とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

彫刻だらけの桐生天満宮。

桐生駅北口から北東に向かって歩くと、
群馬大学工学部の少し手前に鳥居が見える。
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五叉路のようにも見えるが、
鳥居左に見える道っぽいのは参道の一部。
十字路に参道がせり出して見晴らしが悪い状態だが、
車はスピードを緩めずバンバン曲がってくる。
なので、信号待ちの時は要注意。

参道を歩いてややすると、太鼓橋↓が。
大体の神社がそうであるように立ち入り禁止。

*太鼓橋*
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というのも、神社参道に架かる橋は
そもそも人でなくカミサマのための橋。
つまり特別な日に渡ったり降り立つ場所なのである。

余談だが、
かの有名な伊勢神宮にも「宇治橋」という橋がある。
コチラは、普通に参拝者も通れる橋であるが、
冬至の前後数日は橋の「俗世」側から「神域」を見ると
ちょうど橋の延長線上・正面の鳥居から日が昇るという。

日食が「太陽が死ぬとともに、新しく生まれ変わる時」
と表現されることがあるが
太陽の力が一年で一番弱まるとされる冬至もまた
伊勢神宮祭神が橋に降り立つ「特別な日」…
なの、かも、知れない。

かも、というのは定説というワケではないからで
「偶然か」と言われることもあるし
その日に特別な神事が設定されているわけでもない。
しかし、星回りにうるさい(?)古代人が
太陽の女神のおわす神社の設計をするのに
太陽の動きを計算しないなんてことがあるだろうか。
逆に夏至の日には夫婦岩からの日の出が見えるというし
これは絶対わざとだろうと管理人は思っている。

…何の話だったっけ。
(´・ω・`)アラ?

とにかく!
伊勢神宮の神域と俗世を隔てる五十鈴川に限らず、
三途の川も「あの世」と「この世」の境界。
イザナギも、黄泉の国のイザナミにあった後に
川で身を清めてから生者の世界に戻った。

そんな感じで、日本人の心象としては
「川」は極めて境界性の高い存在で。
だからこそソコを渡ることを可能にする「橋」は、
カミサマと人をつなぐ特別な装置なのだろう。

現在ではそれが簡略化され、
「川は無いけど橋があれば境界性表現できるよね」
的な感じで(ex.鎌倉・鶴岡八幡宮
水の無い参道の真ん中に太鼓橋だけがドーン!
という光景も珍しくはない。

もしくは昔は橋の下に水があったが
地形や水位変化のため今は無くなった…
という考え方もありだろうか。
諏訪大社下社春宮の下馬橋とかそうかも)

まぁ大手の神社は置いといて、
桐生天満宮の話に戻りましょー。
(*'ω'*)ソウシマショー。

*財福稲荷社*
さて、太鼓橋の左には新しそうな小さい社がある。
扁額を見ると「財福稲荷」とある。
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末社の中の1つだった御稲荷さんから神霊を招き、
古くから伝わる「財福稲荷」の名前を掲げて
お祀りし直したのだそうだ。(公式ホームページより)

個人的に気になったのは、その稲荷社横にある灯籠。
稲荷社よりずいぶん古そうな上に、なんだか石っぽくない。
特に 土台部分。なんだこれ。鉄?
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素材は分からないが、ちょっと変わった感じの燈篭だ。
鉄なら、南蛮灯篭というやつだろうか?
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*拝殿*
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そして拝殿の前まで行くと、
狛犬↓は濃いめの小澤征悦風(?)
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今生まれ落ちたばかりのような
ツルッツルな「撫で牛」ちゃんもいます。
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おみくじを結ぶ場所↓は、なかなか独特な形態。
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境内をよく見ると、色々な所に
この「一陽来復↓」の札が貼られている。
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知識不足かもしれないが、
これ 早稲田の穴八幡で冬至に配るやつ?
それとも群馬にも一陽来復のお札があるのか?

一陽来復」の意味としては、
冬が極まって終わり、また春が来ること。
冬が極まるというのはつまり冬至のことでもある。
転じて、悪いことが去り運気が上を向き始めること。

しかし、それと天満宮にどんな関係が?
天満宮菅原道真)は北極星信仰と関連深い
と言われたりするが、
冬至という「陰」の極まる時が
「北」を象徴する北極星とつながるんだろうか。

ちょっと想像の域を出ないなぁ。

*祭神について*
そもそも、この桐生天満宮
天満宮」と言う名前なので主祭神菅原道真だろう!
と思っていたのだが、
実は西暦100年ごろはアメノホヒが祀られていたそうだ。
西暦100年なんて昔過ぎて 何があった年なのかよく分からないが、
聖徳太子摂政になる約500年前。
日本神話で言ったらヤマトタケルのお父さんの時代である。

さて、このアメノホヒという神様は誰かと言うと
あの アマテラスの息子である。
息子とはいっても、おなかを痛めて生んだのではなく
彼女が鬟(みずら)に巻いていた勾玉から生まれた神だ。

5人兄弟だが、その後の日本神話にちゃんと登場するのは
彼の兄・アメノオシホミミくらい。
お兄ちゃんはかなりのヘタレで、
そして、アメノホヒ自身も かなりのゆとり世代(?)。

母・アマテラスはまず兄に
「ぼうや、地上を平定してきてちょうだい」
と言ってみたがアメノオシホミミ
「地上は物騒でヤバそうだからボク行かない」
という感じだったので弟にお遣いを頼むことにした。
オオクニヌシを説得して国を譲ってもらってきて」

そうして、アメノホヒ
「はーい」と降臨してみたものの、
説得しているうちに懐柔されてしまった。
そして…

「平定のために地上に降臨してみたけど、
 逆にリスペクトしちゃた的な?
 オオクニヌシさんパネェっすわー。
 俺、マジ地上気に入ったんでしばらく帰らないから!
 (=゚ω゚)ノサーセン☆彡」

と、連絡も無しに3年間帰ってこなかった。

彼は「天穂日」という太陽信仰圏の農耕神らしい名前で、
いかにも太陽の女神・アマテラスの子という感じがする。
が、彼は結局 オオクニヌシを祀る出雲国造一族の祖神となった。
つまり、天津神代表・アマテラスを母に持ちながら
彼の子孫は国津神代表・オオクニヌシを祀っている。
ちょっと変わった神様なのだ。

ちなみに、彼が慕ったオオクニヌシ
しばしばオオモノヌシと同一視されてきた。
この桐生天満宮の近くに「美和神社」があるのだが、
そこの主祭神はオオモノヌシなのである。
こんな北関東まで遥々招かれたのに奇遇にも側に居られて
アメノホヒもきっと喜んでいることだろう。

そして、あと一組。
名前自体は知名度が低いが、活躍の場は多い
「祓戸四柱大神(はらえど-よはしらの-おおかみ)」である。
あらゆる災いや罪・穢れを祓い清めるカミサマで、
瀬織津姫神・速開都姫神気吹戸主神・速佐須良姫神
の4人ユニットである。

セオリツヒメは単体で祀られることも多いだろうか。
本土では川や瀧の女神とされることが多く、
その激しい流れで穢れを海へ押し流すのだそうだ。

そして、荒れ狂う潮の狭間におわす
大海の女神・ハヤアキツヒメが、
その罪や穢れを残すことなく飲み込む。
その様子は大祓詞では「かか吞む」と表現されるが、
この「かか」とは一説に蛇のことと言われ
つまり蛇のように大きな口をあけ一瞬で丸呑みする!
という様子らしい。(大学のころ本で読んだ気がする)
なかなかの迫力である。

そして、飲み込まれたのを見計らって
風神・イブキドヌシはその長く強い息で
根の国(死者の国)まで罪と穢れを吹き飛ばす。
…管理人は、ハヤアキツに飲み込まれたものを
どう吹き飛ばしているのかずっと疑問に思っている。
まさか彼女ごと一旦根の国に送るのか?

最後に、根の国におわすハヤサスラヒメが
その名のごとく罪や穢れを流離(さすら)わせ、
どこかへ失われてしまうという。
最後はなんだか、なんとなく無くなる感じなのだ。

…とまぁ、多彩な神様がいらっしゃる天満宮である。


*ゴテゴテ本殿*
さて、祭神の話でだいぶ尺を使ってしまったが
この神社で特筆すべきはこの本殿の彫刻!
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上には上がいるので「これが最強」とは言えないまでも
いままで管理人が見た中では一・二を争うゴテゴテ。
蚊に刺されながら写真を撮りまくる価値はある本殿である。

あまり良い写真を撮ってこられず
彫刻の立体感が半減なのが悔しいところだが…
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それにしても
何の彫刻も施していない場所を探すほうが大変なほど
いたるところ彫刻だらけである。
ゴテゴテ大好きなので堪りませんなぁ。
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いまでも所々に彩色の形跡が見られるとのことだが、
境内には設計図というか完成予想図として描かれた絵↓が
説明版に掲載されている。
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な、なんと。超ド派手ではないか。
好みとしては今のほうが好きだが、
この彫刻の質と量でこの彩色だったらと思うと…
それはそれは素晴らしいお姿だったことは想像に難くない。

末社たち*

立派な神社だけあって、後ろに回って見ると
たくさんの社が並んでいる。灯篭?もたくさん。
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奥にある「春日社」は、目立たない場所にあり姿も控えめながら
桐生市指定文化財になっているそうだ。
人(社?)は見かけによりませんなぁ。

あとは「神道七福神」を祀ったという宝船神社↓とか。
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そして、管理人が気になったのがこちら↓f:id:ko9rino4ppo:20170528061214j:image
「機神神社」という扁額がかかっている。
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手水鉢は、水は張られていないが
そこには生糸の巻かれた糸車↓とおもわれるマークが。
マークというか、これが神紋なんだろうか?
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県外の方には富岡製糸場のほうが有名になってしまったが
群馬は製糸業だけでなく銘仙(織物)も有名なのである!

上毛カルタ群馬県民御用達ご当地カルタ)でも
「繭と生糸は 日本一」のほか
県都前橋 生糸(いと)の町」
「日本で最初の 富岡製糸」
銘仙織り出す 伊勢崎市」そして
「桐生は日本の機(はた)どころ」と…

44枚しかない札のうち、実に5句が生糸や織物に関するものだ。

そのため、機織や養蚕に関する神社は多いといえる。
この神社、機の神様ということはタクハタチヂヒメとかだろうか。f:id:ko9rino4ppo:20170528003622j:image
社内はちょっとモノが多いが、非常に明るい。
天満宮本殿ほどではないが、小規模ながら精巧な彫刻。

ちなみに、機織の女神・タクハタチヂヒメは
タカミムスビの娘とかオモイカネの妹といわれ、
天皇の祖先となったニニギの母。
つまり、先ほどのヘタレお兄ちゃんアメノオシホミミの妻。
まぁヘタレというか、慎重で 手柄は人にとらせるタイプ
といった方が良いだろうか。

*追記*
ちなみに、絹・織物関連といっては何だが
ここ桐生天満宮がどうしてこんなに豪華かというと
徳川家代々の祈願所となっていたからなのかもしれない。

とくに、関ヶ原の合戦に際しては
軍旗に使う絹糸を神前に供えて祈願し、勝利を収めた。
その凱旋をきっかけに境内では織物市が開かれるようになり、
後の桐生織物繁栄の礎になったとも言われている。

未開の地グンマーとか言われてるけどね、
昔はスゴかったんだから!
古墳だってバンバン立ってるし!
埴輪だっていっぱい出るんだから!