とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

龍と比羅夫と 穂高神社。

せっかく中萱のお舟祭りまで来たので、
今までなかなか来られなかった穂高神社にも来てみた。
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祭神は、
ワダツミの息子であり安曇氏の祖先・ホタカミノミコト。
併せて、
ホタカミの父でもある海神・ワダツミ、
安曇氏出身の武人・阿曇比羅夫(アズミノヒラフノミコト)
なども祀られている。

神社名については
穂高見命を祀っているから穂高神社」というのが無難なところ。
北アルプスの名峰・穂高岳の鎮守であるから」説もある。
穂高岳はホタカミノミコトが降り立ったと伝えられている山。
境内には、その奥穂高山頂に座す「嶺宮」の遥拝所が。
社は小さいが、池が広がる良い場所だった。
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ちなみに、奥穂高の嶺宮は こんな↓かんじ。
※池の近くにある説明板の写真を拝借
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この写真を見ても御想像いただけると思うが、
標高3000m超にあっては参拝もままならない。
ということで、
管理人が訪れた里宮のほうがメジャーではある。

境内にはいろいろなものがあって、
たとえば、道祖神の聖地・長野にふさわしく
「日本最大の道祖神」があるというのだが…
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…まじか!石に彫ってあるんじゃないのか。
なんかちょっと磨崖仏並みの岩壁に
双体道祖神が彫られているのを期待してたんだけど…
なんかすごく予想の斜め上!
まさかのステンレス道祖神!しかも立体的!
Σ(; ・`д・´)
コレが一体、どんなタイミングで作られたかと言うと
長野県が長寿日本一になったのを記念して作ったらしい。
だから2人は若い男女でなく翁と媼なのね。
そして素材も、変質しづらいステンレスと。
(*´ω`*)
ちなみに境内には、「塩の道」千国街道沿いから
寄進という形でやってきた道祖神たちも。
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寄進とは言っても 地域で管理しきれなくなり
縁ある穂高神社に預けられた道祖神さんも多いようだ。
かつては栄えた街道沿いも 過疎に見舞われ、
道祖神のお世話ができる人も減ってしまったのだろうか。
境内の径沿いに並んでいる道祖神を一つ一つ見てみれば、
同じ双体道祖神とはいえバリエーションは様々。
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こちらは、我らが群馬県安中にある
通称「餅つき道祖神」を復元したもの。
復元と言っても無くなってしまったわけでなく、
秋間にある飽馬神社付近に今もあるのだが…
残念ながら風化が激しく表面はガリガリ。
「そう言われればそう見える」レベルとなっている。

八衢(やちまた)神・塞神(さいのかみ)のほか
性神としての伝承も残る道祖神
この「餅つき」というのも男女の睦事の隠喩とされる。
それを道端に建てるとは、なんとオープンでおおらかな…。

道祖神たちに別れを告げ 境内の奥へ進むと、
大仏の螺髪のようなパンチパーマ系狛犬
牙は短めの、カエル風な口をしている。
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そして、こちら↓の神馬は
ちゃんと木曽馬がモデルとなっている。
ので 、一般的な神馬像より頭身が低く可愛らしい!
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※こっち↓は瞳孔開いててちょっと怖い
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…とまぁ、神社境内の紹介はこんなところで。

 

*ふたりの比羅夫*

前回の記事で写真を使った安曇比羅夫像も
境内に入ってすぐのところにある。
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さて、この人。前回も少し紹介したが もう少し。
彼が生きたのは朝鮮半島と日本のつながりが強い時代。
百済へ使者として派遣されたのをきっかけに、
日本でも百済の遣いや王子の接待役を務めた。
また白村江の戦い(唐&新羅vs百済&日本)では、
当時日本にいた百済の王子(豊璋)に
百済の王位を継がせるべく水軍を率いて出征。
結果的には倭国軍は敗戦し新王擁立は叶わなかったが、
政治的に重要なポジションを任されていたことが分かる。

ちなみに、同じころ蝦夷攻めで猛威を振るっていた
阿倍比羅夫という人物が教科書に載っていたはずだ。
同名だが別人だという意見がある一方で
2人が同一人物だという人もいる。
安曇族が長野まで来た理由についても、
白村江での敗戦でなく蝦夷攻めのための派遣だ。
とも言われたり。

確かに名前は同じだし活躍した時代もかぶっている。
かぶるどころか両者とも白村江の戦に水軍を率い参戦。
共通点は非常に多い。
ただ、阿倍氏と安曇氏と言われるとやはり別物では?
という気もしてくるのだった。

*安曇族の足跡*
まぁしかし、いずれにせよ
そのように水軍を扱える海人系氏族ということは
どう考えても水がある土地に強いのではないか?
もっと西にも大きな湖はあるのに…。
なぜ琵琶湖を通り越して長野を本拠地に?

と思っていたら、実は西にも安曇族の足跡が!
彼らが元々本拠地にしていたのは
九州の「志賀島」という島なのだそうで。
滋賀県の「シガ」は志賀から来ているという。
また、琵琶湖の西側には「アド川」という川があり
「安曇」と書いて「アド」と読むのだそうだ。
どうやらこのあたりにも安曇族は根を張っていたらしい。

そして、長野の中で考えると
諏訪には湖があるが安曇野には無い。
できることなら安曇氏の人たちも
水が豊かな諏訪に住みたかったかも知れない。

しかし諏訪の地には 当然のごとく諏訪氏がいたハズだ。
諏訪氏は既に欽明-推古天皇(620年代まで)の時代
信州から全国に名を轟かせていた。
であるから、
安曇氏が白村江の戦いをキッカケに北上したなら、
諏訪に到着したころソコは既に
確固たる諏訪氏の土地であったことだろう。

安曇野と水*
ただし、安曇野では全く水運技術が役立たないか
と言うと それは違う。
皆さんも大王わさび農園でわさびソフトを食べたり
安曇野のおいしい水、的なミネラルウォーターを飲んだり
したことありませんか?ありますよね?
(なんで強気)

安曇野信濃川水系の河川がいくつも流れ、
湧水も川の水も豊かな土地。
明治時代までは犀川を利用した水運事業が盛んで、
今でもちゃんと2つの漁協がある。
山に囲まれた内陸とはいえ
水上に生きる術が活用できる土地だったはずだ。

加えて、松本・安曇野の民話の世界を見てみると
安曇野には遠い昔 湖があった可能性が記されている。

たぶん以前も話題に上げたような気がするが
辰の子太郎として有名な「日光泉小太郎伝説」である。

大筋としては、
ある所に小太郎とゆう少年がいて、
母親は犀龍という雌龍である。
産まれた息子を人間の夫婦に託し姿を隠したが、
ある日 小太郎と母は再会を果たすことができた。
最終的には犀龍が息子を背に乗せて湖を突き破り
人が住めるよう切り開いた…とゆう話である。

かなりはしょったが、
気になるのは息子に再会した母が
「私は諏訪明神の化身なのです」と
結構重大な事実をカミングアウトすること。
そして一方の小太郎は、
母の住む安曇野の湖を拓き耕作地とすれば
人間が豊かに暮らせると母に相談している。

この相談をした小太郎が安曇氏であり
当然諏訪明神の化身である犀龍は諏訪氏なのだ!
諏訪氏が土木技術を以て安曇氏の開拓事業を援助したのだ!

…という考えもあるようなのだが、
安曇野の治水の歴史にはもっと古い記録がある。
(書物上の話ではあるが)

もっともっと昔(ヤマトタケルの東征より昔)
垂仁天皇の弟という人が安曇野を訪れた際
「この土地では度々水害があり皆困っております」
との訴えを聞き治水を命じたと言われている。
この時に工事の指揮を任されたのが
日光(ひかる)白水郎(あまこ)という人物らしい。
あまこ とは潜水を得意とする者=海人族のこと。
ひかる はその集団の長の名だとされている。

縦書きにすると「白水」が「泉」となることからも
日光泉小太郎=日光白水郎 であり、
龍と小太郎の伝説は
龍神の導きで治水を行ったヒカルさんの話!
という説の方が、管理人は腑に落ちる感じがした。

それがいつから安曇氏と結びついたかは謎だが…
もともと安曇野に伝わる白水郎の物語に
安曇氏の安曇野開拓の話がミックスされたか、
外から来た安曇氏が自らの権力の根拠を示すために
地元の伝説に乗っかったのかもしれない。

*湖を突き破るカミサマたち*
こうした「湖を破って土地を拓く」神話は
蹴裂(けさき、けさく)伝説と呼ばれ各地に存在する。
有名どころでは
安曇野では諏訪明神(=タケミナカタ
甲府盆地はオオナムチ
・出雲の亀岡盆地もオオナムチ(&オオヤマクイ)
阿蘇山カルデラはタケイワタツ(タケイオタケ)
が湖を蹴破ってできた土地とされている。

気になるのは、これら3柱のカミサマが
結構近い親類関係だということだ。

オオナムチはオオクニヌシと同一視されている。
つまり、タケミナカタの父にあたる。
一方の阿蘇神社の祭神・タケイワタツについては
彼のお嫁さんがタケミナカタの曾孫(or夜叉孫)だ。
ちなみに、授かった次男坊はタケイナセ。
母の地元・長野(科野国)国造に就任し、
諏訪大社神職・金刺氏の祖になった言われている。

日本の神話や各神社の社伝というのは
特定の氏族・政権に都合のよい筋書へと編纂され、
婚姻関係が捏造される可能性もあるが…。
しかし、この神々の関係性がそのまま
実際の氏族間の関係や功績を反映していると考えたら、
離れた土地ながら婚姻を以て強い親戚関係となった
治水や土木技術に長けた系譜だったと考えられる。
勿論、これらの神とは親戚関係ではない神も
蹴裂を行うことがあるので一概には言えないのだが。

*蛇足*
今回の穂高神社に行くまで、
龍が自分の姿を恥じるってどうゆうこと?
子供は人の姿なのに龍だからって意味?
子供のことを思って人間の夫婦に子供を託し
自らは人ならぬ姿だから姿を隠したの?
と思っていたが…
この像を見て納得とゆうか衝撃
((((;゚Д゚)))))))
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えっ⁉︎犀龍って、サイみたいな体型の龍ってこと⁉︎
白龍とか呑龍とか、そういう感じの単なる名前かと…。
たしかに、龍の世界でこの体型だったら
言葉通り姿を恥じて身を隠したと言われても納得。
この発想は無かったので、管理人的には衝撃でしたとさ。
(;゚Д゚)