とまのす

ちいさくゆっくり、民俗さんぽ

高崎、獅子舞ハシゴ。

いや、ハシゴに乗る獅子舞の話じゃないので御注意。
愛知とか千葉のハシゴに乗った獅子のことが知りたいのに
間違ってここへ連れてこられちゃった方 申し訳ない。
(´・ω・`)
3月末、高崎市内で大八木・下小塙・三ツ寺の獅子を
ハシゴしましたよとゆう記事となっております!
1ヶ月も更新せず何してたんだと言われそうだけれど
季節の変わり目に対応するのにエネルギー使ってましてね…。
(白目)

*大八木獅子舞*

今年の高崎市大八木町の獅子舞は
3/24(日)の13時すぎからが本祭と教えていただいたが、
結果的には 他の地区と時間がかぶっていたため
3/23(土)の16時から行われた「宵祭」のみの見学となった。

大八木公民館で準備を終えた皆さんは、
一旦 隣接する妙音寺境内に並んでから諏訪神社へ出発。
途中、住宅街の中で一度舞う。
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辻だからかな。それともエライ人の家の前とかだろうか。
舞っているそばのお宅からは人が現れないので何とも分からない。
(町長さん宅で一庭摺ってから村回りに出たりする地域もある)
前獅子が黒いカシラに緑の布。
女獅子はカシラも布も赤。
後獅子がカシラは金で、布は紺。
※後獅子も、もちろん本番は装束を付けますよ!
3匹とも、顎の下にフリンジのような白いひげ(?)が。

そして、ちょっと珍しいかもと思ったのは女獅子。
女獅子は頭上に宝珠が乗っているだけでツノ無しだったり
ツノはあっても1本角という地域も多いのだが、
コチラの女獅子さんにはオスと同じく2本のツノが。
羽が結構ワサッとしているので、
雌雄ともにツノはあまり目立たないデザインではあるが…。

そして、この大八木獅子舞では
カンカチだけでなく大黒様が獅子を先導している。
そして、鳥甲をかぶった天狗さん(前から2番目)が
大八木では「カンカチ」と呼ばれている。
たしかに、カンカチと鳴らす金属の棒も持っている。
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しばらくすると、橋に差し掛かる。
ここで、囃子方と提灯が先に渡り、
棒使い、大黒、カンカチ、獅子は立ち止まる。
橋掛かりと言うと欄干のような小道具をセットして、
「渡ってよいのだろうか」「安全だろうか」と
伺ったり心配する獅子の様子を演じるという
何とゆうか芝居的な要素のある舞のことが多いが…
ココでは、この実際の橋の手前で少し待つというのが
それに似た意味合いがあるようだとのことだった。
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橋にはたくさんの幟が立っている(そして強風。寒い…)
その橋を渡るとすぐに大八木諏訪神社
鳥居は山王鳥居。祭期間中は大きな国旗が立つ。
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道中でも獅子が舞う前に棒術で場を清めるというコトだが、
コチラでも鳥居の前で一度棒術をしてから振込み(入場)。
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初めて見たので違和感みたいなものは無かったが
前に見た方のハナシだと、
棒術は鬼の面を付けた子供がやっていたらしい。
図書館へ行っていくつか資料を読んでみても、
たしかに 白シャグマを付けた赤・青の鬼が
棒術を演じて場を清めていると書かれている。

子供が足りないんだろうか。
もしくは、明日の本祭は子供がやる?
これはまた機をあらためてゆっくり見なくては
(/・ω・)/!

棒術のあと、大黒様が軍配を振りながら
「福は内、福は内、鬼は外」
と言うまでが一連の流れらしい。
それが終わると、獅子たちが境内へ「振込み」。
…いや、なんか余談なんだけれど
これから舞う場所に入っていくこと=振込み だけど。
普段獅子とか見ない人が記事を読んでくれた場合に
パッと「振込み」って見るとATM的な印象あるのでは?
諄く毎度毎度「振込みっていうのはね」と言うのも何なんだけど
当然のように説明せず振込みと書いていいモノか、とも思うわけです。

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まぁまぁ それは置いといて。
諏訪神社なので、神紋は「梶の葉」。
一行は境内に入ると、一列に並んだまま
拝殿の向かって左から時計回りに社殿の周りを1周。
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拝殿前には、四方に竹を立て縄を張った舞場が作ってある。
よく見ると、竹の少し外側には御幣束も立ててあった。
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シシの装束は3人一緒という所が多い気がするが、
何だか見ていると先獅子と中獅子のタッツケ袴が違う。
そして、それぞれの手甲と袴が同じ布地のようだ。
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度々笛とともに歌が聞こえては来る。
入羽の唄(舞い始める時の唄。場所によって変えるらしい)
とかも歌っているのだと思うのだが、
聞こえているのに聞き取れないという不思議な状況に。
歌が非常に聞き取りやすかったり
マイクの前で歌ってくれる地区もあるけれど…
笛方さんの真横に陣取って音録ったのに
ビデオを何度聞き返しても聞き取れない。
これは獅子唄リスニング能力を上げないと無理…。
(´・ω・`)頑張って訓練しよ。

今回は神社なので、
〽是の社殿を眺むれば…
と歌ってると思うのだが、見事に聞き取れない。
その後「天狗拍子」などが舞われ、最後は神様に御挨拶。
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獅子頭は この後、
社殿にお泊りして明日の本祭を迎えるのだそうだ。
本祭はまた次の機会にゆっくり見て、
今回は話もほとんど聞けなかったので それも次回に…
(;´・ω・)

*下小塙獅子舞*

明けて3/24(日)
この日は9:30ごろに下小塙天満宮に到着!
天気は良いが、昨日に続き非常に風が強い。
保育園の隣にあり、広大ではないが立派な鳥居の神社。
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鳥居の横には「石尊大権現」と、脇侍のように「小天狗・大天狗」。
大山(阿夫利山)の権現様なので、お山や雨に関する信仰と思われる。
それにしても大きいな…
境内の木も立派だが、それと比べてもけっこう高いぞ。
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鳥居をくぐって参道の左には、何やらもう一社。
紋が「山+丸に三つ引き」マークなので御嶽神社のようだ。
そして突き当りに、メインとなる北野神社。
拝殿内で役員さん達が祈祷式(かな?)を受けている間、
境内や公民館周辺をウロウロしながら待つ。
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公民館の前には、獅子たちを先導する天狗様役の方が
鉾を持ち、グルグルと高下駄で歩く練習をしていた。
一本歯を履く所もあるが、二本歯でもかなり不安定だそうだ。
おまけに、面を付けると足元は見えなくてかなり怖いとのこと。
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天狗様が本番前にケガしませんように…
と願いつつ、公民館周辺を散策。
庚申塔や女人講、二十二夜講、青麻大神などの石塔。
女人講の塔には、思惟相を取る仏さまが彫ってある。
半跏思惟(足を組んで考えている)の仏像と言えば、
何と言っても有名なのが弥勒菩薩
しかし、彼は大体 椅子に座って少し足を下ろしているし
塔の下に「女人講中」(女性で構成される講)とあるので、
これは弥勒さんでなく如意輪観音さんなのだろうと思う。
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如意輪観音さんは下の「二十二夜講」の担当とされることも多い。
〇〇夜講というのは月待ち信仰というやつの1つ。
特定の月齢の夜に集まって飲食を共にしつつ、
月が出るのを待ち 月を拝んだり経を上げたという。
そうすることで災厄を追い払おうという信仰だ。
全国的には二十三夜講の方がメジャーらしいのだが、
どうやら群馬県には二十二夜塔が多くみられる。
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その他、神社の一の鳥居の手前には双体道祖神コーナーも。
手前のモノは道祖神部分だけかなり新しそう。
1カ所にたくさん作るようなカミサマでもないはずなので、
地区の区画整理をしたり住宅が増えてきた時期に
辻に居た道祖神さんたちをココに移したんだろうか?
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そろそろ獅子たちの支度が始まったようなので、
散策を切り上げて公民館へ戻る。
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こうゆうのは社殿のほうでやるのかと思っていたけれど、
神主さんが例祭の安全な催行を願って祝詞を上げてくれている。
ちなみに神主さん、別の神社の神主さんも兼務しているそうで
この後は そちらの社で行う獅子舞の無事を願いに行くのだという話だった。
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なんとゆうか、中身は全員オジサンだって分かってても
女獅子が雄獅子の支度を整えてるのって微笑ましいよね。
カップル感が…あれ、管理人だけか?(´・ω・`)

ちなみに、顔にかかる布・手甲・タスキを見ると
3匹で違う色のトコロも多いがココは おそろい。
3匹とも布が赤。手甲は白。タスキは紅白。

一行は支度が整うと、
提灯を持った会長さん・御幣を持った区長さんを先頭に
万燈・花・幟・天狗・拍子木・棒使い・笛・カンカチ・獅子
の順で一の鳥居をくぐり神社へ向かう。
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境内に着くと、まずは獅子舞は待機。
地区内在住で この春に小学1年生になる子たちへ
北野神社の御札が授与されるのが先のようだ。
何と言っても道真さんは学問の神様だからね(*´ω`*)
なんかこうゆう、子供のライフイベントと神社とか
地区内の芸能とかがちゃんと連動している感じイイなぁ。

それが終わると、棒使い2人が登場し
これから舞う境内を清めるため棒術が行われる。
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そのあとは、天狗様のご祈祷。
ちゃんと写真撮れなかったのだけど、
この鉾が結構立派な感じの鉾だったのが印象的。
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そしてついに獅子が登場。
演目は「振込み」「すがやき」「花水」、
久々だという「三拍子」と最後に「庭切り」「道拍子」。
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カンカチというと子供が担当する地域も多いが、
ココは成人男性。背中に緑の鬼の面を付けている。
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「三拍子」では庭(円)になったシシと共にカンカチが
ピョン、ピョンと飛びながら 左右を向くような仕草をする。
現在はこのように↓カンカチ棒をたたきながら舞うが…
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近くにいたオジサンたちの話によると
昔は陽根型の棒を持って女獅子を追うように舞ったのだとか。
子孫繁栄を願ったり、盛り上げたり、
シシとシンクロした動きをしたりと忙しいカンカチ。
県内の数カ所を見ただけでも、その装束や役割は多様。
埼玉の獅子舞に登場する「ハイオイ(蠅追い)」や
岩手の幕系シシオドリで鹿の横にいる「種ふくべ」とかも
その系統なんだろうかと思ったりする。

そして、終了後は また隣の保育園で着替えるらしい。
皆さんが衣装を干したりしている間、カシラを見せてもらった。
前髪長めで、馬の尻尾を使った毛獅子。
その毛に隠れてわかりづらいのだけど鹿角だった。
(鹿の角を使ってるという意味じゃなく、二又に分かれているということ)
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ちなみに後獅子の中に居たのは園長先生。
獅子舞が終わってから、新一年生になる子たちの所へ行って
「園長先生がんばったぞ!」「天神さんの御札でアタマ良くなるぞー」
と楽しそうに話していた(∩´∀`)∩
なんか、子供たちが知ってる人がシシの中にいるっていいなぁ。
もちろんお父さんでもいいし、先生でもいいのだけどね。

*三ツ寺獅子舞*

色々お話も聴き、お赤飯も戴けたところで ぼちぼち移動。
同じ高崎市内の三ツ寺に向かう(/・ω・)/イクゾー!
獅子舞の始まる時間よりずいぶん早めについたので、
境内探索タイム開始。ここでも、かなり大きめの国旗が。
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拝殿横には「橋掛かり」用と思われる欄干セット。
神社の裏へ回ってみると、いくつかの末社や石仏たちがある。
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太陽と月描いてあるし、憤怒相だし青面金剛のハズ。
いや、でも腕4本だし、右手によく分からないもの持ってる。
弓でも三叉檄でもなくて何か…何それ(;゚Д゚)
良く見えないけど鎌じゃない?ホントに君、青面金剛なん?
でも他に「これじゃないか?」みたいな知識も無い…。

しかし、その隣を見ると、
さらに何だかわからない仏さまが。
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右手のは、弓かと思ったけれど
何コレ。タルワール的な?曲剣?
そして左手に持っているものも管理人には
鉦を打つ槌とかトンカチにしか見えない…。
服も、観音様とかとはちょっと違う気がするし。
そして、頭は冠か怒髪なんだろうけど
なんかドングリみたいで可愛くなってますが…
とりあえず馬頭観音ではなさそうだけれど
青面金剛っぽいかと言われるとそうでもない。
個人的にはツボだけれど結局正体不明。

…などと見ていると開始時間が迫ってきたので
そろそろ余裕を持って三ツ寺公民館へ。
三ツ寺公民館は元々お寺だったとかで、
敷地内には墓地やお地蔵さまなどがたくさん。
下小塙と同じく二十二夜講の如意輪観音ぽいものも。

そしてその奥には…お地蔵さんかと思っていたけれど、
手前の石造りの長香炉に「薬師如来」と書いてある。
坐像のようだし、素直に薬師如来坐像と思うことにする。
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右手は「やぁ」と言うように上げて施無畏印
薬師様なら左手は与願印の上に薬壷があったかもしれないが、
今回のはハッキリ見えない。削れてしまったのかな。
その右側には梵字が彫られた石。上に月と太陽がある。
ので、安直に庚申塔かな。青面金剛梵字なのかなぁ?
と考えていたのだが…
帰ってから調べるとコレはどうやら「ベイ」と読んで、
薬師如来だとか薬王菩薩を表す梵字らしい。
いずれにせよ人々の健康を守り病魔を退けてくれる仏さんだ。
左側は(頭が石になってるけど)着物を着ているようにも見える。
長香炉のフチに、つぶしたような形の御団子が供えてあった。

すぐ横の公民館の中では指導している方の声が響いている。
そして子供たちが立ち位置を確認したりしつつ直前練習。
その部屋にお邪魔し、獅子頭を見せていただいた(*'▽')
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まずコチラが先獅子。ツノは二又の鹿角。
幕は龍の図柄で、染め抜かれた鱗が少し見える。

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そして中獅子(女獅子)。ツノは無く、頭には宝珠。

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そしてこれが、後獅子。真っすぐなツノである。
そして、幕には雲が見えるが、ムカデの図柄だという。
群馬でムカデと言うと赤城山の神様を思い出すなぁ。
日光二荒山の蛇神様と争ったムカデの神様。
まぁ、でもここではカシラのそばにいたおじいちゃんが
「ムカデは武将にも人気のあった虫なんだよ」
「前にしか進めない、退路を断って前進あるのみだから」
と話してくれた。
そうかぁ、百足が赤城で龍が榛名とかじゃないのね。
一瞬で妄想過多になってしまうとこだったよ。

さて。カシラの中も覗かせていただいたが、
籠の中にネットのようなものがあり
周りもクッション性が結構ありそうだった。
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そして、何より「ん?被るとこ深いな」と思ったら
ココの獅子は幕を通してではなく
獅子の口から前を見ているのだというではないか。
管理人は実際かぶってみてはいないが、
目出し帽のように顔に密着した穴から見るのとはワケが違う。
しかも、他所の獅子と比べて口が大きく開いているでもない。
おそらく真正面が細く見えているくらいで、
少しでもカシラがズレたら ほとんど見えないだろう。
(帰ってからティッシュ箱でやってみたけどホントに見えない)

子供用↓も、軽いとはいえ同じ作りとなっている。
大人用獅子頭はオスの牙が上向き・雌の牙が下向き。
子供用のは先獅子だけが上向きに生えていた。偶然かな。
(先獅子と後獅子のツノの違いは子供用のほうが分かりやすい)
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カシラをゆっくり見終わったところで、いったん外へ。
午前中に下小塙で頂いた赤飯をパックからラップに移し
おにぎりを作る作業に勤しむ(/・ω・)/
※3パックくらい貰ったので非常にかさばった上に
 箸が無くてパックからは食べられなかったので…
おにぎりを握ること数分、一同が公民館から出てきた。
一度練習をしてから神社へ向かうようだ。
始まるのを待っていると、地元のおばあちゃんがやってきた。
「神社で待ってたけど全然こないもんだから…」と、
わざわざ公民館へ来たようだ。
「越してきて長いけど、見たことなかったの」
と。今年は何かキッカケがあったんだろうか。
地元の人がたくさん見に来ると、
きっとお諏訪さまも喜ぶよ。もちろん獅子たちも。
しかし おばあちゃん、自転車を押してやっと来たけど
リハ的に一庭やったら神社行っちゃうよ?大丈夫?
(;´・ω・)シンパイ…

定刻を過ぎると、
さっき指導していた方と若い子が 棒術をした後、
カシラを付け終えた年少組の獅子たちが舞う。
足を大きく開き、腰を落とす動作が印象的。
先頭は鬼の面をつけたカンカチ。
鮮やかな着物に鉢巻とゆう装束をよく見るのだが、
ココは なんとヒョウ柄である!
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鮮やかな橙色のフリルが付いている!
たまに神楽の装束とかでもフリルっぽいの付いてるけど、
日本語での名前が分からない。あの部分なんて言うんだ?
舞楽の毛縁裲襠(けべり-うちかけ)的だけど毛じゃないし。
そもそも、こういう形の装束何て呼ぶのかよく分からない…。

しかし、いつからヒョウ柄なのか気になりすぎて
神社への道すがら、地域のおじいちゃんたちに確認。
「昔からあの装束ですか?」
すると、数人から まさかの
「ん?私の時からアレでしたよ」
「鬼だからトラなんじゃない」
という回答が。え…?あれトラじゃなくない?
たしかにトラだったら納得できるんですが。
とはいえ地元の方が言うのだから昔からそうなのだろうけど…
いつからヒョウ柄なのかは気になる。

謎が謎のままになったところで、神社に到着。
鳥居からの振込の後、「岡崎」を見ながら
やっぱり結構どこの獅子でもやる演目なんだなぁ。
神楽でも囃子でも使う曲だもんなぁ。
などと思っていると「岡崎」についての説明が入った。
それによると
江戸時代(芸能は制限を受けたりしたので)
徳川家をヨイショする歌と共に舞うことで
獅子舞を行う許可を得ようとして
岡崎城主、岡崎城主、岡崎城主は良い城主」
とアノ旋律に乗せて歌ったのが始まりだとか。
(聴いたことがある人にしか分からなくて申し訳ない)
ちなみに、岡崎城と言うのは愛知にあって
徳川家康の生家ということになるので大事な場所だ。

以前、関東から見て岡崎市の1つ手前にある
蒲郡市の祭りに行ったことがあるのだけれど
ソコのお囃子に「岡崎女郎衆」というのがあった。
旋律は、関東の獅子舞で聞く「岡崎」と似ているので
獅子舞では「岡崎女郎衆」を通称「岡崎」と呼ぶのか。
と思っていただけに、今回初めて「城主」と聞いて驚いた。
もしかしたら愛知→江戸に伝わる過程で
聴き間違えで「城主」と伝わって、後付けで
さっき言っていたような説明がなされたのか?
もしくは殿様の地元ではない関東の民が
意図的に替え歌を作って広めたのだろうか。

あとは…
三河出身の人間がアウェイも治めるにあたり
将軍様は親しみやすいよ」
というサブリミナル効果的なのを狙って
幕府側が 祭で使われる曲に替え歌練り込んできたとか?
(一瞬じゃないからサブリミナルじゃないか…何て言うのこういうの)
お座敷で替え歌をしたら関東で本家より流行ったとか?
まぁ可能性は色々考えられますな。妄想だけど。

そんなことを考えていると、
子供を指導していた棒使いの方と
成人組のカンカチを務める方の「口上」が始まった。
午前中に見た下小塙でもやることがあるそうだが、
①見物する側のお偉いさん(なのかな)が
 獅子たちの姿をほめたり当地の繁栄を願う言葉を述べ
②対する獅子舞連側の人間が
 それに対して礼を述べ獅子舞を再開する
という流れで行う言葉の掛け合いを「口上」という。
一応、セリフは以下のような内容。
でも聞き間違えはあると思うので参考程度に…。

暫く、暫く。
暫くなどとお止めして不調法なる拙者めが
少しばかりか ホホ褒めましょう。
上毛三山、花尽くしにて褒めるなら
カンカチ様の出で立ちは 花で名高き牡丹花。
前獅子様の出で立ちは 赤城山では山桜。
中獅子様の出で立ちは 妙義山 紅葉に映える美しさ。
後獅子様の出で立ちは 榛名 夕菅 女郎花。
いずれ名勝限りなしと 先ずは御当地
三ツ寺 諏訪大明神と ホホ 褒めましょう。

これはこれは どこの御大家様か知らねども
本日めでたい春祭 是にてお褒めくださるとは 恐悦至極にて奉る
まずはアレへコレへとお招き申して粗茶煙草など差し上げるべきところ
見らるる通り 祭典も最中のことなれば右なることは取り合え申せず。
まずは不調法なる拙者めの――なる口上を以て御礼仕る。

これはこれは勢い盛んと狂う獅子を御留め申し
お叱りのことは(と)存ぜし所
却って返礼くださるとは 痛み入ったる御言葉
ササ、こんな戯れ者に構わねど
元のササラに取り掛かられましょう。

しからば言に従いまして元のササラに取り掛からせましょう

御所望、御所望

 ちなみに、褒め歌や入端の唄でも
獅子を狂う場所に合わせて内容も変わる場合が多いが
口上でも「まずはご当地 諏訪大明神」の部分は、
公演を行う場所ごとに言い換えたりする。

その後、「剣の舞」。
先獅子、後獅子が順に刀を咥えるが
その前後に這って膝を軸にグルグルと回る。
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…あれ?そういえば口から見てるんだったハズだけど、
コレってもしや 剣を咥えるとほぼ見えないのでは
Σ(・ω・ノ)ノ!
しかし、
他の獅子とぶつかったり足元が危うくなることも無く
見事なモノである。
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「俺の剣のほうがイイだろ」「いやいや、俺のだ」
と、互いの咥えている剣を見せつけ合う獅子たち。
子供獅子舞と言えど、恰好良いぞ(*´Д`)!

それに続き、大人の獅子舞は「橋掛かり」。
先ほど公民館で置いてあった獅子たちだ。
群馬の獅子舞は、獅子頭から垂れる幕orホカン(布)は
直立した状態で腰くらいまで、もしくは
もっと短く肩や 首まで隠れる程度の所が多いが…
この三ツ寺の獅子は 布が足首くらいまであって、
この見事な染め抜きが存分に活きている。
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この日はまた、非常に風が強かったので
三匹の幕が舞うたびに はためいて非常に美しい…。
(ノД`)・゜・。

次の舞が最後となるが、
その中で「唐絵の屏風」と「お暇申して」の唄があった。
※管理人が勝手にそう呼んでいるだけで正式名ではない
この歌詞は方々の獅子舞で登場するが、今回は
「京から下りの唐絵の屏風 ひとえにさらりと引き回せよ」
「雨が降りそで雲が立つ お暇申して踊り子はさらさら」
と聞こえた(いつも不確実で申し訳ない)
この歌がどうしたのかと言えば、
いくつもの獅子舞や 何ならほかの芸能でも
似たような歌詞をたまに聞けるので気になっている。

全国の祭で地方や唄掛かりの人たちが歌う歌、
民謡や童謡にでてくる言葉やフレーズは
ふと別々の地域でも共通していることがあったりする。
獅子舞でも その獅子の持つ唄は
どこの獅子から生まれ どこの獅子に育てられたのか
育った環境で 当時どんな歌が流行っていたのか
そういう記憶から生まれてたりするのかな。
管理人は、日常生活ですら言葉を聞き取るのが不得意なのだが
獅子に会ったらそのへんも気にかけて聴いて行きたいと思う。

今回いろいろ調べる中で三重県亀山市
公式に「IT市史」というのをやっていると知った。
誰でもネット上で見ることができるページで
口頭伝承などについての情報も載せている。
そこにジンヤクおどりの歌詞も紹介されているのだが、
その中にも「京から下りの」「京から降りたる」屏風を
ただ(たんだ)一重で「立ち並べた」「立つやともだち」
という歌詞があったりする。

ちなみに この三ツ寺の獅子は、起源は京と伝わるが
具体的には今回のハシゴで最初に見た 大八木から伝わり
中興の際には阿久津から教えを受けたとのことだった。

獅子舞終了後、カシラを外している皆さんのところへ。
子供用カシラの内側を見てみると、頭に直接触れる部分は
子供用の自転車用ヘルメットを改造して使ってあった。
そして、外側の獅子の顔は 大人用のモノの型を取り
そこに発泡スチロール?を流して作ったという!
↑作成した御本人が、素材名をド忘れしてしまい素材は不明。
疲れてるとこ、急に細かいこと聞いて申し訳なかった…。
しかし、どこの地区にも器用な方は居るものだ…と感心。
今回は獅子舞を見に来たわけだが、
神社本殿の彫刻も細かくてすごい。
こちらは、クシナダヒメを救うべく戦うスサノオ
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そして、二間に亘って掘られた「天岩戸開き」。
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岩戸をむんずと掴み除けるタヂカラオと、横にはサルタヒコ。
岩戸の中にいたアマテラスの手前には、
踊るアメノウズメ・太鼓・笛。たのしそうだなぁ。
これならアマテラスさんも覗き見したくなっちゃうね。

本殿の横には、社地かどうかわからないけれど
祠や石仏が並んでいるエリアがあった。
いろんな窓の形。方々から集められてココにあるんだろうか。
それとも、元々屋敷墓とか石塔が作られた場所なんだろうか。
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モトは、地域のそこかしこに当然のようにあったモノが
家がたくさん立つうちに除けられていく場合もあって。
獅子舞も、かつては地区の家々全てを回ったけれど
今は家は回らず神社でやるのみという所も多い。
どちらも、
まだ神社にはちゃんと残っているのだけど
人の暮らしからは遠のいてしまったことになる。
そう思うと少し寂しい。
もちろん、
町内の財政困難の末 カシラが売られてしまうこともあるし
資金不足で修繕できず 飾ることもできない状況の所もある。
そう考えたら
祭りの日にカシラを飾るだけで価値のあることだし、
門付け・村回りをやめて時間も短縮していたって何だって
獅子が生きている(飾られるだけでなく舞っている)のは
とんでもなくすごいことなんだよなぁと思っているのだけど。
その状況を続けていくためにも
なんとゆうか近くの人が
「毎年いたから、この獅子が居なくなったらなんか寂しいかも」
って思うくらいには、愛着を持ってくれたらうれしいなぁと思う。
今回は、いろんな場所に見に行ったせいか
初めて自分のトコロの獅子を見たという方に多く会ったので
なおさらそう思う管理人だったとさ。

*おまけ*

諏訪神社境内では獅子舞後も福引?が行われていたが、
一通り見た後は、お車に乗せていただき 藤岡へ。
いかに自転車小僧といえど高崎→藤岡チャリは辛いからね…
目的地は源性寺というお寺さんである。
(森獅子舞の記事の最後に少し書いたかもしれない)
こちらには周辺の獅子を盛り上げ指導にも力を入れた
飯塚國蔵(獅子國さん)の墓所があるらしいのだが、
前回、発見叶わず。
あとで電話確認し「ありますよ」との返答が得られたので
今回は獅子國さんのお墓参りにリベンジである。

他人様の墓所を撮影して載せるのもどうか、
という感じなので画像は大事にしまっておくとして…
一応、前回どうして見つからなかったかと言うと
最終的には墓石には戒名のみ記されていたが
生前のお名前で探してしまったというのが1つ。
そして、単独で立っているかと見ていたのだが
家のお墓の区画内に遠慮がちに立っていたのが1つ。
いやぁ、でも、ちゃんと在って安心した…(*'ω'*)

それを確認後は、同市内の伊勢島神社へ。
この日は何を見るでもなく神社めぐりとして訪れたが
去年2018年10月の上毛新聞で この神社に伝わる
砂原の獅子舞が復活した(する?)という記事があったそうだ。
敷地に入ってすぐに、大きな碑!
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中央は「御嶽山大神」と書かれており
左は「刀利天」、右は「大頭羅」という文字が見える。
御嶽山大神とは現在では
国常立尊大己貴命少彦名命の3柱とされるが
神仏分離令以前はどういった神様だったのかは分からない。
そして左右に控えるのは
三笠山の刀利天(とうりてん、刀利天狗とも)
八海山大神 大頭羅(だいずら)神王 と思われる。
いずれも御嶽信仰の中ではメジャーな神様らしい。
四天王の一人・持国天の異名が提頭頼吒(だいずらた)だが、
ハッキリと同じ神様なのか分からない。
御嶽に限らず、熊野にしても山岳の神様は
仏教・神道民間信仰ect…
いろんなレイヤーを重ねないと見えてこず、
勉強不足な管理人にはなかなか難しいものなわけで。
ひとまず今回はあまり深く考えないことにした。(オイ
また、周りには宝筐印塔のような物や巳待塔、道祖神なども。
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宝篋印塔については
偶然集会所に居らした町会長さんに訊くことができて、
歴史に造詣深かったという町会長さんのお父様の書いた
「郷土の歴史を訪ねる 金井友巳遺稿集」を読ませていただき
「土台部分に猿が彫られた宝筐印塔型の庚申塔
だということらしかった。たしかに、猿いた。
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管理人も、人と話すのが得意な方ではなく
現地で直接聞けたこと+頻繁に図書にも頼る。
地元の方が調べ 書き残してくれたことというのは
たとえ数ページの論文や原稿であろうとも
きめ細かく たくさんの発見があったりするわけで。

ん、急にどうしたんだ?と思うかもしれないが
この町会長さんのお父様と言う方は
管理人がよく県立図書館で読んでいる
「上州路」や「群馬歴史散歩」という雑誌にも
多数の原稿を寄せた方だったのである。
ちなみに、その会報を年4回発行しているという
「群馬歴史散歩の会」は現在も活動中で
今年も県外の会津天竜峡にまで足を延ばすようだ。
県内にいくつか支部があるとゆうことなので、
歴史・郷土好きの方には知ってほしい団体さんである。

アレ、何の話だったっけ(´・ω・`)
そう。まぁそんなこんなで会長さんが
御兄弟である獅子舞保存会会長さんを呼んでくださり
獅子舞のことはもちろん 歴史の話から
近くの御菊稲荷の雛人形の話から詳しく教えていただき、
「そういやココもお稲荷さんだって言ってたな」
「稲荷の神さんって何なの?なんでキツネ?」
みたいな質問がいきなり管理人へ飛んで来たり。
たしかに伊勢島神社について調べても、
何の神様がいるとは明記されていないのだが
拝殿前にはキツネ様がいるのだし
この昔の瓦であろうモノに宝珠が付いているし
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祀られているのは穀物神、
ウカノミタマかウケモチさんなのではと思う。
ちなみに現在の瓦は、葺き替えたら
宝珠の付いていないただの瓦になってしまったとか…。
ほぼ喋らない管理人がこんなにいろんな話で盛り上がれたのも、
ひとえに町会・獅子舞保存会の2人の会長さんと
集会所の中に声をかけてみてくださった
同行人さんのおかげ様ですわ(*´ω`*)

現在ここは立石新田(たついし-しんでん)ではあるが
地元の人はみんな この地域を「砂原」と言う。
「昔 川が荒れるたびに全て押し流されて砂っ原になったんだ」
という由来らしい。
地元の方が言うには 年中そうして無に帰しては
洪水で家を失った隣村の人などが移り住んだ地域で、
また街道も近く“流行り廃り”が激しいので
土地柄として地元への愛着が湧きづらいのでは。
という話も出た。

そんなこの土地に眠る獅子舞。
現在、少ない演目からでも 舞える人を増やし
カシラを整え 舞を奉納することを目指しているそうだ。
若いころ舞っているのを見ている会長さんの話では、
荒々しく狂うのでなく「どことなく柔らかい」獅子なんです。
という話だった。是非、復活の奉納見たいなぁ。楽しみだな。
そうゆうの見逃さないためにも
地元紙を ちゃんと読もう。と思った管理人だったとさ。

いやぁ、私の1日と同じく長くなりましたねぇ。
読んでいる皆さまお疲れ様でした…。
次回はハシゴはしないのでご安心ください(長さ的な意味で)
|д゚)イツモ アリガトウ