とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

珪素神宮のおさかな鳥居。

駅から住宅地を通って大杉神社へ下って行き、
こんどはまた坂をいくらか上がる。
数分しか歩いていないが民家は少なくなってゆき
建物があったかと思いきや
もはや使われたくなった特別養護老人ホームの廃墟だった。
管理人は真っ暗な部屋では睡眠が取れないほどのビビりなので、
晴れた日の昼でなければびくびくしながら歩いていただろう。

さて、鳥居が無ければ入ってみようとは思えない藪が現れた。
アンリ・ルソーの絵のように陰鬱で鬱蒼とした藪である。
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藪に入る寸前、ふと近くに張られた柵を見ると
ハチを捕えるためのコバエホイホイのようなものを発見。
え!?ハチいんの?(まぁいるよね日本なら大体どこでも)
ということで今度は雰囲気でなく具体的な天敵にビビり始める。
※何度も言うようだが管理人は一度ハチに刺されている。二度目はやばい。
上着の袖を引っ張って指の先まで隠し、
フードをかぶってファスナーを鼻のあたりまで閉める!
もし神社に参拝し終えた人が正面からやってきたら、
小さいながら不審者と思われること請け合いである。
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しかし、そんな心配は杞憂に終わる。
短い藪を抜けると急に開けた場所に出る。
ちょっとレトロっぽく作ったベンチも置かれてはいるものの、
見てのとおり↑人っ子ひとり居ない境内である!

実は、なぜこの神社に来たかといえば
この日の朝のニュースか何かでこの神社が出ていたのだ。

テレビというのは恐ろしいもので、
「千葉のどこかゴミの埋め立て地のようだった場所を
 フラワーパークに作り替えて今人がたくさん来てるよ!」
というコーナーと繋げて
「そこから銚子電鉄で数駅、外川駅近くの神社だよ!」
と紹介されて
この手前の鬱蒼とした藪を映さずに神社だけを撮れば
「なんとなく人がそこそこ来るところかな」
と感じるではないか!

しかし、みんなはそんなテレビマジックに騙されなかったのか
朝のニュースを見て昼に銚子に着く機動力が無かったのか
どちらにしろ管理人の予想を上回る人の居なさだ(笑)

境内は芝生。
拓けている範囲は比較的綺麗に芝が刈ってあった。
しかし、神社は緩やかな崖っぽいところに建っていて
一歩斜面に出れば草がモッコモコに生えている↓
そして、その向こうには海。
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現在も神社の壁には「長九郎稲荷」と書かれ、
境内の由緒書でも長九郎稲荷について触れている。

それによれば、この外川を開拓したのは
紀州から来た崎山次郎右衛門という人物なのだそうだ。
その人についてきた長九郎という漁師は、
銚子が良い港であることに惚れ込み外川に定住。
彼が子々孫々の代までの大漁と繁栄を願って祀ったのが
この長九郎稲荷であるとのことだ。

このあたりは見晴らしがよいため「日和見山」の名で呼ばれ
漁師が出航の可否を判断するのによく登ったそうだ。
なので、そこに漁師の祀ったお稲荷さんがあるのも
自然な話なのかもしれない。

が、この神社が有名なのは
祭神や由来からではなく この鳥居↓である。
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イワシ・サンマ・タイ だろうか?
手前の鳥居にはウナギの彫刻もあるようだ。

拝殿はシャッターが閉まっていて
中がどうなっているのか全く分からない。
そこにはボロボロになった張り紙?(シール?)が貼られ、
ココにあるタイの鳥居と思しきイラストが描かれている。
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イラストの扁額には長九郎稲荷でなく「珪脳神」と書かれ、
「日本珪素医科学 学会」そして主催者の名前が!
もはや宗教法人ではないかもしれないB級スポット感がすごい。

一応、神社の歴史としては
上記のように長九郎さんがお稲荷様を祀ったのち
永らく長九郎(またはチョボクリ)稲荷として親しまれた。
2002年には老朽化してしまった神社を直すため、
地元の女性たちがお金を出し合って社殿を新築したという。
しかし、3.11の東日本大震災で全壊。
それと同時に(津波の影響と思われるが)漁獲量は0に。

その後は某会社?の会長さんが私財を投じて再建した
と書かれているが現在どういう状況なのかはよくわからない。
ただ、社殿に張られた「〇〇さん方とは無関係です」という
語気の強い注意書きからは何となくトラブルの匂いが…。

社殿脇には、小さなキツネさんたちが身を寄せ合っている。
御神体と思しき鏡もあるが、雨ざらしでいいのだろうか…?
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ここのキツネさんたちは、
ねじり鉢巻きではなく ほっかむりタイプらしい。

そして、長九郎稲荷の現状とともに謎なのが
コチラの金の鳥居。
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扁額には「心叶」とだけ書かれている。
海の方へ向かっていて、鳥居の先は草ボーボー。
ただ、その先にある廃墟の手前に手すりの残骸が見えるので
かつては海方面からの参道と階段があったのかもしれない。
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※家に帰ってから別の方が数年前に訪れた際のブログを拝見したら
 以前は階段は登れる状況で 廃墟もココまでの惨状ではなかったようだ。


そして何より意味不明なのは鳥居の土台部分である。
単に参拝経路を図示しているつもりかもしれないが、
4カ所にペイントされた足跡が謎すぎる!
そして四隅から中心に向かって謎の矢印が(;゚Д゚)!
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オカルトか?オカルトなのか?
我らが群馬県にある河童神社にも匹敵するB級スポットじゃ…。
管理人は別に「神社って歴史を感じて癒されるよね☆」
みたいな人じゃないので珍スポットどんと来いだが、
それにしても分からないことが多すぎた(笑)
別の神社の祭りで近くに来たら、また寄ってみよう。
鳥居が増えているかもしれないし倒壊しているかもしれない。

今回は本当に、
普段行くような神社が「神社」としての姿を残しているのは
とてもすごいことなのだとなんとなく感じる旅だった。
見慣れた古い建築物というのは つい 何もしなくても
今までと同じくこの先も何十、何百年この姿だろう。
と思い込んでしまう。
が、みんなが「神社だ」と認識しているあの木造の姿で
あの姿のまま建ち続けるためには
直せる職人とオカネ、直そうと思う人たちが必要なのである。

地域や時代によって独特な建築や信仰が生まれる、
というのは当たり前のことで
当時は斬新だったものが今や伝統となっているというのも
決して珍しいことではない。
カミサマや神社の姿が独自の変化を遂げていくことも
現在神様と認識されている方々を見れば自然なことだと分かる。
ただ、それは是非「みんなに支えられる」カミサマであって欲しい。
と思いましたとさ。

あと ココが何法人だかは分からないけれど、
一般的な神社でも「奉納する鳥居のデザインを選べる」のは
面白いかもなー。と思ったり。(鳥居水族館みたいにしたりね)
「あの鳥居私が奉納したのよ」「たまには自分の鳥居見に行こうかな」
そんな風に思ってくれる人が増えたり、
みんなの鳥居を見ていたら自分もその仲間に入りたくなって
「小さいのでも奉納してみようかな」なんてのもいいかもしれない。
それでそれが名物みたいになったら参拝者も増えるし
みんなが神社にもっと愛着を持ってくれる気がするのでした。

次回はA級感のある京都のことでも書きたいと思います。
後祭りが始まってしまう前に祇園祭についても書きたいなー。