とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

辰砂と熊とニシキトベ。

前回の記事で
主人公的なカムヤマトイワレビコと敵対し
日本書紀ではたった一言
「誅された(悪いやつなので討たれた)」
と、登場した瞬間に退場したような地元勢力がいた。
という話をした。

今回は、その関連神社などに行ったわけではなく
単なる妄想記録に留まるので…
まぁなんとか短めに終えようと思います。
(有言不実行フラグ)

皇軍の東征*
まずは、
このカムヤマトイワレビコ
なぜどんなふうに熊野の地まで来たのか?
というのを少しご紹介。


さて、最初にイワレビコがいたのは
九州の「高千穂」というところである。
今も神楽などが観光資源となっている、
神話の里らしい場所であるわけだ。

が、しかし、日本を治めようとするには
いささか端っこ過ぎたということだろうか。
塩土老翁シオツチノオジ)という
海流や塩作りに長けた おじいちゃん神様から
「大和っちゅうイイ場所があるぞ。先客の天津神がおるが」
という助言を受け、イワレビコは兄のイツセとともに
「大和を俺らのものにしてソコ本拠地にしよー!」
ということで東へ攻めていくことにした。

大和というのは今でゆう奈良あたり。
どうやって行くのかというと、
瀬戸内海を航行していく。

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分かりやすいように適当にラインを引いてみたが、
実際は瀬戸内海に面する色々な土地に立ちより
各地で歓迎を受けたりちょっと長居しつつ舟を進めた。
なので「こんな航路じゃないはずだぞ!」
というツッコミはナシでお願いします。すいません。

さて、そうこうして海を渡り終えた兄弟とその軍は
淀川をさかのぼる形で上陸することにした。
しかし、ちょっと遡上したあたりで
生駒の地元勢力ナガスネヒコ軍に迎え撃たれる。
そして、イワレビコの兄・イツセは
この戦いで敵軍の矢に当たり重傷を負ってしまう。

このナガスネヒコ
別に一匹狼の荒くれヤンキーではない。
ニギハヤヒという、
古事記にも日本書紀にも登場するカミサマに仕えていた。
シオツチおじいちゃんが「先客」と言っていたカミサマだ。
このニギハヤヒは、アメノホアカリと同一視されて
アマテラスの子孫だという説もあるカミサマ。
天磐舟(あまの-いわふね)に乗ってやってきたのだ。

…しかし、
この2人に深入りすると話題が完全にズレるので、
とりあえずスルーして東征の話に戻りましょう。
(´・ω・`)ソウシマショウ

さて、重傷を負ったイツセは
「俺らアマテラスの子孫なのに
 太陽に向かって戦ったのが悪かったかなぁ」
と考えて、
まさに今回管理人が乗った「くろしお号」の如く
紀伊半島をぐるっと迂回して大和を攻めることにした。

しかし、和歌山に入り
紀の川を渡るあたりでイツセは傷がもとで死亡。
さらに、そこからいくらも離れないうちに
イワレビコ軍は地元勢力・ナクサトベ軍と相見える

ココで少し「ナクサトベ」という名前に注目。
諏訪大社に祀られる
タケミナカタの妻・ヤサカトメは
諏訪の土地を治めた酋長。
アマテラスの岩戸隠れで
八咫鏡を作ったイシコリドメ
技術者集団のリーダーではないか?
と言われているカミサマであるが、
その2人の「トメ」とは女性リーダーのこと。
ならば、ナクサ「トベ」も女性と考えるのが自然だろう。

このナクサトベも、
日本書紀では簡単に殺されてしまう。
そして、カムヤマトイワレビコは彼女の亡骸を
頭・胴・脚の3つに分けて埋めたと言われている。
この3ヶ所の墓は今でも神社として残っているので、
次回和歌山へ行くときにはぜひ訪ねてみたい。

さて、日本書紀にはそんな記述が残る一方で

実は彼女とその軍が獅子奮迅したからこそ
イワレビコはさらに迂回せざるを得なくなったのでは?
つまりナクサトベは戦死したものの
軍としては負けなかったのでは?

と、日本書紀とは違った角度から彼女を見つめた
コチラ↓の本も、是非お手に取っていただきたい。

なんとあの最後の軍人・小野田寛郎さんもかかわった本だ。

名草戸畔 古代紀国の女王伝説〜増補改訂版〜

名草戸畔 古代紀国の女王伝説〜増補改訂版〜

 

 さあ、オモチロそうな本だが話を日本書紀に戻しますよー。
(/・ω・)/ハイハイ~モドロウネ~
さきのイワレビコは交戦の後、さらに先へ軍を進める。
すると紀伊半島の先端辺りで
また新たな女性酋長の軍が立ちはだかる。
彼女の名は「ニシキトベ」という。

*ニシキトベの「ニ」*
日本書紀では一言で「誅され」てしまうので
情報はかなり少ないのだが
地名やその名前などからちょっと妄想してみたい。

まず、先程のナクサトベと同じく
女性酋長であろうと思われる名前である。
(異説:トメ・トミ・ナガは蛇の意ともいうが)
ではニシキとは?やはり地名なのか?

色々な表記はあるようだが、
もっとも使われている「丹敷戸畔」を見ると
自然と「丹」という字に目が行く。
丹とは、深紅色の鉱石・辰砂(シンシャ)のこと。
水銀や、古来は漢方薬や顔料の材料でもあった。
高野山の丹生都比売(ニウツヒメ)神社など、
和歌山というのは「丹」の付く神社や地名が多く
産出地であった形跡と考える学者さんも多いそうだ。

なんの考察もなく一気に吹っ飛ぶが、
ニシキトベというのは個人の名前でなく
・丹(辰砂)を産出する土地
・辰砂を採掘する集団
の酋長のこと!というのは早計だろうか。

丹が産出された高野山三重県多気町より
ちょっと南過ぎるのが気になるトコロだが…。

*蜘蛛なのか熊なのか*
さて、これを読んでくれている方は、
神社や神話や歴史とか…
そういうモノが比較的好きな方だと思う。

なので土蜘蛛というのもご存知かもしれないが、
土蜘蛛とは天皇勢力に抗った土豪のこととされる。
(妖怪にも土蜘蛛というのはいるが、それは後発品)

奈良・一言主神社には土蜘蛛塚があることで有名だが、
これも神武天皇(つまり、イワレビコである)が
殺した土蜘蛛たちの怨念がよみがえることを恐れ
頭・胴・脚に分けて埋めた跡だという話だ。

場所的には、葛城山なので
まずイワレビコを迎え撃ったナガスネヒコの本拠地
生駒からそう遠くない山である(徒歩8時間程度はあるが)。

そして、埋められ方はナクサトベそっくりである。
古来 墓石は死者が蘇らないための重しだった説もあるが、
土蜘蛛の首長と交戦するたび3分割して埋めるとは。
イワレビコがいかに土蜘蛛を恐れていたか伝わってくる。
※ナクサトベの墓所は別にあるので、
 一言主神社に埋まっているのは彼女ではないと思われる。
 地理的にはナガスネヒコの本拠地に近いが、
 神話の中では一応 ナガスネヒコは戦死はしていない。
 ニギハヤヒイワレビコ服従するつもりなのに、
 仕えている彼が服従しようとしなかったので
 主君・ニギハヤヒの刃にかかって死んだのである。
 わざわざニギハヤヒが殺したナガスネヒコ

 イワレビコが3分割して埋めるだろうかと考えると、
 土蜘蛛塚に葬られたのは名の残っていない他の土蜘蛛か。

まぁ考えてもわからないことだらけだが、
もうひとつ土蜘蛛の語源というのもイマイチ不明だ。
今でも地面に穴を掘り指サック状の巣を作る
「地蜘蛛(ジグモ)」というクモは存在するが、
調べてみる限り土蜘蛛というのはクモの種類でなく
人間にしか使われない呼称のようだ。

以前の高幡不動尊の記事の中で、
高野山空海に触れたことがあった。
その時に
坑道で採掘し穴蔵に住まう様子から「土蜘蛛」と。
そうよばれているのでは?という話をしたのだが。

今回調べていたら、
騎馬民族は来なかった」の佐原眞先生が
「つちぐも」は土隠り(つちごもり)を語源とする
という説を出していたりもした。
なんだかそっちの方が納得できる気もする。
(佐原先生ファンだからか?)
蜘蛛という言葉と穴蔵というイメージは
自分の中ではあまりしっくりこなかった。
そうか、隠る(こもる)かぁ。

あとは「熊野=隈野」だった と聞いたことがある。
つまり、権力の届く範囲の「キワ」の土地という意味。
同じように考えると「土」にはそのままの意味だけでなく、
「人の住む(住める)土地」という意味もある。
もし土蜘蛛が「土隈(つちくま)」の転訛だとしたら、
人が(政府の決めた規律の中で)住む土地のフチ。
つまり政府の力が届く臨界点に居てまつろわぬ民が
土蜘蛛だったのではないか…なんて妄想したり。

あとは、「くま」と言えば古事記では
イワレビコが地元勢力に出会ったらしき場面は
「近くの草藪を熊が現れたり消えたりする」
という書き方をされている。
もしや土地の神かと殺すと、その悪神の吐く毒気で
兵は気を失いイワレビコまでも意識を失った。
(そしてそこにタカクラジが剣を持ってくる)

この記述に関しても、
「熊をトーテムとする先住民だったのでは」とか、
辰砂から水銀を作る際に出る有害成分を含んだ蒸気を
敵軍に「浴びせる」という戦法を駆使していたのでは。
とかいろいろな説があるようだ。
ただ、水銀を錬成する際に出るガスの有害性を考えると
皇軍の「一度寝てしまうが目を覚ます」という効果は
何か疑問が残る。

どちらかというと、
丹(辰砂)自体にある「鎮静・催眠効果」のほうが
しっくりくると感じるのは管理人だけか。
ちなみにWikipedia先生に訊いてみると、
体内で溶け出さない形態である辰砂の粉末のほうが
気体や液体の状態より体への影響は少ないのだそうで。
丹を飲んでいるなんて中世の話かと思ったら、
現在でも中国では漢方として利用されているのだとか…。

まぁしかし妄想の域を出ないので
このあたりでやめておきましょうかね(笑)

*蛇足*
今回熊野に関して考えたのはこれくらいだけれど、
和歌山を歩いて気になることが出て来た。

今回、ヤマトイワレビコ神武天皇)に先立って
大和に天降っていたニギハヤヒノミコト
彼は書物によっては名前が非常に長く、
アマテルクニテル・アメノホアカリ・クシタマニギハヤヒ
という。別名を3つ並べたのでなく、これで1つだ。
天を照らし、国を照らす神。穂が明らむ(熟す)神。
なんとなく太陽信仰や農業神のにおいがする。
名前が共通するアマテラスや、
「ホツマツタエ」のアマテルとの関連も気になる。

そして、彼はナガスネヒコを従えているわけなのだが。
この、ナガスネというのは「足が長い」という意味だ。
(土蜘蛛の別名・八束脛(ヤツカハギ)も同様)
この名前が、テナガ・アシナガの「足長」を連想させる。
気がする。

手長足長は長野に多くの伝説が残り、
タケミナカタの家臣としてやってきたという話もあれば、
諏訪大社タケミナカタ服従した土着神ともされる。

しかし、もしナガスネヒコと足長が関係あるなら
足長はいつから諏訪に居たのだろう?

足長神社の祭神は、現在はアシナヅチ
「足無椎」とかいて、蛇形の神ではとも言われている。
そのアシナヅチだとすれば出雲のカミサマということになる。
九州から出雲を通り東へと逃げたタケミナカタ
出雲を通った際に付き従いやってきたというのが自然だろうか?

また、ニシキトベの話で異説として書いたが
トメ・トベ・トミ・ナガ・ナが蛇を表すとしたら、
「ナガ」スネヒコ・ナクサ「トベ」・ニシキ「トベ」は
蛇の形をした神またはそれを祖先とした氏族
ということになるのだろうか。
だとしたら、龍・大蛇の姿と言われるタケミナカタ
彼の兄であり、同じく蛇神とされるコトシロヌシ
その妻・ヤサカ「トメ」、そして
手長足長神社の祭神で夫婦とされるテナヅチアシナヅチ
同じ部族ということになったりするのだろうか。

そしてまた、ナガスネヒコニギハヤヒ(アマテルクニテル)
に仕えるが最終的に彼に殺され
ナクサトベ・ニシキトベはイワレビコに誅され
タケミナカタコトシロヌシは父・オオクニヌシもろとも
アマテラスの遣わせたタケミカヅチに降伏し国を譲った。
ことごとく、太陽に縁のあるカミサマにやられている。

その辺の関係が、もうちょっと整理したいなー
やっぱり民族間の闘争で
蛇を祖先(orトーテム)にする狩猟民族が
太陽を信仰する農耕民族に負けていった歴史を表しているの?

あぁ~。もっと勉強しないと何にもわからない!
(ノД`)・゜・。大反省!

 

*関連神社*

今回は、神社の話が少なかったので

自分用メモも兼ねて和歌山の関連神社。

☆ナクサトベの墓所

・頭:宇賀部神社(おこべさん)

・胴:杉尾神社(おはらさま)

・脚:千種神社(あしがみさま)

☆ニシキトベ関連

・墓:和歌山県串本町二色に石塔があるらしい

・神社:熊野三所大神社 摂社