぎて脇にある小さな境内社へ。
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そのまま、小さな社の前で一庭舞う。
ちなみに獅子以外に 獅子と同じ装束の男子が1人。
そして可愛らしい桃太郎のような恰好をした子が1人。
どちらも銀の棒を打ち鳴し「カンカチ」と呼ばれる。
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後で聞いた話では、
本来は獅子と同じ装束を着たカンカチが2人居て
前獅子・後獅子と対になり全く同じ動きをするのだという。

管理人は今まで比較的
・そもそもカンカチが居ない
・獅子と違う派手な装束の幼いカンカチのみ
という獅子舞を見ることが多かったので
カンカチ=獅子とは別物の御稚児さん的なにか
という感じで見ていたが…。
今回の獅子の動きを「模倣する」役回りというのを見て
「カンカチの本番の中に獅子になる練習が組み込まれている」
というような不思議な感じがした。

そう言われてみれば板橋春夫先生が
「カンカチは獅子の予備軍」
というようなことを書いている本があったような…。

名称については様々な表記があるが、
子供らの鳴らす金属の棒の音が「カン、カチ」というので
この役回りや棒自体を「カンカチ」と呼ぶらしい。
そこまではなんとなく腑に落ちた気にもなるのだが、
カンカチという存在自体も結構謎で 群馬の中だけでも
カンカチを打ち鳴らす子供をカンカチと呼ぶこともあれば
天狗面を付けた役を冠勝(かんかち)と呼ぶ地域もあり、
かと思えば 天狗役とカンカチが別に存在する地域もある。

カンカチは、鳴らし方と言うか打ち方が
ササラで獅子を鼓舞する様子に似ているような気がした。
羽場日枝神社獅子舞などに登場する竹製のアレだ。

この「ササラ」が指す対象も幅広く
上記のように獅子を鼓舞する道化役が用いることもあれば
埼玉や山形を見てみると花笠がササラ(楽器)を持ったり。
はたまた、群馬・埼玉では獅子舞自体を「ささら」と呼んだり
東北ではシシが背中にササラ(依代)を付けていたりする。

しかし!
カンカチ・ササラ共にこれだけ多くの意味を持ち
使い方が似ている地域も多いながら、
多分だけど金属の棒をササラと呼ぶところは無い。
農楽(ノンアク)の楽器ように
金属-植物/皮みたいな
材質の違いが何か重要なんだろうかと考えたり。
※韓国の芸能・ノンアクやプンムルノリでは
 金属が天、皮や植物が地を表していると聞きかじったことがある

カンカチと獅子、天狗、金属の関係は気になる。
カンカチが登場する地域の獅子舞も
もっといろいろ見てみたいなぁ。

…そんな妄想をしている間に舞が一旦終わり、
一同は先ほど素通り(?)した大きい方の神社前に並ぶ。
神職さんが拝殿内から登場し、清めてもらっている様子。
ちなみに鮎川北野神社の神職さんは女性でした。
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それが終わると、再び小さな社の前へ戻り「剣の舞」。
少し舞ったところで、まず先獅子が社の前で四つん這いに。
そして、首と腕を横へ振り 上へ仰ぐ。
このポーズ、なんだかシャキーンとしててカッコイイ。
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その後、いったんカシラの紐を緩め(ているように見えた)
世話役さんみたいな人たちがカシラの口に短刀を咥えさせる。
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咥え終えてカシラを締めると、
再びグゥワッ!っとゆう感じでこのポーズ!
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後ろから見ても前から見てもカッコイイなー。
ちなみに、鮎川のシシも腰に御幣↓を付けている。
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なんかこのへんの動物的な動き、好きだなぁ。
遠吠えするみたいに真上を向いたり4本足で這うように動いたり。
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そして、先獅子に続いて後獅子も短刀を咥えると
2匹とカンカチたちは揃って舞い始める。
(この間、雌獅子は横にハケて太鼓を打っている)
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舞い終えると、一同は境内を出て公会堂へ。
2月に獅子舞というコトは モトは初午2/11だったのでは?
と思うわけだが、初午と言えば稲荷神の祭り。
だとしたらあの小さい社は稲荷社なんだろうか。

いつもなら明記してなくとも しつこく
「扁額は無いか」「神紋は?」「狐いるかな」
などと見ているのだが、
写真を撮っている人を邪魔するまいと思ったせいか
何だかわからないが詳細を確認し忘れるという失態。
だって人の写真に写り込んだら悪いなと思うじゃないか…
(小心者)

仕方がないので帰ってから県立図書館へ行き、
モトは「初午の日」に奉納だったのではないのか?
と調べていると石川博司さんの冊子にたどり着いた。
「獅子舞雑記帳」「私のまつり通信」などを読んでいると、
どうも当初は初午の日だったらしいのだが
「その時期では寒くて笛が吹けない」
という理由から日程が2月終盤へと変わったらしい。
「人が集まらないから休日に移動」だけじゃなく
寒さの問題があったのね…(´・ω・`)
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結局、何社なのか自分の目で確認することはできないまま、
獅子舞連中とともに公会堂へ戻る管理人。
その途中、獅子頭にまつわるエピソードが明らかに!

「漆を塗り直すとき髪も頼んだら元と違う感じになった」

…え?獅子頭って結構大事なモノだよね?
直すときって、なるべくモトと同じになるように直すんじゃ…。
公会堂に戻ってからも獅子の毛が気になって、
カシラを外そうとしているオニイサンに近づいてみる。
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頭の上にまくり上げてある茶色い布が
舞っているときは後頭部から背中まで垂れていて、
そこに獅子のタテガミになるように馬の毛が付いている。
オジサンの話によると
「後頭部の部分の毛(巻き毛)がモトの感じなんだけど」
とのこと。布の両脇から見えてるウェーブ毛のことね。
一方、獅子頭に直接植えてある毛は
中の人(?)の頭の両脇に垂れているヤツ。
…え…毛質まるっきり違いますやんΣ(・ω・ノ)ノ!
どれくらいって、マドンナと有村架純くらい違う。

いや、もう獅子的にはこんな気分だよね↓
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なんかこうね、勝手に
伝統芸能ってずっと姿が変わらないのかな」
「昔っからずーっとおんなし道具使ってるのかな」
みたいに思いがちなんだけども、
新調した時に結構変わっちゃう団体さんもあるらしい。
それは職人さんの考えとか団体の意向とか
いろんな理由があると思うのだけど。

だからこそ、
見たことあっても ちょくちょく見に行きたいし
ファインダー覗いてばかりは嫌だけど写真とかも大事だな
とか思ったりしたわけでして。

ちなみに、カシラの裏側(中身?)を見てみたら
頭にかぶるカゴ部分に 紐で作ったネットみたいなものが!
手ぬぐい巻いて 直接カゴ被るんじゃないんですな
痛さとか安定感が良くなるんだろうか?
逆にポヨンポヨンしたりしないのか?
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そんなことを考えながら写真を撮りまくっている間
皆さんはカシラを脱いで 水分補給。
これも以前は無かった風景なのだそうだが、
休憩ナシでは獅子たちの息が上がってしまうため
インターバルを入れることになったらしい。

一息入れた後は、公会堂前で「綱切り」。
花笠の持つ縄に引っかかったり
縄を挟んで前獅子・後獅子が闘うような場面があったり。
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管理人は以前から、
この「綱切り」という演目を不思議に思っている。
神楽で「綱切」って言ったら
大蛇に見立てた綱を真剣で斬って無病息災を願う演目か
全ての舞が終わった後の神送り的な演目だけれど、
この綱、大蛇ほど太くないし コレ最後の演目でもないし。

いや、分かる人に訊けば一発なんだと思うけれど…。

縄って結界的なモノの象徴なのかな と思う事は多くて、
各地の祇園祭とかでも巡行が始まる時に
先頭で稚児が綱を切って始まったりするワケで。
あとは、門付けとかでも獅子を先導する人が
家に張られた注連縄を切って 提灯を持って立つのが、
「次は、この家に門付けだよ」の合図だったりするし。

でも、獅子舞の綱切りは
カンカチや獅子が この綱の向こうとコッチを
結構行ったり来たりするワケですよ。
くぐったり、越えようとして引っかかったり。
それがすごく不思議でならなくて。
あれ?コレ別に結界的なモノじゃないんだな、と。

だからむしろ
紙垂とか付いてないし 単なる「綱」なのか?と考えたり。
例えば「ボンゼン掛かり」とか「かかす(カカシ)」的な、
偶然そこに在った人工物に興味を持って
おっかなびっくり近づいたり飛びのいたりを繰り返して
最終的には それを手に取ったり跳ね飛ばしたりする感じの。

「綱切り」でも 何度も同じような動きで近づいた後
太鼓のバチを振り下ろして…綱を切る! ↓
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次こそチャンスがあったら誰かに訊こう…。

そしてついに最後の「雌獅子隠し」。
中央に立った花笠2人の間に雌獅子が居て
2本のバチを水平に持っている状態で
雄獅子から「見えていない」コトを表しているようだ。
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他の団体や演目と比べて、
この雌獅子隠しは すごく歌が聞き取りやすいな
というのが一番の感想。

〽思いがけじの朝霧に 霧に雌獅子を隠されたの
〽霧に雌獅子を隠されて 心ならずも狂う獅子かの

いや、聞き取りやすいとか言っておいて
「狂う獅子かの」か「苦ししかな」か「苦しい鹿の」か謎…。
ともかく、急に霧で雌獅子を見失って動揺している場面だ。

その後、〽南無薬師 想いし妻に逢わせてたまわれ
薬師如来さんに「大好きなあの人に逢わせて」と願掛け。

〽薬師の御夢想 はや見え候 尾花隠れの見ゆる嬉しや
薬師様の御夢想(ごむそう=夢のお告げ)が早くも見えた!
ススキの蔭に居るって分かって嬉しいよ!
と、無事雌獅子に出会えた様子。よかったよかった。

雌獅子隠しが終わると、
お弁当などが届いて関係者の方は公会堂で昼食に入るようだった。
直会的な感じなんだろうか。
管理人はここでカシラの写真を撮らせて戴いたり
獅子追っかけの大先輩方の会話を聞いて
自分のヒヨっ子具合を実感したりしつつ、まったり。

獅子頭
前獅子が緑。毛は栗毛(茶)
中獅子が赤。毛は葦毛(白)
後獅子が黒。毛は青鹿毛(黒)
雄2匹は2本角、雌は宝珠を頭上に頂く。
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さらにこの後
「髪が多すぎて顔が見えないから近所の美容室の人が切った」
という獅子頭かみのけエピソードⅡを聞くこととなった。
もう、髪の毛が気になってしょうがなくなってきたよ…。

ちなみに、以前は高崎競馬から貰ったりしていたそうだが
現在はもう高崎競馬は運営していない。
ので、馬の尻尾の毛自体が入手困難になりつつあるとか。
確かに、ある程度の長さがないとだしなぁ。
昔はよく手に入ったモノも、
わざわざお金を払って誰かから買うようになる。
藁とかもそうかもしれないですな。

県内、いくつか乗馬クラブがあるので
そんなとことも協力体制的なの出来たらいいな。
なんて思いましたとさ。


*おまけ*
この後、鮎川の近くの平地神社へ行ったら
「ハンドメイドのために木の実を集めてるの」
というお母さんに遭遇。手元には杉の実や松ぼっくりが。
鎮守の森にそんな使い方があったとは…(;゚Д゚)
そんな感じで神社を年中回っている方でさえ
「え?今日獅子舞があったの?」
「ん?この神社でも獅子舞やることあるの?」
「群馬に獅子舞ってあったんだねぇ」
「えッ3匹もいるの?」という状況。
群馬には獅子の大群がいるんですよ!奥さん!

しかし、決して この方が特別なわけではない。
当ブログでも何人もの群馬の方々から
「群馬に獅子舞があったのか」「見たことなかった」
という旨のコメントを戴いてきたわけで。
こんなに"人も歩けば獅子に当たる"ような頻度で
県内各地で獅子舞やってるというのに…。

管理人などは、初めて東京で獅子舞を見た時、
「え、3匹じゃないし4本足なの」と驚いたというのに…。

「内々で」が本来の姿であって大事にしなきゃな姿なのかな
と思いつつも、もっといろんな人(特に群馬の人?)に
群馬の獅子たちを知って・見てほしいなー
…と思った日曜日でしたとさ。
(/・ω・)/

吉田神社と鬼やらい。

前回の記事では、
民俗芸能やシシ関連寺社巡りしましたけどね。
京都に来るのは去年の祇園祭以来なわけで、
だから もう管理人の中での気温差がすごいのなんの。
祇園祭では暑すぎて花傘鉾の巡行が一部中止になり
「中止なんて応仁の乱以来」と騒がれていたのに、
今回は 昼でも裏起毛ズボン履いて震えてる始末。

さて、そんな京の「底冷え」の洗礼を受けつつ
吉田神社の疫神祭&追儺式へ行ってきたよ(/・ω・)/!


まずコチラ↓が朝の様子。
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まだ祭としては稼働していない状態で、
屋台の設営している人や地元の方がチラホラ居るのみ。

なんか、屋根部分の内側が市松模様みたいでかわいい。

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前日 仏像巡りでテンション上がって寝つき悪かったけど(子供か)
節分前日祭&疫神祭はAM8時~ですからね!
頑張って起きたよ(/・ω・)/!

最高気温は春並みのハズとはいえ、
朝方は一度息を吐くと周りがモワモワになる寒さ!
何℃?何℃なのコレ?
手がかじかんで携帯で気温確認する気にもなれない。
と思いつつ本宮前へ急ぐ。

すると、恵方巻を持った おばぁが現れた!
「店で聞くの忘れたわ。今年どっち向いて食べるのか知らん?」
え、なんだろうこれ。これも洗礼?
「今年の恵方も知らん奴は吉田神社に踏み入る資格ないわ」
的な神の使い? いや、正解しないと何かが起こる妖怪だろうか?
失礼な妄想で頭がいっぱいになりつつ 検索することにした。
しかし、かじかんでいてなかなか打てない!
「悪いわぁ、そんなン調べてもろて」
こっちこそ遅くて申し訳ない…。
恵方も知らんですいません。で、夜は結構混みますか」
「あんた初めてなんか。1年生?えらい人やで?」
「あ。恵方、東北東です。結構早くから人出ますか」
「北北東?あんなん、鬼さん見たいんやったら2~3時間前やわ」
「いや、東北東ですよ。あー、そんななんですね…」
「助かったわ、東北東なぁ。私は足悪いし、よう行かんわアレは」
京大1年生ではないが、かじかみ検索は無事完了。
どさくさに紛れて聴き込みも終えたところで 参道を上がる。

この吉田神社というのは京都御所から見て丑寅の方角。
つまり、都の鬼門除けとして作られた神社である。
本殿に祀られているのは、
健御賀豆知命(たけみかづちのみこと)
伊波比主命(いはいぬしのみこと)
天之子八根命(あめのこやねのみこと)
そしてコヤネさんの奥さん=比売神(ひめがみ)。

漢字の表記は多少違うが、
みなさんご存知(?)のタケミカヅチである。
剣の力を神格化したともいわれる勝利と地震抑えの神。
生れ落ちる瞬間に母・イザナミの体を焼き
父・イザナギに切り捨てられた火の神・カグツチの、
ほとばしる血から生まれたカミサマだ。

次のイハイヌシは「神祇の祖神」つまり
カミサマを祀る仕事をしている方の御先祖様。

そしてアメノコヤネさんは、
天岩戸事件の時 戸が開いた瞬間に
鏡を差し出した神の一人とされている。

…あれ?この顔ぶれ、どこかで見たことないですか?
前回の記事も読んでくれた方は覚えていると嬉しいが、
実は(イワイヌシ以外)奈良・春日大社と同じなのである。
というのもココは、貞観元年(859年)藤原山蔭という人が
春日大社の神様をお招きして作った神社なのだ。

管理人はこの日 朝に吉田神社へ来て、
午前中にお世話になる団体さんと落ち合い、
奈良で鹿を堪能した後に春日大社に参拝し、
追儺式のために焦って吉田神社に戻ってきた。
よく考えたら、同じ神様の元を
奈良へ京都へ行ったり来たりしている管理人であった…。

拝殿に着いてみると、周囲を奉納品のテントに囲まれ
なんだか建物の輪郭がわからない状態になっている。
入口付近にある赤や黄色のかわいらしい袋は 聖護院の八ッ橋だ。
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酒とともに、餅も奉納されている。
鏡餅って正月に限らないんだなぁ。神饌が鏡餅なのか…」
と思っていたが よくよく考えると
旧暦では節分って大晦日だったと聞いたような気もする。
じゃあコレは一般的な意味での鏡餅か…と考えていると祭事が始まる。

本宮前に集まった神職さん&役員さんぽい人たち。
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やけに福豆の看板が目立っているが、
吉田神社の抽選券付き厄除福豆は景品が豪華と有名である。
食事券や家電はもちろん、なんと車まで当たっちゃうのだ!
2月の京都では吉田神社に限らず方々で福豆授与があり、
後で乗ったタクシーの運転手さんが
「京都は”豆屋”ゆう、もうそれだけ売る店があるんですわ」
と話していた。普段は豆菓子や調理用の豆を売っているとか。
管理人は例年 スーパーの節分コーナーとかで買ってるなぁ。
さすが京都は違うわ。まだ専門店が生きていける環境なんだなぁ。
とあらためて感心。

さておき、この方たちが列になって本宮のほうへ入っていく。
が、なんか おじぃちゃん達の足取りが危なかしい…(´・ω・`)
後ろの人が 前の人を支えながら入ってゆく。
(そして最後尾には前原さんらしき方が)
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中では祝詞が上がったり雅楽の音がするモノの、
何が行われているのかは殆ど見えない。
ので、今のうちに大元宮へ移動して場所取りをさせてもらう。

中での動きが全く同じかは ちょっとわからないのだが、
この「節分前日祭」は本宮と大元宮という2カ所で行われる。
ので、本宮よりは見通しの良い大元宮で場所取りをした方が
何をやっているか見えるのでは?と思ったわけですよ。

さて。
大元宮の鳥居横には漬物屋さんが陣を構え、
この寒さの中でもあたり一面漬物フレーバーとなっている。
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「待ってよ、そもそもさっきのが本殿で、大元宮って何なの」
そうですよね。なんのモトなんだよってね。
で、コレがまたトンデモスポットなのだけど
ここには宇宙の軸(中心)があって、
そこから生まれた神様を全員祀っています!
神様で満室の超大型マンションみたいな場所なんですわ。
(; ・`д・´)ナンダッテー!?

なので、ここにお参りすれば
全国の神社へ詣でたのと同じ効果があるとか。
神様へのお礼や祈願であればココ1軒でオールオッケー!
…まぁ管理人は 神社には大体神事か芸能見に行ってるから、
現地じゃないと意味なくて飛び回るんだけど…。
まぁ、アレですな。
地方に行った時にお世話になったカミサマに
お礼を言いたいときなんかに使えそうですな。
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この中門のすぐむこうに宇宙の軸を表す大元宮があり
中心に「虚無大元尊神」という始まりの神様と
そこから生まれた「天神地祇八百万神」を祀り、
神明社にアマテラスさん、西神明社にトヨウケさんを配す。
伊勢神宮で大事にされている2人の女神様ですね)
そして、その周りを囲むように「式内社3132社」がある。

この社殿がまた変わっていて、
八角形の建物の後ろに六角形の建物がくっついたような形だ。
そして、千木は手前が内削ぎ・奥が外削ぎ(普通は前後で同じ)。
鰹木に至っては手前は円柱が3本纏まったモノ。奥は四角柱。
管理人には難解過ぎて どこがどういう意味か分からないが、
神道と仏教の折衷、陰陽説・五行説などとの融和など
吉田神道が目指したものを物理的に表現した形なのだとか。
正月三箇日・節分祭期間中・毎月1日には
中門より先に入って中で参拝できるので是非!

さて、節分祭期間中は大元宮前に
この「厄塚」が設置されているので是非御参拝いただきたい。
参拝者の厄を請け負ってくれる、ありがたーい塚なのである。
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なんか祇園祭の山鉾に付いてる真木にも似ている。
カミサマは神籬(依代になる木)とかに降りてくるけど、
疫神とかもアンテナみたいなもんが好きなんだろうか。

そうこうするうちに、本宮で神事を終えた一行が到着。
中門をくぐって入って行った。
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中で大元宮のほうに向かって祝詞的なモノを唱えた後は、
先ほど通った中門付近に台と供物が置かれはじめ
全て並べ切るとコチラに向かって神事が始まる。
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これは疫神に「どっかいけ」ではなく
「荒ぶることなく山川の清い地に鎮まってね」というための神事。
後半、供えてあった米(塩か?)と御神酒が そのへんに撒かれる!
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前のほうの人は、かかった人もいるかもしれない…。
この後、大元宮の扉を開けて御簾を上げたりして
中の鏡とかも一瞬見えたりしていた。

そろそろ、集合時間も近づいてきたので京都駅に急ぐ。
この後の様子は前回の記事に書いたとおりだ。
そして「シシめぐりの割に春日大社がサラッとだったな」
と思った方も居るかと思うが、
恵方巻おばぁちゃんの忠告通り追儺式2時間前に着かねば
というコトで春日大社ではのんびりできなかったというワケだ。

吉田神社境内にも夕闇が迫り始め、
朝とは打って変わって人の波が押し寄せている。
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朝は まだスッカラカンだった「火炉」にも
明日の御焚上げを待つ御札やお守りが続々と集まってきた。
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群馬へ帰らねばならないので
明日2/3の火炉祭(PM11時~)は残念ながら観られないが、
直径5mほどの火炉が燃え盛る様子は壮観である。
ちなみに管理人が見たのは2017年だが、
環境への配慮という観点から中止されていた火炉祭が
3年ぶりに復活した年だったのを覚えている。

忠告通り2時間前くらいに到着してみたものの、
既に舞殿前は人でごった返している。
しかも、非常に規制がしっかりしていて
舞殿の周囲に群がって観るようなことが一切できない。
観覧場所として舞殿の正面がロープで四角く囲われており、
既に四角の中は山手線の超満員電車さながらの状況。
ロープの中には潜り込めそうだが、
150cmがココに紛れ込んだところで見られる気がしない。

山の上から鬼が下りてくるという情報を手に入れたので、
本宮前から上がって大元宮方面へ移動。
吉田神社は山の斜面に立っていて、
その山の中に摂末社が点在しているのだ。
上がれども上がれども 道の人がハケる気配は無く、
地元の方々が道脇の斜面に居るのでそこに紛れ込んでみた。
斜面なので、目の前に人がいて撮れないという恐れも無さそう。
( *´艸`)

開始時間が近づくと、
係の方が路にいる人を脇道へ流し始める。
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しかし、人が脇道から敷地外へ出ていくものの
湧き出るかの如く延々と人が流れるだけで道が空いてこない。
まだ鬼は通らなそうなのでポチポチと調べてみると、
なんとこの節分祭全体では約50万人の参拝者が来るらしい。

ややすると、提灯に先導され一行がやってきた。
提灯には「吉田神楽岡町」と書かれている。
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この神社がある山は「吉田山」と呼ばれているが、
またの名を「神楽岡」(神様たちが集う山)と言い
吉田神社創建前から信仰の対象になっていたのだという。
提灯に続いて法螺貝を持った山伏風の男性2人、
松明を持った子供たち(と、道に水を撒く消防隊員さん)、
検非違使の様な恰好をした男性2人、神職っぽい人たち、
そしてまた松明を持った子供たちが続く。

沿道の人混みから歓声や子供の悲鳴が聞こえ始め、
待ちに待った方相氏が登場!
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赤い顔に、金に光る4つの目。
左手に三叉矛・右手に黒い盾を持っている。

続いて、この世のすべての「怒り」の化身
赤鬼が雄叫びを上げながら登場。
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そして、この世のすべての「悲しみ」の化身
青鬼が唸り 金棒を振り回しながら登場。
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最後に、この世のすべての「苦しみ」の化身
黄鬼が登場し一行は舞殿へ向かってゆく。
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管理人はさらに斜面を登り、
地元の子供に混ざって木立の間から舞殿を見ていたが
どうにも遠すぎて載せられるような写真が撮れず。

流れとしては、
舞殿で神職さんたちが儀式を執行している所に
先ほどの一行が登場する。
暴れまわる鬼が方相氏に向かってくる度に
方相氏は盾で金棒を受け止めつつ
鬼のごとき雄叫びをあげながら矛で鬼を撃退。
鬼が数歩後退したところで、
方相氏が引き連れている侲子(しんし)という子供たちも
「オー!オー!」
と声をあげながら方相氏と共に鬼を追って数歩進む。
というのを舞殿の周りを一周するまで続ける。

最後に、舞殿にいた人たちが桃の弓で葦の矢を放ち
鬼たちはまた山へ退散していくという筋書きだ。

一連の流れを見ていただければ、
あの「一番強い鬼」みたいな方相氏が
鬼を追い払う立場の存在だと分かっていただけるかと思う。
この方相氏&侲子が厄を払うという行事は、
装束などに多少の違いはあるが中国から来た文化だそうだ。
中国では鬼というのは「姿の無い存在」とされているので
鬼が登場することになったのは日本に来てからのはず。

調べてみると、宮中行事の様子を描いたものの中に
平安時代前期頃まで「儺う側」だったはずの方相氏が
葦の矢を向けられる絵が残っているらしい。
ということは、そのタイミングで
見えない鬼を追い払っていた方相氏自身が
見える鬼として払われるようになって初めて、
鬼に「姿」ができたのかもしれない。

多分、そのあとで
「鬼門は丑寅だから牛の角に鬼のパンツね」
とゆう方角擬人化みたいなことが起きて
さっきの3色の鬼のようなイメージが一般的となった。

最近ではほとんどの行事で
豆を撒いて悪い鬼を追い払う形になっているが、
平安神宮の節分祭にも方相氏が登場する。
平安神宮の方相氏は 吉田神社よりヒーローっぽさがあって
白い面に4つの目を持った神様然とした姿である。

調べてみると、京都以外でも
何カ所か方相氏に逢える節分祭があるらしい!
是非、来年以降 方相氏に逢いに行って
祓う者から鬼へと姿を変えたヒーローに思いを馳せてみてほしい。
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鬼に姿ができ、恐れるモノの形を取らえたことで
人は それを撃退する方法を必死に編み出し
日本全国に鮮やかな行事が残ってきた。

京都の人はみんな、鬼「さん」と言っている
というのが今回 印象だったなぁ。

鬼さんは、恐ろしいモノでありながら
人が分からないものに対抗する手段でもあったわけ。
だからこそ、あんなに恐ろしい姿なのに
時に人に愛され 拝まれるのかもしれないですね(*'ω'*)

次は何県にお出かけかなー
と楽しみにしつつ、今回はこの辺で。