とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

御嶽神社と、都心のオオカミ。

さて、今回カワイイ電車に乗って目指すのは
東京都大田区・嶺町にある御嶽神社
まぁ目指すと言って
五反田から東急池上線で15分程度で最寄り駅。
その御嶽山駅からは徒歩数分。
かなり気軽に行ける神社である。

…と余裕をこいていたら五反田で階段から落ち
あわやヒザの皿が割れるかという事態に(´・ω・)
※大きな青アザだけで済んだ
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この日はハロウィン前の土曜だったため、
日中から そこかしこに仮装している人が溢れていた。
そしてまさかの…
神社前でも町内会だか商店街の仮装コンテストが!
人を入れずに鳥居撮ること能わず(´・ω・`)
ちょっとボカシ入れてみました。
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御嶽(おんたけ)神社は名前からも分かるように
木曽にある御嶽山への信仰から生まれた神社。
大きな被害を出した御嶽山の噴火は記憶に新しいが、
あらためて調べてみたら2014年のことだった。
もう4年前だなんて、時の経つのは何と速いことよ…(´・ω・)

手水鉢には今年の登山を記念した布が掛けてある。
講中の方が納めたものだろうか。
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富士山信仰に励む富士講などでは、同じく上部に山を掲げ
下には講ごとに円で囲んだ漢字を配置しているものが多い。
例えば、参を〇で囲んだのが「丸参講」嘉なら「丸嘉講」。
一方の御岳山信仰で用いられるのは、この↑山と円のマーク。
本殿横の戸にも飾ってあった↓山が謎の形になってるけど…
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これは通称「山丸三」「山に丸三」などと呼ばれ、
御嶽山に関わる神社の神紋として使われるほか
御嶽山で採った薬草を原料とする百草丸のロゴにも。
あれ…もしや今時の若者は「百草丸」知らないのか?
黒い小粒の、おなかのお薬ですよー(*'ω'*)!

余談だが、
山が付いていないバージョンは「丸に三つ引き」といって
武家であった家系に多い家紋とされる。

“円は宇宙、三本線の真ん中は大日如来
上下の線は その分身である不動明王と摩利支天を表す”
と日野製薬さんのブログに書いてあった。
略式の曼荼羅みたいなものだろうか(違うかな)

手水鉢を後にして境内に向かうと、
駅近&住宅地の割に敷地は広い。
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賽銭箱もかなり立派なものだった。
地域や講中の方に大事にされている神社なんだなぁ。
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拝殿向かって左を見ると、
もう1つ神社のようなものがある。
扁額を見ると「一山神社」と書かれていた。
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祭神となっている一山(イッサン)行者という人は、
この神社の「中興の祖」ともいえる人物らしい。
本名は治兵衛さんといって神奈川県津久井で誕生。
埼玉県与野に婿入りするも 家族を残し出家してしまった。
というのも「下化衆生」本願を叶えるためだったという。
下化衆生とは、衆生(惑いつつ生きとし生けるもの)を
教化・救済する(教えを説くことで導こう!)という意味。

ちょっと聞いてよ。こないだウチに来た婿、
衆生を救うとか言って出て行ってさ。
こないだ見たらホントにお坊さんになってたんだよ…。

宗教的に見れば志高く素晴らしいことだが、
一般人からすると「変わった人」では…(´・ω・)
まぁしかし、彼の熱意はホンモノで
寺での修業に留まらず山岳修行にまで赴いた。
秩父・三峯から駒ケ岳を経て木曽・御嶽山へ。

そして御嶽山に籠り修行を続ける一山の夢に
御嶽山の神とされる3柱が現れて言ったのである。
「Hey、You!すぐに山を下りよ!衆生を救おうYo!
 ラッキーなことに江戸の近くに 縁深い場所があるYo!」

…そんなに軽くは無かったと思うが
ともかくそんな感じのお告げ通り江戸に向かい、
一山行者は教えを広めながら その場所を探した。

すると、なんと武州・嶺村というトコロに
御嶽山の小さな社があったのである。
一山さんは社に留まり 教えを広めつつ
住民の信頼と協力を得て小さかった社殿を再興。
一山神社の手前には、
地域の信者が水行をするための水行堂まである。
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屋根付近には彫刻も施され、火灯窓もステキだ。

洋菓子・カヌレのような形の「火灯窓」は
名前の通り、火焔を象っていると言われている。
(管理人は、最初に火灯窓を見た時 言われるまで気づきませんでした…)
安土桃山時代以降は神社や城郭にも用いられたが、
大陸から伝わっただけあってモトは禅宗の寺院に多い意匠。

流行ってからは神社にも使われたとはいえ、
水行をする場所が禅宗デザインってなんかいいなぁ。
山岳信仰の習合感 出てる感じがする(*'ω'*)!

水行堂の手前に見えているお地蔵さまは
延命地蔵」と呼ばれ地域に親しまれているらしい。
なんでも、昭和13年に起きた「阪神大水害」の際には
様々なものが濁流で押し流される中にあって
数人の子供が この地蔵尊の傍らで助かったという。
それから、様々な人に大切にされながら
現在のこの地に安置されるに至るという。

また、一山神社の鳥居側には稲荷神社もある。
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そう大きいものではないが、
ガラス張りの戸から中を覗いて見ると…
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おお、意外と重厚というか深みのある感じ。
そして、オアゲでなく柑橘類が供えてあるのがイイ!
花園稲荷の記事に書いたかもしれないが、
狐さんたちは元々肉食系。
願いを叶える対価として人の肝を備えるΣ( ゚д゚)
という風習があったようだが
ご想像の通り そう簡単に手にはいるものではない。
話によると肝というのは酸味があるので
同じく酸味のある柑橘類で代用したのが始まりという。
それで良かったのか…?

さぁ、そして!
管理人は稲荷を愛するイナラーだが、
今回なぜこの神社に来たかというと
コチラのオオカミさんに会いに来たワケですよ。
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伏せた耳に 浮き出た肋骨。
口は大きく裂け 細い牙が並んでいる。
右の子は耳と巻物が欠けているが、縄と紙垂は比較的新しい。
定期的に替えてもらっているようだ(/・ω・)/♪

狛犬じゃなくて狼?珍しい!
秩父奥多摩じゃないと見れないと思った!
という方もいるかと思うが、
実は都心にも狛狼さんが結構いる。
世田谷・砧(きぬた)の三峯さんや
渋谷・宮益坂の御嶽さんが有名だろうか。

今回訪れた御嶽(おんたけ)神社は
木曽御嶽山を信仰の源とし、
御嶽大神と呼ばれる3柱の神
クニトコタチノミコト
・オオナムチノミコト
スクナヒコナノミコト
を祭神としている神社である。

対して、宮益御嶽(みたけ)神社は
青梅の御嶽神社からの勧請か?と思いきや
奈良・吉野の金峯神社からの勧請。
現在の祭神は
ヤマトタケルノミコト
・秋葉神
オオクニヌシノミコト
・菅原の神
となっており、
江戸の民衆が信仰した神様も
メンバー入りしているような気が。
大元の金峯神社を見てみると、
金峯山寺蔵王権現をメインに広がった
山岳密教カラーの濃い信仰である。

そして、砧三峯神社
秩父三峯神社からの勧請で
イザナギイザナミ夫婦を祭神とする。

地域や祭神こそ違えど、
いずれも お山に対する信仰がベースであり
狼さんはそうした神社を守っているのである。

特に、先ほど名前を出した
青梅の武蔵御嶽(みたけ)神社では
祭神・櫛真智命ヤマトタケルを差し置き、
大口真神」「ご眷属様」「お犬様」と
様々に呼ばれ狼さんが活躍中だ。

都心のみなさんも、
ぜひお近くの狼さんを探してみては?
(*゚▽゚)ノ♪

さて、もはやどこの神社の話だっけ?
という状態になってしまったが、境内に戻ります。

拝殿の脇から裏へ回ってみると、
なんと見事な本殿が!
浦島太郎や、それを見送る乙姫。
温公の甕割りなど細密な彫刻が…!
(*´ω`*)♡
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個人的には、
彩色がないところが また良い!
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そして、鳥居が目に入り ふと見ると
イイ感じの苔と釣瓶の滑車のようなものが。
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こちらは、地域の方向けでは無く
一山行者自身が水行に使った古井戸跡らしい。
今は井戸では無くなっているが、
綺麗な水を湛え 生き生きした苔が繁る良い場所。
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さらに奥へ行くと、ちょうど本殿の真裏に
「霊神の杜」と書かれた場所が。
石碑などが立ち並び落ち着いた雰囲気。
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おや?なんか人がいる。アレが一山さん?
と思ったが、御嶽教創始者・渡辺菊太郎さんでした。
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この「霊神」の石碑群というのが
ひとつ木曽御嶽山信仰の特徴かな…。
と個人的には思って居て、
実際の御嶽山中にも多くの石碑が佇んでいる。
コレは御嶽信仰の信徒さんたちの
「私たちは死んだ後 童子としてお山に迎えられる」
という考えによるものらしい。

亡くなったら
伊弉冉治める根の国へ行くでもなく
阿弥陀仏のいる浄土へ昇るのでもなく
生前拝んできたお山に還る。

いまでは馴染みのない考え方かもしれないが、
お山へ上がって田畑を見守る
山から里へやってくる田の神の一部になる
多くの獣を擁する山神の懐へ帰る
という考え方は多くの地域で耳にする。

亡くなっても
この世の信仰や生業から分断されない
シームレスな死生観とゆう感じかなぁ。

現代社会ではなかなか
復活が難しいかもしれないけれど、
管理人は病院で働いているので
亡くなって行く方や家族を見るたび
この考え方がベースにあればと思うことがある。

自分の家系のお墓が「家」だとして
もちろん家が安泰なのも大事だけど、
それより大きなくくりで
ここに帰るんだ、っていう「地域」とか。
あとは
一緒に山を巡ったあの先輩たちのところへ仲間入りだ。
ってゆう「サークル」が
死後の世界にも想像できたらいいね。
って、少し思ったのでした。

*おまけ*
境内には大鳥神社もあったが、
ここの狛犬はなかなか個性派だった。
あまりの上目遣いで、もうほぼ白目!
でも彫りは細かく深く、いい狛犬
またお気に入り狛が増えたとさ(*゚▽゚)
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