とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

岩手と鬼と おもうこと。

3.11はできる限り東北へ行こうと思って数年過ごしてきた。
が、ついに7年目の今日、家族から
「アナタたまには誕生日に家に居てよー」
と言われた。まあ確かにそれもそうだよな…。
とゆうわけで、せめて東北のことを考えて過ごそうと思う。


*盛岡・三ツ石神社と羅刹鬼*

その東北の中でも管理人が最も好きなのが岩手である。
しかし、なぜ この県が「岩手」なのか御存知だろうか。
以前、報恩寺さんとゆう羅漢だらけのお寺の記事を書いた。

報恩寺の五百羅漢さんたち。 - とまのす

そこからほど近い場所に、三ツ石神社とゆう神社がある。
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この神社こそ、岩手 という名前(そして さんさ踊り)の源なのである。
境内に入るとすぐに、パッカーンと割れた感じの巨岩が見える。
その大きさたるや、拝殿とあまり変わらない。
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2つしかないように見えるが、この後ろにもう1つ欠片がある。
これが「三ツ石」の由来だそうだ。
岩手山が噴火した時に飛んできた噴石だと言われていて、
昔は隣接している東顕寺さんの敷地内にあったとか。
神社として成立する以前より村人からの信仰は篤く、
三ツ石さまと呼ばれ親しまれていたらしい。

桜山神社烏帽子岩と言い 三ツ石様と言い
盛岡は巨石が多いな…同じ噴火で飛んできたんだろうか。

拝殿の扉は金属で、格子とかはないので中は真っ暗。
子供のこぶしほどの穴が開いているだけである。
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どうにかこうにか覗くと、
中は結構整っていて鏡や榊などが綺麗に並んでいるようだ。
神紋は二羽の鶴なんだろうか。
肉眼では何一つ見えなかったので携帯のカメラがあって助かった。
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拝殿と本殿の間(だったと思う)には、
本殿か拝殿にあると思しき鬼面と木像の写真が貼ってあった。
暗すぎて写真にはうまく映らなかったのだが、
何の解説も書いていないのでどういう所以のモノなのかは謎。
神社に神様の像があることは少ないが、
この木像は祭神・スクナヒコナのレアな御姿なのか?
それとも、その本地仏とされる金剛蔵王権現
または三ツ石様とはこんな姿だったんだろうか。
今度盛岡に行くときは、懐中電灯持参でちゃんと確認してきたい。

さておき、この巨岩には「鬼の手形」が押されているという。
雨が降ると薄っすら見えるという話だが言った日は快晴。
それらしきものは全く確認できなかった。
拝殿横に分かりやすい絵が奉納されているのだが…
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…なんだかホラーな感じだな…。
※実物は全然ここまではっきりして居ないのでご安心くだされ。

ともあれ この岩の手形こそ、「岩手」の語源。
ちなみに、なぜ手形が押されたかというと
昔この村で悪事をはたらく羅刹鬼という鬼がおったとさ。
困り果てた村人は、村にある三ツ石さまに助けを求めた。
すると三ツ石の神様は巨石に鬼を縛り付けて懲らしめた。
驚いた鬼は必死に謝り、二度とこの地に踏み入らないと言った。
そして「ならば誓いを立てなさい」と言われ手形を押したという。

釈放された後は北へ逃げたとか京へ逃げたとか。
京都へ逃げたバージョンは、
京都でに有名な鬼退治譚へと繋がって行く。
北へ逃げたバージョンは
「この三ツ石より南下しないからゆるしてくれ」
と言ったというようなことが書かれていて、
なんとなく大和朝廷の東北平定を思わせる。

いずれにせよ
この地には鬼は踏み入らないということで
この地域は「不来方(こずかた)」と呼ばれた。
現在 三ツ石神社の住所は盛岡市那須川町だが、
今もこのあたりを不来方と呼ぶこともあるのだそうだ。

ちなみに鬼がいなくなったことを喜び
村人たちが三ツ石様の周りで踊り明かしたのが、
盛岡さんさ踊りのはじまりと言われている。

管理人の中で「目が離せない踊り」No.1を
越中おわらと競う 盛岡さんさである(*'ω'*)!
阿波踊りもイイ勝負なのだが)

そんなことを考えていたらふと目に入ったのが
神社の近くにある「鬼蕎麦 かむら屋」さん。
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よく見ると、鬼子母神堂の扁額などがそうであるように
鬼という時の一番上の「‘」が無い(暖簾は普通の鬼だけど)。
この字は多く、
鬼を好意的に捉えている地域の神社や
仏教に帰依した鬼神の御堂で用いられる。

地域全体でこの字が使われているわけでは無いので
本当のところはわからないが、
羅刹鬼は最後まで忌み嫌われたのでなく
村人がその改心を認めていたということだろうか。

余談だが、鬼蕎麦は卵やら海藻やら入っていて
旅人にはありがたい栄養バランス◎な外食でした。
この辺りへ行くことがあれば是非ご賞味くだされ。


*北上の鬼剣舞*

ツノのない鬼、で思い出したが
盛岡から少し移動し、同じく岩手の北上市に話題を移す。
この辺りには鬼剣舞という民俗芸能が伝わっているのだ。
鬼のような面を付けて踊るのでそう呼ばれるようになったが、
この面にはツノがない。これも改心した鬼だから?
「いやいや、実は鬼でなく憤怒相の仏様だから角がないのだ」
というのがよくある答えだが、
仏さまとはいっても如来系でなく明王様らしい。
とすれば明王は天部と一緒でヒンズー出身神が多いので
ある意味 仏教に帰依した鬼(異教の神)で合っているのでは…。

…まぁ屁理屈はおいといて(/・ω・)/
鬼剣舞というのは面の表情から明治以降についた名前。
モトは念仏踊りの1つで、剣や扇で勇壮に舞う念仏剣舞である。
面は五色あり「五大明王」を表しているらしい。

青面は東と春を表す降三世明王の化身。
赤面は夏と南を表す軍荼利明王の化身。
(↓撮っていたらカメラ目線してくれた!)
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最も踊るのが上手い人のみ付けられる白面は、
西と秋を表す大威徳明王の化身。
白面を付けている人を「一剣舞(いちけんばい)」と呼び、
一人加護という演目はこの人しか踊れないらしい。
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黒面は北と冬を表す金剛夜叉明王の化身である。

東西南北・春夏秋冬出揃っちゃったけど、
残りの黄面は…?というと、五行説では「中央」とされる。
踊りの中ではカッカタ(道化役)を務め、不動明王の化身。

こういうのは込められた意味も大事だけれど
やはり目と心を奪われるのが入口かなと思うので
とりあえず動画をどうぞ。
(最初は伴奏的な感じなので、気が短い方は50秒くらい~見てね)


谷地鬼剣舞(三番庭の狂い)

この剣舞は北上展勝地で見たもので、
桜の時期は日時によって様々な地域の剣舞が見られる。
「谷地」というのが地域の名前。
「三番庭の狂い」という演目である。
一番庭、二番庭、三番庭という演目があって
その三番庭の「狂い」とは
祈祷・呪術・供養など本来の形から
より「魅せる」ことを強化するため崩しを入れた、
というようなニュアンスだろうか。

ちなみに鬼剣舞には一、二、三番庭や
一、二、三、八人加護の他にも色々な演目がある。
中には特定の系統の剣舞にしかない演目や
現在は舞われていない演目などもあったりする。

中には余興的な演目もあるのだが、
こちらは「宙返り」といって
剣を持ったままでんぐり返し(と言っていいのか)する。
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手 地面についてないから、
でんぐり返しとは言わないな多分…
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↑最終的には8本持って宙返りする。
つまり、両手に3本ずつ+両手で横に1本+口に1本。
よって、鬼剣舞だけど面も外す。
現在使われているのは模造刀だと思うが、
真剣を使っていた時代は緊迫感も相当のものだっただろう。
(なんでこの写真だけ白黒で撮ったんだ…)

ちなみにこの宙返りを披露してくれたのは
「二子鬼剣舞」という団体の方。
この二子鬼剣舞こそ全国に鬼剣舞の名を知らしめた団体!
と言っても過言ではない(かもしれない)。
というのも昭和の話ではあるが、
全国の民俗芸能の大会みたいのがあるワケで。
そこで三人加護を踊って優勝したのが二子鬼剣舞。

いくつもの団体が舞うのを見ていると、
「あれ これさっきのと似てる」
「おや?こんな演目ほかの団体にはなかったぞ」
みたいのが出てきて楽しいので、
「どこもそんなに変わんないでしょ」
なんて言わずにいろんな剣舞を見ていただきたい。


*鬼って何なんだ*

とりとめもなく岩手と聞いて思い出したことを話したが、
鬼が登場する民俗芸能は岩手以外にも多い。
河童同様、鬼の居ない地方を探すのは難しいのだ。

どの地方でも 鬼との物語は山のように語られてきた。
しかし鬼が単にひどく恐ろしいだけの存在ならば
そこまで頻繁に語られることはあるまい。
時に人を助け 時に旅人を喰おうと画策し
時に人に騙され 時に人の娘と恋に落ちる。
ただ怖いだけじゃない日本の鬼たち。

鬼とは日本人にとって一体何なのか。

民俗芸能に物語にと度々現れ、
鬼の姿というのはハッキリ思い描ける方が多いはずだ。
「角」に「虎皮の腰巻」
何といっても鬼の最もポピュラーな姿はコレであろう。
一般にコレは鬼門=丑寅をキャラ化(?)したものという。

しかし、鬼の語源は一説に「隠(おん)」だという説がある。
つまり、見えないもの・捉えられないものという意味。
おそらく日本に様々な文化を教えた中国の影響で
鬼=「悪霊」的な嫌な意味が強かったと考えられる。

しかし訳がわからないままでは
対処法もわからないし恐ろしいままである。

そんな考えからか、
昔の日本人は鬼に前述のような姿を与えた。
鬼に姿が与えられてからというもの
鬼と呼ばれるものの範囲は爆発的に広がる。

恐ろしい自然現象や広がる伝染病に
鬼の姿を与え何とか追い払おうと様々な行事を行い、
侵略者や まつろわぬ民 製鉄民など、
自分とは違う立場や宗教に属する人間のことすら
鬼の名で呼ぶケースも出てきた。

なんというか、つまりは
自分の理解の及ばないものすべてが鬼になりうる。

勿論その言葉を人に対して使うときは排除の意図が強く、
その見知らぬ「鬼」と和解できなかった歴史もあるだろう。
しかし、鬼と村や家庭を築いた人たちも少なからずいた。

そして自然や疾病を「鬼」と呼び姿を与えるとき
人は見えない力を必死に捉え克服しようとしている。

鬼自体が恐ろしさの化身のような存在でありながら、
鬼は人間が恐ろしさと必死で向き合った証でもあるのだ。

だからこそ日本の鬼は、
時に荒々しく 時に哀しく 時に愛しく 時に滑稽に
こんなにも民のそばにいるのだろう。
と、何となく思うことがある。

7年前の震災でも、
到底捉えきれない大きな力が猛威を振るった。
地震の仕組みも分からない 放射能なんて言葉もない
テレビもないネットもない世の中なら、
とっくに東北に鬼が出たと言われているのではないか。

「こないだ北へ行ったら建物の山があったんだ」
「鬼が民家をかき集めて山を作った」
「村に一人も人がいない。鬼が来てみんな喰われたのか」
「あのあたりの村ではみんな首を病むらしい」
「浜に住む鬼が吐く瘴気に当たるんだそうだ」
(科学が未発達なのに原発があることにツッコんではいけない)

しかし、テレビやネットができて科学が発達して
鬼が出なくなったからそれでいいのか?
実は鬼が生まれないのは「全部わかった」からでなく
直接「向き合ってない」からという可能性も考えられないか。

なんとなく、
ここ数年自分の誕生日前後にテレビをつけると
いろんなことがすごくキレイな形や
もしくはとても感情だけにフォーカスされた形で
調整されて伝えられてると感じてしまう。

もちろんテレビ番組を作っている方だって仕事だ。
感情にうったえない まとまりの付かないストーリーでは
視聴率はとれなくて お偉いさんに怒られてしまうだろう。

それは分かる。だから、テレビはテレビでいいのだ。

ただ、番組でもブログでも動画でもいい。
何かを見て「おっ」と思ったら 行ってみてほしい。
(別に被災地いったことないヤツわかってない的なアレではない)
神社でも祭りでもロックフェスでも(?)なんでもいいのだ。
人の書いたモノ撮ったモノはあくまで入口に過ぎない。
直接行ってみれば今この時代でも
計り知れないもの 未知のもの 怒り 不安 熱狂
いろんな「鬼の素(もと)」に出会えるはずだ。

いろんなものに実際向き合うことで、
自分だけの鬼を生んだり飼ったりしてみてほしい。

勿論ブログを楽しく読んでくれる方が
ちょっとずつだが だんだん増えているようで。
管理人としてはとっても嬉しい(/・ω・)/!
ただ、贅沢を言えば
読んだ人が読んで「へぇ、そうか」ってなるだけでなく
直接行きたくなるような記事が書けたらなお嬉しいな。
と思う29歳の誕生日でしたとさ。

*蛇足*

今回は鬼に関連して話したが
「鬼の付く祭・民俗芸能」しばりで全国を巡る!
とかも楽しいかも。いや、考えただけで楽しい。
たとえば鬼剣舞の他にも鬼太鼓、鬼来迎、
鬼怒川温泉鬼まつり、豊橋鬼祭、だだ堂の鬼走り。
鬼越蒼前神社のチャグチャグ馬コ↓もまたいきたい!
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やっぱりしばりがあると
なんかもう該当する祭りを見つけただけで嬉しくなって
見つけた=いくぞ! みたいな謎の熱量を感じますな。
※管理人は去年、河童しばりをやろうとして晩秋にバテました。
 お祭りは用法容量を守って正しくお楽しみください(笑)

 
今回は実際出かけてないので
薄っぺらな割に長くなってしまいましたが…
(しかも報道に対するモヤモヤみたいな不純物入り)
また一年色々なものに生で触れていきたいですね!
(*'ω'*)