とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

吉田神社と鬼やらい。

前回の記事では、
民俗芸能やシシ関連寺社巡りしましたけどね。
京都に来るのは去年の祇園祭以来なわけで、
だから もう管理人の中での気温差がすごいのなんの。
祇園祭では暑すぎて花傘鉾の巡行が一部中止になり
「中止なんて応仁の乱以来」と騒がれていたのに、
今回は 昼でも裏起毛ズボン履いて震えてる始末。

さて、そんな京の「底冷え」の洗礼を受けつつ
吉田神社の疫神祭&追儺式へ行ってきたよ(/・ω・)/!


まずコチラ↓が朝の様子。
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まだ祭としては稼働していない状態で、
屋台の設営している人や地元の方がチラホラ居るのみ。

なんか、屋根部分の内側が市松模様みたいでかわいい。

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前日 仏像巡りでテンション上がって寝つき悪かったけど(子供か)
節分前日祭&疫神祭はAM8時~ですからね!
頑張って起きたよ(/・ω・)/!

最高気温は春並みのハズとはいえ、
朝方は一度息を吐くと周りがモワモワになる寒さ!
何℃?何℃なのコレ?
手がかじかんで携帯で気温確認する気にもなれない。
と思いつつ本宮前へ急ぐ。

すると、恵方巻を持った おばぁが現れた!
「店で聞くの忘れたわ。今年どっち向いて食べるのか知らん?」
え、なんだろうこれ。これも洗礼?
「今年の恵方も知らん奴は吉田神社に踏み入る資格ないわ」
的な神の使い? いや、正解しないと何かが起こる妖怪だろうか?
失礼な妄想で頭がいっぱいになりつつ 検索することにした。
しかし、かじかんでいてなかなか打てない!
「悪いわぁ、そんなン調べてもろて」
こっちこそ遅くて申し訳ない…。
恵方も知らんですいません。で、夜は結構混みますか」
「あんた初めてなんか。1年生?えらい人やで?」
「あ。恵方、東北東です。結構早くから人出ますか」
「北北東?あんなん、鬼さん見たいんやったら2~3時間前やわ」
「いや、東北東ですよ。あー、そんななんですね…」
「助かったわ、東北東なぁ。私は足悪いし、よう行かんわアレは」
京大1年生ではないが、かじかみ検索は無事完了。
どさくさに紛れて聴き込みも終えたところで 参道を上がる。

この吉田神社というのは京都御所から見て丑寅の方角。
つまり、都の鬼門除けとして作られた神社である。
本殿に祀られているのは、
健御賀豆知命(たけみかづちのみこと)
伊波比主命(いはいぬしのみこと)
天之子八根命(あめのこやねのみこと)
そしてコヤネさんの奥さん=比売神(ひめがみ)。

漢字の表記は多少違うが、
みなさんご存知(?)のタケミカヅチである。
剣の力を神格化したともいわれる勝利と地震抑えの神。
生れ落ちる瞬間に母・イザナミの体を焼き
父・イザナギに切り捨てられた火の神・カグツチの、
ほとばしる血から生まれたカミサマだ。

次のイハイヌシは「神祇の祖神」つまり
カミサマを祀る仕事をしている方の御先祖様。

そしてアメノコヤネさんは、
天岩戸事件の時 戸が開いた瞬間に
鏡を差し出した神の一人とされている。

…あれ?この顔ぶれ、どこかで見たことないですか?
前回の記事も読んでくれた方は覚えていると嬉しいが、
実は(イワイヌシ以外)奈良・春日大社と同じなのである。
というのもココは、貞観元年(859年)藤原山蔭という人が
春日大社の神様をお招きして作った神社なのだ。

管理人はこの日 朝に吉田神社へ来て、
午前中にお世話になる団体さんと落ち合い、
奈良で鹿を堪能した後に春日大社に参拝し、
追儺式のために焦って吉田神社に戻ってきた。
よく考えたら、同じ神様の元を
奈良へ京都へ行ったり来たりしている管理人であった…。

拝殿に着いてみると、周囲を奉納品のテントに囲まれ
なんだか建物の輪郭がわからない状態になっている。
入口付近にある赤や黄色のかわいらしい袋は 聖護院の八ッ橋だ。
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酒とともに、餅も奉納されている。
鏡餅って正月に限らないんだなぁ。神饌が鏡餅なのか…」
と思っていたが よくよく考えると
旧暦では節分って大晦日だったと聞いたような気もする。
じゃあコレは一般的な意味での鏡餅か…と考えていると祭事が始まる。

本宮前に集まった神職さん&役員さんぽい人たち。
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やけに福豆の看板が目立っているが、
吉田神社の抽選券付き厄除福豆は景品が豪華と有名である。
食事券や家電はもちろん、なんと車まで当たっちゃうのだ!
2月の京都では吉田神社に限らず方々で福豆授与があり、
後で乗ったタクシーの運転手さんが
「京都は”豆屋”ゆう、もうそれだけ売る店があるんですわ」
と話していた。普段は豆菓子や調理用の豆を売っているとか。
管理人は例年 スーパーの節分コーナーとかで買ってるなぁ。
さすが京都は違うわ。まだ専門店が生きていける環境なんだなぁ。
とあらためて感心。

さておき、この方たちが列になって本宮のほうへ入っていく。
が、なんか おじぃちゃん達の足取りが危なかしい…(´・ω・`)
後ろの人が 前の人を支えながら入ってゆく。
(そして最後尾には前原さんらしき方が)
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中では祝詞が上がったり雅楽の音がするモノの、
何が行われているのかは殆ど見えない。
ので、今のうちに大元宮へ移動して場所取りをさせてもらう。

中での動きが全く同じかは ちょっとわからないのだが、
この「節分前日祭」は本宮と大元宮という2カ所で行われる。
ので、本宮よりは見通しの良い大元宮で場所取りをした方が
何をやっているか見えるのでは?と思ったわけですよ。

さて。
大元宮の鳥居横には漬物屋さんが陣を構え、
この寒さの中でもあたり一面漬物フレーバーとなっている。
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「待ってよ、そもそもさっきのが本殿で、大元宮って何なの」
そうですよね。なんのモトなんだよってね。
で、コレがまたトンデモスポットなのだけど
ここには宇宙の軸(中心)があって、
そこから生まれた神様を全員祀っています!
神様で満室の超大型マンションみたいな場所なんですわ。
(; ・`д・´)ナンダッテー!?

なので、ここにお参りすれば
全国の神社へ詣でたのと同じ効果があるとか。
神様へのお礼や祈願であればココ1軒でオールオッケー!
…まぁ管理人は 神社には大体神事か芸能見に行ってるから、
現地じゃないと意味なくて飛び回るんだけど…。
まぁ、アレですな。
地方に行った時にお世話になったカミサマに
お礼を言いたいときなんかに使えそうですな。
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この中門のすぐむこうに宇宙の軸を表す大元宮があり
中心に「虚無大元尊神」という始まりの神様と
そこから生まれた「天神地祇八百万神」を祀り、
神明社にアマテラスさん、西神明社にトヨウケさんを配す。
伊勢神宮で大事にされている2人の女神様ですね)
そして、その周りを囲むように「式内社3132社」がある。

この社殿がまた変わっていて、
八角形の建物の後ろに六角形の建物がくっついたような形だ。
そして、千木は手前が内削ぎ・奥が外削ぎ(普通は前後で同じ)。
鰹木に至っては手前は円柱が3本纏まったモノ。奥は四角柱。
管理人には難解過ぎて どこがどういう意味か分からないが、
神道と仏教の折衷、陰陽説・五行説などとの融和など
吉田神道が目指したものを物理的に表現した形なのだとか。
正月三箇日・節分祭期間中・毎月1日には
中門より先に入って中で参拝できるので是非!

さて、節分祭期間中は大元宮前に
この「厄塚」が設置されているので是非御参拝いただきたい。
参拝者の厄を請け負ってくれる、ありがたーい塚なのである。
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なんか祇園祭の山鉾に付いてる真木にも似ている。
カミサマは神籬(依代になる木)とかに降りてくるけど、
疫神とかもアンテナみたいなもんが好きなんだろうか。

そうこうするうちに、本宮で神事を終えた一行が到着。
中門をくぐって入って行った。
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中で大元宮のほうに向かって祝詞的なモノを唱えた後は、
先ほど通った中門付近に台と供物が置かれはじめ
全て並べ切るとコチラに向かって神事が始まる。
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これは疫神に「どっかいけ」ではなく
「荒ぶることなく山川の清い地に鎮まってね」というための神事。
後半、供えてあった米(塩か?)と御神酒が そのへんに撒かれる!
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前のほうの人は、かかった人もいるかもしれない…。
この後、大元宮の扉を開けて御簾を上げたりして
中の鏡とかも一瞬見えたりしていた。

そろそろ、集合時間も近づいてきたので京都駅に急ぐ。
この後の様子は前回の記事に書いたとおりだ。
そして「シシめぐりの割に春日大社がサラッとだったな」
と思った方も居るかと思うが、
恵方巻おばぁちゃんの忠告通り追儺式2時間前に着かねば
というコトで春日大社ではのんびりできなかったというワケだ。

吉田神社境内にも夕闇が迫り始め、
朝とは打って変わって人の波が押し寄せている。
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朝は まだスッカラカンだった「火炉」にも
明日の御焚上げを待つ御札やお守りが続々と集まってきた。
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群馬へ帰らねばならないので
明日2/3の火炉祭(PM11時~)は残念ながら観られないが、
直径5mほどの火炉が燃え盛る様子は壮観である。
ちなみに管理人が見たのは2017年だが、
環境への配慮という観点から中止されていた火炉祭が
3年ぶりに復活した年だったのを覚えている。

忠告通り2時間前くらいに到着してみたものの、
既に舞殿前は人でごった返している。
しかも、非常に規制がしっかりしていて
舞殿の周囲に群がって観るようなことが一切できない。
観覧場所として舞殿の正面がロープで四角く囲われており、
既に四角の中は山手線の超満員電車さながらの状況。
ロープの中には潜り込めそうだが、
150cmがココに紛れ込んだところで見られる気がしない。

山の上から鬼が下りてくるという情報を手に入れたので、
本宮前から上がって大元宮方面へ移動。
吉田神社は山の斜面に立っていて、
その山の中に摂末社が点在しているのだ。
上がれども上がれども 道の人がハケる気配は無く、
地元の方々が道脇の斜面に居るのでそこに紛れ込んでみた。
斜面なので、目の前に人がいて撮れないという恐れも無さそう。
( *´艸`)

開始時間が近づくと、
係の方が路にいる人を脇道へ流し始める。
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しかし、人が脇道から敷地外へ出ていくものの
湧き出るかの如く延々と人が流れるだけで道が空いてこない。
まだ鬼は通らなそうなのでポチポチと調べてみると、
なんとこの節分祭全体では約50万人の参拝者が来るらしい。

ややすると、提灯に先導され一行がやってきた。
提灯には「吉田神楽岡町」と書かれている。
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この神社がある山は「吉田山」と呼ばれているが、
またの名を「神楽岡」(神様たちが集う山)と言い
吉田神社創建前から信仰の対象になっていたのだという。
提灯に続いて法螺貝を持った山伏風の男性2人、
松明を持った子供たち(と、道に水を撒く消防隊員さん)、
検非違使の様な恰好をした男性2人、神職っぽい人たち、
そしてまた松明を持った子供たちが続く。

沿道の人混みから歓声や子供の悲鳴が聞こえ始め、
待ちに待った方相氏が登場!
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赤い顔に、金に光る4つの目。
左手に三叉矛・右手に黒い盾を持っている。

続いて、この世のすべての「怒り」の化身
赤鬼が雄叫びを上げながら登場。
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そして、この世のすべての「悲しみ」の化身
青鬼が唸り 金棒を振り回しながら登場。
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最後に、この世のすべての「苦しみ」の化身
黄鬼が登場し一行は舞殿へ向かってゆく。
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管理人はさらに斜面を登り、
地元の子供に混ざって木立の間から舞殿を見ていたが
どうにも遠すぎて載せられるような写真が撮れず。

流れとしては、
舞殿で神職さんたちが儀式を執行している所に
先ほどの一行が登場する。
暴れまわる鬼が方相氏に向かってくる度に
方相氏は盾で金棒を受け止めつつ
鬼のごとき雄叫びをあげながら矛で鬼を撃退。
鬼が数歩後退したところで、
方相氏が引き連れている侲子(しんし)という子供たちも
「オー!オー!」
と声をあげながら方相氏と共に鬼を追って数歩進む。
というのを舞殿の周りを一周するまで続ける。

最後に、舞殿にいた人たちが桃の弓で葦の矢を放ち
鬼たちはまた山へ退散していくという筋書きだ。

一連の流れを見ていただければ、
あの「一番強い鬼」みたいな方相氏が
鬼を追い払う立場の存在だと分かっていただけるかと思う。
この方相氏&侲子が厄を払うという行事は、
装束などに多少の違いはあるが中国から来た文化だそうだ。
中国では鬼というのは「姿の無い存在」とされているので
鬼が登場することになったのは日本に来てからのはず。

調べてみると、宮中行事の様子を描いたものの中に
平安時代前期頃まで「儺う側」だったはずの方相氏が
葦の矢を向けられる絵が残っているらしい。
ということは、そのタイミングで
見えない鬼を追い払っていた方相氏自身が
見える鬼として払われるようになって初めて、
鬼に「姿」ができたのかもしれない。

多分、そのあとで
「鬼門は丑寅だから牛の角に鬼のパンツね」
とゆう方角擬人化みたいなことが起きて
さっきの3色の鬼のようなイメージが一般的となった。

最近ではほとんどの行事で
豆を撒いて悪い鬼を追い払う形になっているが、
平安神宮の節分祭にも方相氏が登場する。
平安神宮の方相氏は 吉田神社よりヒーローっぽさがあって
白い面に4つの目を持った神様然とした姿である。

調べてみると、京都以外でも
何カ所か方相氏に逢える節分祭があるらしい!
是非、来年以降 方相氏に逢いに行って
祓う者から鬼へと姿を変えたヒーローに思いを馳せてみてほしい。
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鬼に姿ができ、恐れるモノの形を取らえたことで
人は それを撃退する方法を必死に編み出し
日本全国に鮮やかな行事が残ってきた。

京都の人はみんな、鬼「さん」と言っている
というのが今回 印象だったなぁ。

鬼さんは、恐ろしいモノでありながら
人が分からないものに対抗する手段でもあったわけ。
だからこそ、あんなに恐ろしい姿なのに
時に人に愛され 拝まれるのかもしれないですね(*'ω'*)

次は何県にお出かけかなー
と楽しみにしつつ、今回はこの辺で。