とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

刀と狐の粟田神社。

京都には数え切れないほどの名物がありそうだが、
恐ろしい数の観光客も その1つでは…と管理人は思っている。
(´・ω・)
大通りは特に、人も車も建物もミッチミチ。
「これでは神社にいますカミサマも窮屈だろう」
などと思いながら目的地・粟田神社へ向かう。

しかし、角を一つ曲がると意外なほど閑静だった。
山へ向かって 緩やかに登っていくような、
思いのほか長い参道が続いている。
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どんな神様がいるところか知らずに入ったが、
調べると「感神院新宮」だったと書いてあった。
感神院といえば八坂神社が「神社」になる前の名前である。
そこの新宮ということは八坂神社と 何か関係が…?

というと。昔むかし、
「今年は飢饉とか疫病とか悪いこと盛りだくさん!」
という占いの結果が出た年があった。
出羽守藤原興世という人は「なんとかせねば」と
感神院に作った八坂社(現・八坂神社)に籠り、
ナムナムと祈願しまくっていた。
すると夢枕に一人のお爺さんが出てきて言うのである。
「わし、オオナムチだよー。知ってるっしょ?
 ここの北東にイイ感じの土地があって、
 疫病の神・牛頭天王ともつながりが深い場所なのよ。
 そこにワシを祀れば国も民も守るけど、どう?」
疫病をどうにかしてくれるらしいので、
藁にもすがる思いで指定された土地に御宮を建立。

そうして完成したのが、この粟田神社
その御利益は「厄除け・病除け」に留まらない。
粟田口(京都西の出入り口)に位置し多くの旅人が行き交うため、
東海道が整う頃には「旅立ち・旅行安全の神」ともなった。
さらに、あとでお話しするが刀匠にも縁が深い神社となっている。
そのため、製鉄・鉄工業者のみならず
刃物を使う料理人さんなどにも信仰されていると聞く。
コチラが現在の拝殿。
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ちなみに、旧名は感神院新宮・粟田天王宮というそうだ。
確かに主祭神も八坂神社とほぼ同じで、
中央にはスサノオ牛頭天王と同一視)がいる。
ただ、オオナムチ(大国主)も同居しているので
「なんだか ソリが合わなそうな二人だな」
と不思議に思っていたのだが、そういう経緯があったわけか。

その左座にはスサノオの8人の息子「八王子」。
右座にはクシナダ、オオイチ、サスラという3人の姫神
クシナダは皆さんご存知の通り、スサノオの妻である。
ヤマタノオロチに捧げられそうになったクシナダ
櫛に変えて自らの髪に差して戦う場面は有名なハズ。
しかし、いずれは母・イザナミのいる根の国へ行かねば…
と考え、円満な家庭を離れることを決めたスサノオ
その旅の途中で出会ったのがオオイチヒメである。
昔のヤンチャ癖が出たのか 彼女との間に双子をもうけ
その2柱は日本人に無くてはならない神に成長。
それが大歳神とウカノミタマである(/・ω・)/!
そして最後のサスラヒメはというと、
祓戸四神という清めの神様の一人であり
またスセリビメと同一視されることもある女神様。
もしここでもスセリビメだとすれば、
彼女はスサノオの娘でありオオナムチ(大国主)の正妻。
オオナムチに一目惚れした熱烈な彼女と、
女性がキッカケのトラブルに巻き込まれやすいが
半面、女性の助けでピンチを切り抜ける色男・オオナムチ。
そして娘を嫁にやりたくないモト問題児・スサノオ

そんな愉快なメンバー(?)で一悶着あったので、
先程「ソリが合わなそうだ」と言わせていただいたのである。
そうでなくても主祭神の第一妻・第二妻が同居。
拡大家族世帯かと思いきや内情は複雑そうである(;゚Д゚)

さて、神様の話はこれくらいにして境内を散策。
まず、京都でたまに見る感応式手水鉢!
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数日京都に滞在していると慣れてくるが、
最初は「!?」となったΣ(・ω・ノ)ノ!
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神馬ちゃん↑注連縄モシャモシャ喰っとる…。
寅の扁額↓は年季が入った為か、かなり輪郭が曖昧な感じに…
Σ(・ω・ノ)ノ!
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こちら↑は扁額ながら躍動感のある神馬ちゃん。
そして、そのすぐ手前には
この神社にゆかりのある「刀」↓も奉納されていた。
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刀とどんな関係が?というと、
この粟田神社境内には鍛冶神社↓という末社があり
製鉄の神・アメノヒトツメ
短刀づくりの名工・粟田口藤四郎吉光
そして刀匠・三条小鍛冶宗近が祀られている。
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小鍛冶宗近は刀匠の中では(多分)有名なほうで
能が好きな方や「刀剣女子」なら知っている名前のはず。
彼は昔、一条天皇から刀を作るよう申し付かったが
なかなか良い刀を鍛えることができずに苦心していた。
すると、彼が常日頃から信仰していた稲荷神の神使が
「いつも信心してくれる彼を助けなきゃ!」と現れた。
そのキツネが相槌を打ち、出来上がった刀が
「小狐丸」である!

九条家が所有していたというが、現在の所在は不明。
狐と刀匠が鍛えたというユニークな出自から、
能「小鍛冶」として演じられたり
刀剣女子ブーム(?)の火付け役・某「とう〇ぶ」にも
「大きいけれど小狐丸」というセリフと共に登場する。

粟田神社境内にある北向き稲荷↓には
小鍛冶宗近と刀を打ったキツネ・雪丸稲荷が祀られているという。

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その近くには、昔からこの土地を守ってきた土地神さん。
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「太郎兵衛稲荷」とは書いていないが、
狐が控えているし 神紋を見る限りは稲荷神のようだ。
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一方の吉兵衛神社は土地神様と言うだけで
具体的にどんな神様なのかはよく分からなかった。
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小さな石の前に平たい石が盾のように建っている様子が
「御前立」のような位置関係で気になる。
いまは神社境内に移動しているが、昔は青蓮院御門のそばにあり
吉兵衛神社は御門の東、太郎兵衛は御門の西にあったらしい。
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二社の近くに石碑があり、
ロシア艦であるワリヤーク号の6吋(インチ)砲が
戦利品として粟田神社に納められた書いてあった。

そして、もうひとつ寄っていただきたいのが
境内にある「出世恵比須神社」である。
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源義経が源氏再興を祈願した神様とされ、
この恵比須様を拝んでから奥州下向に旅立ったため
出世恵比須のほか門出恵比寿とも呼ばれるらしい。
昔は三条蹴上の夷谷にあったが、
なんと土砂崩れで三条神宮道付近の夷町まで流出。
紆余曲折を経て、ここに移動されたという。
今の日本最古の寄木造のえびす様と言われているので、
出世に興味のない無欲な方も是非社を覗いてみてほしい。
へにゃっとした満面の笑みの恵比寿様とは
ちょっと違う「凄み」を感じる恵比寿像だった。

このように境内社も多い粟田神社だが、
ココで満足せず道を渡って相槌稲荷にも行ってみていただきたい。
はじめこそ朱塗りの小さな鳥居がいくつも建っているが、
どんどん住宅地の中に入って行き
最終的には家と家の隙間を通るような感じで辿り着く。
周辺住民の方が自宅の壁に「相槌稲荷はコチラ」と
札を貼ってくれているので通れるが 不法侵入感は否めない。
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先程の雪丸稲荷には相槌を打った狐が祀られているというが、
名前からするとコチラの方がそれっぽい。
小鍛冶宗近が日ごろ信心していた稲荷社は
この相槌稲荷か、都ホテル内にある稲荷社ではといわれている。
小鍛冶宗近のエピソードが謡曲や歌舞伎にもなったことで
江戸時代以降は芸事の守り神ともなっているらしい。
すぐ隣には二ノ富弁財天も祀られている。
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分かりづらい場所と小さな社ながらも
管理人がいる間に6人以上の人が参拝に来ており、
人気者具合が窺えた。

さて、実際行ったのは春先だったわけだが
なぜこのタイミングで粟田神社の記事だったかというと。
更新が遅れに遅れただけじゃないですよ(それもあるけど)
粟田神社には「祇園祭の山鉾の原型」と言われる剣鉾があり、
昔は「祇園祭をしない年は粟田祭を御霊会とす!」と言われていた。
その粟田祭が、この10/6,7,8の三連休に催行されます!
(/・ω・)/パンパカパーン!
台風が近づいてきているのが心配だが、
土曜日の石見神楽・おいでまつりに続き
日曜日には御迎え行列や夜渡神事
月曜(体育の日)には神幸祭・剣鉾の行列が予定されている。

ちなみに粟田神社の祭りではあるが、
青蓮院門跡で行われる神事があったり
相国寺の僧侶による読経があったり
神官と僧侶が一緒に神霊を迎え入れるという
ちょっと珍しい「れいけん祭」があったりと、
神仏習合度の高いイベントである。

そして管理人的一番の見どころは…
祇園祭では鉾が巨大なヤマの上に付いているので
鉾が小さすぎて見えないッ((( ゚Д゚)))!
(ハ〇キルーペのケンさん風に)
でも、粟田祭ではハッキリ見えちゃうんです!
夜渡りの際、町内各所に剣鉾が飾られ、
また月曜の神幸では鉾差しの方が腰に差し革を付けて
6~7mもある剣鉾を持って行列するのである。
剣鉾はいずれも美しい細工で飾られ 鈴が付いている。

独特の歩様で竿をしならせ、
先に付いた鈴を鳴らしながら鉾が神輿を先導する風景は
視覚的にも聴覚的にも美しい。

是非見てみてください(*'ω'*)
今回は台風のこともありますし、
日程等に関しては神社HP等でこまめに確認し
安全な御旅行を!