いやぁ、春めいてきましたね(*´ω`*)
最近金欠で、あまり遠出していない管理人だが
3/17は東京から群馬へ帰る道すがら
さいたま市桜区の「田島の獅子舞」を見てきた。
始まるのは16時なので、獅子で混む前に神社の拝殿を見て…
と思ったらすでに見物テントが満席!
実は、獅子舞が始まるまでは民踊や囃子のほか
地域の方のカラオケ大会的なものが行われているらしかった。
しかし、カラオケってこんな人気あるもんなんだなぁ。
活気があるのはいいことだ。
神社拝殿には数人のおじいちゃん達が出たり入ったり。
獅子の準備やカラオケの出番に追われているようだ。
よし、あの角に居るおじいちゃんに獅子のこと聞いてみよう!
「すいませーん」「すいませーん」
「あの…」「すいませーん…」
あかん!管理人の声が小さすぎて聞こえてない!
Σ(・ω・ノ)ノ!
声をかけたおじいちゃんは、
管理人の存在にすら気づかないまま拝殿の奥へ。
すると、その奥に居たおじいちゃんが気づいてくれた。
「獅子舞、どの辺から始まりますか?鳥居の向こうですか?」
拾われた捨て犬のような気分でワンワンと近づく。
すると「なに、こうゆうのが好きなの?どうぞ上がって」
と、ピカピカの獅子の前まで招いてくれた!
なんか…なんかニコニコしてる感じがする(*'ω'*)
狛犬のような顔の 眉毛がいかつい獅子ではなく、
鼻先は長くて 角はシュッと後ろに流れていて龍頭っぽい。
これ↓が大獅子。
いや、もう可愛くて つぶらな瞳にばかり目が行ってしまうが
角をよく見ていただきたい。何か文字が書いてある。
読んでみると「江戸本角兵衛」と書いてあるわけだが、
角兵衛って誰なんだ。
獅子で角兵衛といえば越後獅子か…?
たしかにコレも1人立ちだし 鞨鼓つけてはいるが
しかし、角兵衛獅子は新潟から来た大道芸。
ちょっと3匹獅子舞とは違うような気もするので
これは宿題にします(´・ω・`)
そしてこちらが女獅子・中獅子↓
(いやぁ、大獅子じゃない方の雄獅子のこと、
自分の地元では後獅子とか子獅子と言うのでなんか混乱する)
女獅子には角が無く、中獅子の角は洗濯板状(?)。
ツノ・白いおひげ・顔の周りの毛はオスにだけ生えている。
寛永年間に輪王寺宮(日光山輪王寺の住職さんになった皇族の方)が
田島の獅子舞を台覧され「菊の御門つけてイイよ」と許可したので、
3匹とも おでこには菊の御紋が!
獅子頭は修繕して綺麗にし直すと1つで50万くらい、とのこと。
頭に付いている羽は軍鶏のもの。
ホカン(顔にかかる布)は京都・西陣から買っているのだとか。
置かれていた酒瓶にもオリジナルラベルΣ(・ω・ノ)ノ!
ちなみに、腰に付ける太鼓が写っているが
何となく皮がピンと張っておらず
中央に行くほど微かに窪んでいるのが見えるだろうか。
しかも、調べ紐(両側の皮と皮を張っている紐)が
胴の部分に触れてるのって鞨鼓ではあまり無い気がする。
「形も歪んでるし、どことなく原始的なイメージだな」
…という感想を持った。
後で聞いた話によると(胴の部分については聞けなかったが)
昔のモノはもっと中心に向かって凹むように張られていて
パァンと響く高い音でなく
ボコボコと鈍く鳴るように張られているのだという。
拝殿の中には道具だけでなく装束も置いてあり、
「袴は昔のまま直していないので今の人には短いよ」
と話していた。たしかに小さめ。
ちなみに、茜色というか干し柿のような色だったが
この袴は郡山で染めているとの話だった。
拝殿の外には草鞋が置かれている。
一通り道具を見て、
拝殿の裏まで行ってみると小さな社があった。
中にはキツネがいっぱいいるし、
ふっくら油揚げが置かれている。稲荷社だ。
他にも鹿島社、天王社など何社か末社があるらしい。
末社はさておき、ココは「田島氷川社」という神社で
氷川社というコトはスサノヲノミコトを祀っている神社だ。
スサノヲが居る神社には色々な呼び名があって
「天王(八坂)」「須賀」などが有名だろうか。
スサノヲが牛頭天王と同一視されていたのは有名だし、
奥さんと初めてのマイホームを持った彼が
「すがすがし!」と気持ちを表現したという話から
清・須賀・素鵞という社名になったというのも分かる。
が、氷川とは一体…きよし?(´・ω・`)ジャナイダロ…
氷川とは、どうやら八岐大蛇のモデル(?)となっている
斐伊川(肥の川)のことではないかという説がある。
住民を苦しめる暴れ川・斐伊川を治めることで
流浪の身から地盤を持つ立場へ変化したスサノヲ。
彼をヒカワノカミというコトがあるのだそうだ。
そして異説として、現在氷川社・氷川神社と呼ばれる社は
もともとスサノヲでなく水神を祀っていたという話も。
その神が何らかの経緯でスサノヲ信仰と結びつき
いつしか氷川社の祭神はスサノヲとなったというものだ。
うん、確かに氷川社にスサノヲさんがいると知るまでは
荒川に集中してるから流域の神様なのかしらと思っていた。
さぁ、そんなことを考えているうちに間もなく16時。
二の鳥居の外側に一行が並び始める。
群馬では花笠=おじさん、山形では女装のおじさん
というイメージだが(雑なイメージだな…)
ココの花笠は未成年の女子と決まっているらしい。
巫女さんスタイルで可愛い感じだ。
「まだだ、まだ」
「4時のヤツが鳴ってからやるから」
と、おじいちゃんたちが口々に言っている。
なんでも 16時にスピーカーから夕方の音楽が流れるとかで
以前先走って獅子舞を始めたら舞っている最中に
時報の音楽が鳴り始めてしまったのだということだった。
提灯、花笠。それに続いて、
「お宝」「御幣」「弓」を持ったおじいちゃんたち。
さぁ、この「お宝」が何かといえば
先ほど見ていただいたカシラの古いツノだという。
「え?なんでツノ…?」
先ほどツノに「江戸本角兵衛」と書かれていたと思うが、
実は昔は その上に「天下一」という言葉が彫ってあったそうな。
輪王寺宮には菊の御門を賜ったシシたちだったが、
将軍様はこの「天下一」という言葉を許してくれず。
「いや、天下一はイカン。将軍の専売特許だぞ」
というコトで、この角を使えないようにと
刀で切られてしまったのだという(;゚Д゚)ヒエー
ただ、別に将軍家と仲が悪いとかではなく
三代将軍・家光が日光山輪王寺へ出かけるときに
その街道を清めるために奉納されたりしている。
二の鳥居をくぐった一行は橋を渡って境内へ。
さぁ、管理人も拝殿前へ移動して待機だ!
…しまった。近すぎた!Σ(・ω・ノ)ノ!
いやぁ、軍鶏の羽、美しいですね。
そして、なんか腰から紐が2本出ている。
何だろう。あんまり見たことない紐だ。
辿ってみると、この紐はホカンの角っこと結んであって
飛んだり跳ねたり廻ったりしても布が翻らないようになっている!
たしかに、結構長くて かなり薄い布なんだけれど
これがあることで一切ぶわぶわしない。
そして、腰紐とか鞨鼓釣りと結んであるのかと思いきや…
腰に刺した御幣に巻いてある(;゚Д゚)
でも、間違いなく固定したいだけなら
抜けちゃうかもしれない御幣より紐に付けるはずでは?
御幣と幕を縄でつなぐことで獅子の中に小さな結界を作る…
とかそんな意味があったりするのかなぁ。
舞の意味とか、装束の細かいことを訊いてみたのだけれど
実は氷川社本殿にしまってあった重要な道具や記録は
一度、火災によって失われている。しかも放火だという。
全く悪いヤツも居たものだ(;´・ω・)
なので、
ちょうど手入れだか練習で外に出ていたカシラたちと
一部の火災をまぬがれた道具のほかは資料が非常に少ない。
各演目の意味なども分かる方はあまり居ないという。
そんなわけで、謎は謎のまま…
演目については近隣の団体に残ってる伝承があれば
そちらを参考にして「この辺は同じだったのかな」とか
憶測するしかないのかもしれない。
舞は下記の11あるとのこと。
庭回り、女獅子・中獅子・大獅子の出端、ふっかけ、
獅子歌、ふんがえし、骨かえり、弓掛、オンベ掛、しまい
「庭回り」は地固め的なコトなんだろうか。
ホカンを上げ人の顔が見える状態で太鼓を打ちながら
3匹が列になって拝殿前をゆっくりと一周。
そのあとが各獅子の「出端」に移っただと思うのだが、
まずは女獅子から、中獅子・大獅子の順で
ホカンを下ろし拝殿前の御幣に向かって屈み、
バチを持った手を合わせる。
シシ舞やシシ踊りは、長い演目も多かったりして
見せる時は2,3の演目を選んで見せるというのが多いけれど
今回は短い時間ながら獅子の色んな動きを見ることができた。
猫っ手のような形で手を太鼓の上へ。
バチを持った反対の手は腰へ当てて中腰。
この手を交差する動き、鹿子踊りの二人狂いを思い出す。
(*´ω`*)初夏が過ぎたら、東北のシシたちにも会いに行きたいなぁ
そして、何みたいとも言えない節回しで
何かを唱えては腕を上へ…
ドカドカと太鼓を打ち鳴らしながら
観客へグワッと迫っていく場面では、
中獅子に迫られた子があまりの迫力に泣きだすと
舞っていた他の獅子のホカンの中から
「あっ、泣かせたw」とゆうつぶやきが…
( *´艸`)
泣いている子のお兄ちゃんは小さいながら心得たもので
「〇〇、怖くないよ。獅子が風邪追い払ってくれたよ」
と。イイお兄ちゃん!獅子舞の意味も知ってるなんて!
きっと君のお父さんお母さんが、
昔キミが泣いた時そう言って育ててくれたんだねぇ。
(*'ω'*)なんていい子なんだ!
そしてその小さいお兄ちゃんが妹に
「ゆみがかりやるよ!カッコイイから見よ?」と。
演目の名前も覚えているとは…
家族が団体の人なのか、相当好きなのか。
田島の獅子舞 一番の見せ場ともいう「弓掛かり」。
大獅子が弓の弦の間を飛び越える演目。
見事に飛び超えると、観客からは拍手が。
コレを向こうからこちらへ、こちらから向こうへ
往復して 手に持った御幣で あちらとこちらでフリフリ。
イヤぁ、しかしホントに、
ちょっと近くに場所取り過ぎたかなぁ(笑)
参道の向こう側にいるシシは写るけれど、
折角すぐそこにいるシシが あまりに近すぎて
全然全身が写真に入りきらない…まぁいいか。
ちなみに、獅子頭の金色の部分が
釜肌のように凸凹しているのが見えるだろうか。
(頭だけ写したやつのほうが見やすいかな…)
釜に施した柚子肌のような意匠のおかげで、
金色だがすべてがピッカピカなワケではなく
落ち着いた感じがあるとともに
その分、目がキラキラに見える!素晴らしい!
と思って後でおじいちゃんに訊いてみた。
「これはワザとですか」「昔のもこうでしたか」
するとまさかの
「ああ、コレね。直しに出したらこうなったんだよ」
出たよー!直したら勝手にそうなったパターン!
なんか ソレ群馬でもよくあるけど どうなん…?
ちなみに、さらに聞くと
どうやら昔はもっとカシラ全体が黒っぽかったとか。
絵巻物に残っている昔の祭礼の様子を見ると
獅子の顔は金というより黒に近いらしく、
例の「お宝」の箱に入っているツノも
今のツノに比べるとずいぶん黒っぽいという。
ちなみに「お宝は見ると目がつぶれる」と言い習わしがあるが
おじいちゃん周辺の人は何人か開けて見たらしい(オイ)
その頃は目だけがハッキリした金色だった…
なんてこともあるんだろうか。
全ての演目が終わった後は、
老若男女 獅子頭で頭の上をシャンシャンしてもらえる。
獅子に噛んでもらったり、神主さんに大幣でバサバサされる
というのと同じ効果があるらしい。
みんなしばらくは集まってコレをやってもらっている。
私も2回くらいバサバサとやってもらえた。
よし。これで今年は風邪をひかず祭を巡れるはず!
(/・ω・)/♪
バサバサついでにカシラの中を見せていただく。
籠の部分は非常にシンプルな感じの造りだが、
カシラ自体はきっと かなり重いのだろう。
あの顔が付いてるワケだし…ツノも立派だし。
ちなみに、昔は言ったモン勝ち的な所があって
毎回大体かぶる人が決まっていたので、
その人にジャストサイズとなるように作ってしまったとか。
なので、カシラによっても籠の大きさは結構違い
カシラを見せてくれたおじいちゃんは
「私は、なんか中獅子がちょうどいいんですよ」と。
ちなみにキツいのをかぶると、やはり痛いらしい。
動きも結構激しいので、顎もかなりきつく締めるとのこと。
久々にみた県外の獅子舞は
見たことない動きも多くて楽しかったー(*´ω`*)
現在は人のほかは花笠とシシが登場しているが、
実は 火災の時に運び出した道具の中に
猿田彦神の「一本歯のゲタ」があったのだという。
絵巻物を見ても天狗面を付けた人物が
獅子舞を先導しているような様子が描かれているらしい。
なので、おじいちゃんの話では今その
猿田彦を復活させようという計画があるのだそうだ。
面を作るにもお金はかかるし、衣装もそろえなきゃだ。
猿田彦なら、鉾も持っていたんだろうか。
まだ時間はかかるかもしれないけれど
もしかしたら数年後見に来た時に猿田彦が居たら嬉しいな。
あんなに小さい子からお年寄りまでみんなに囲まれて
火災で意味の伝承が失われてしまっても
シシは皆に愛されてるんだなぁと感じる春祭りだったとさ。
(*'ω'*)
*追記*
獅子の前幕を「ホカン」と呼ぶのは、
どうやら私の地元・群馬あたりに多い呼び方らしい。
と、読んでいる方から教えていただきました!
田島獅子舞さんが何と呼んでいるかってトコ、
そういえば確認していなかったぁあああΣ(・ω・ノ)ノ!
「ナチュラルにホカンゆうてるけど何やねんソレ」
と思った方々、誠に申し訳ありませんでした…。