とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

おわらと胡弓と蚕と。

心身ともに休憩のためしばらくサボっていたが、
やっと更新再開(;´・ω・)

前回は養蚕と関連深い姉倉比売神社の話をしたが、
今回の富山行きの目的は この「おわら風の盆」。

…といっても、
結構シニア世代には通じるのだが
友人などに「なにしてきたの」といわれて
おわら風の盆を見てきました」と答えると
なんじゃそら的な反応が多いワケだ。

御柱に続いてこのザマとは
 一体何祭りなら知っとるんじゃいキミら!」

と叫びたくなる管理人である。

おわら風の盆の語源*
この「おわら風の盆」の語源については
今回富山で外国人にも聞かれたのだが
(そして自分の英語力のなさを呪った)
正確なところは分かっていない。
以下、管理人の外国人観光客に対する説明↓

”owara” has some word roots.

first,place name."oohara"or"owara"village.
おわらには複数の語源があって、1つは地名。

second「大藁」.(←ノートに書いた)

「大」means「big or many」
and「藁」means「straw」.
many straw is metaphor of good harvest.
そして2つめは豊作を連想させる「大藁」。

Third"大笑"(これもノートに書いた)

"大"as I said sometime ago.
and"笑"means laugh.
maybe it to imagine"happiness"or"fortun".
3つめが「大笑」。おそらくこれは幸や福を表す。

Then,"風"means strong wind.
This region has a terrain that produces strong wind!
So,ritual to quell wind has been performd.
「風」に関しては、
ここの地形は
強風を生み出してしまう。
そのため風鎮祭が行われてきた地域なのである。


Finally,”盆”is traditional event of Japan.
It is similar to Halloween.
During this event,
The spirits of ancestors to homecoming on ground.
最後に「盆」は日本の伝統行事。
これはハロウィンに似て祖霊が地上に里帰りする期間。

ちなみに、これをめちゃくちゃカタカナ英語で発音した!
ああ、数ある旅行先からこの場所この祭りを選んで
奇しくも管理人に声をかけてくれたこの人に
もっとちゃんとした説明をしたかったのに!
「盆=ハロウィンに似た行事」で済ますな!

※いつも当ブログを読んでくれている方は
 盆の記事も読んでくれたかもしれないが、
 あの内容を英語で説明する能力が無いのだ。

…しかしまぁ「おわら風の盆」の語源はそんな感じ。
(英語得意な人は間違い探しをして笑ってやってくれ)

語源の話は諸説あるのでこれくらいにする。
この踊りの始まりは文献が残っておらず、
はっきりいつから始まったかは分かっていないのだ。

八尾の住民が加賀藩から貰った「御墨付」の文書を
一度は町のエライ人に取られたんだけど、
取り返したぜ!やったー!
…とゆうことで
町衆が三日三晩無礼講で踊り明かしたのが
この踊りの起源と言われている。
(その割に旋律は哀愁漂い、音もなく美しい所作で踊るのね)

さて、
この行事 観光的メインは9/1,2,3なのだが、
8/20~30の期間を「前夜祭」と称して
日々 八尾の町々で輪踊りなどが行われているらしい。

地元の人にとっては約半月にわたる祭り。
それ以上に、
謡や胡弓を練習している期間のことを考えたら
一年がこの祭りに向かって進んでいるような感覚があるんだろうか。

管理人の地元には、残念ながらここまで大きな祭りがなく
その感覚はつかみきれないのであるが。

しかし街並みを見れば
古い家はもちろん 最近建てた家も
「通りでの流しを家から見る」
ことを前提に作られている、という気がした。
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どこもかしこも通りに面して塀が並んでいる
閉鎖的な「最近の住宅」というものと比べると、
住人の視線が自然と屋内から通りに向く構造
っていいものだな(*´ω`*)
と一人で考えていた。

さて、暗くなってくると
いよいよ町々で「おわら」が始まる。

学校だかの敷地を演舞場として
チケット代なども取っているのだが、
今回そちらにはお邪魔しなかった。

公式ホームページで
町の地図や踊る時間なども大体書かれているので
もし来年見に行く方はそちらを見ていただきたいが。
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今回はとりあえず
町で踊る姿を見るためにまず東新町・西新町エリアへ。
地図でいうと手前が駅なので、
駅から歩いて地図の一番奥である。

ココは町並みも昔っぽくて、
道も石畳風になっている。
ただし、ここで携帯で写真を撮ろうと思うと
(あまりに観光客が両脇にいるため)
この美しい街並みを背景に
暗闇の中のおわらを綺麗に撮るのは至難の業。

↓…この人込みである。f:id:ko9rino4ppo:20160918102550j:image
ちなみに、かなり四方八方からフラッシュがたかれるので
人様のフラッシュとタイミングを合わせて利用する手もあるが
それはそれでピントが合わず苦労を強いられるのであった↓
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踊り自体を解説付きで知って
ゆっくり近くで見たいなら、
上新町方面に少し歩いて「曳山展示場」で
ステージを見るのがオススメである。
八幡様の祭りで町を練り歩く
豪華絢爛な「曳山」も見られてオトク。
※ただしステージは撮影禁止である。
 (曳山の写真は次回の記事にでも載せようと思う)

そこで聞いた話では、
稲作の作業を簡略化して表現した所作が多く、
その合間に仏教圏らしい合掌のような動作が入るのだという。

さて管理人的には、
ライトが綺麗に当たっているので撮影向きかな
と思うのはこちら↓の聞名寺さんの舞台。
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この聞名寺さんは、
さっき言ったように民衆が三日三晩踊り続けたのを
盆の行事として取り入れ慣例化させたお寺とも言われている。

全部は回れてないので、もっと穴場があるのか
もしくはケチらず演舞場で見るのが一番なのか、
その辺までは分からない。

あとは、
御花代を出してくれた家ということなのか
個人宅の前で おわらを踊る場面も見られる。
地元の人に教えてもらったのだが、
踊り手でなく白い浴衣を着た男性たちが
先に次の家の前に立って そこに踊り手が追いつくので
その白い人を追って家の前で待っておけば
踊りも正面から見られるし
家の灯りがあるので写真も撮りやすいらしい。

↓管理人は正面に陣取れなかったのでこんな写りだが、
 確かにあと少し左に入れれば正面から撮れた。
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越中おわら節と胡弓*
さて、観光案内のようになってしまったが
おわら風の盆といえば踊りのほか胡弓が特徴的である。
なのですこしこの「胡弓」の話をしたい。f:id:ko9rino4ppo:20160918103143j:image
胡弓の「胡」は胡麻・胡蝶・胡瓜などを見てもわかるように
中国の北方・西方の民族から伝わった物であることを表す。
(「胡」は「顎髭を生やした者」の意味。北方民族の蔑称)

はじめは早とちりをして
「このあたりに稲とともに大陸文化が伝来したのか?」
などと思っていたのだが、
おわらの旋律に胡弓が仲間入りしたのは明治40年代だそうだ。

浄瑠璃修行を経験し三味線や歌に明るかった
輪島塗の職人・松本勘玄という人が、
越後瞽女の奏でる胡弓を聞いて
おわらの旋律に胡弓を取り込むべく研究を重ねた結果
今の旋律が生まれたというのだ。

さて、瞽女さんといえば養蚕だっ!
(/・ω・)/ワッショイ!
…と言われても困ると思うが、
この瞽女さんと、八尾でも盛んだった養蚕には
昔から深い縁があるのだ。

そもそも瞽女(ごぜ)とは盲目の女性芸能者のこと。
主に三味線や琴など弦楽器を奏で唄を歌い
それを門付け芸として行うことで生計を立てていた。
実に、一年の中で300日ほどを旅して過ごしていたとも。

今の時代ではそうそう成り立たない職なので
世界大戦以降急速にその数は減ってしまったのだが、
農村に娯楽の少なかった時代は
農閑期の瞽女の訪問を心待ちにしていた集落も多かったらしい。

さて、神事・神話etcの中でも
「他に比べ欠けている部分がある」者が
神に近い力を持っている、巫女的な存在になる、
というのはよく聞かれる話なのだが。
(東北のイタコさんなどもその一つだろうか)

この瞽女さんたちも、農村に娯楽を提供するほか
「お蚕様を拝んでほしい」
と頼まれることがあったようである。
特に女性が担い手である養蚕のほか安産祈願などは
瞽女さんに拝んでもらうことが多かったという話もある。
そんなわけで、養蚕の盛んな土地では特に瞽女さんが歓迎された。

我らが群馬県も養蚕と絹織物で栄えた土地だが、
昔は越後瞽女の「上州番」と呼ばれる集団が来てくれて
祈願に娯楽に大変お世話になっていたようだ。
新潟から群馬まで来てくれたことを考えれば
越中八尾は拠点である長岡などに近く、
瞽女さんの往来も盛んだったのかもしれない。

養蚕と八尾に関しては
前回の姉倉比売神社の記事でも触れたが、
八尾と養蚕・越中の気候と養蚕のことも書きたいところ。
(長くなるので次回にまわしますが…(´・ω・`)

瞽女さんに興味を持ってくれた方にはぜひ、
ジェラルド・グローマー先生の著書↓

瞽女と瞽女唄の研究

瞽女と瞽女唄の研究

 

 を読んでいただきたい!
コレのほかにも岩波新書から出ている
瞽女うた」も つぶさに瞽女たちを見つめた一冊。



*おわら節の歌詞*
さて、
おわら風の盆」の踊りは
越中おわら節」という歌にのせて踊られる。
さっきの瞽女さんが唄って歩いたこともあり、
案外、長野の諏訪のほうでも知っている人は多かったらしい。
(畑中先生の「蚕 絹糸を吐く虫と日本人」に書いてあった)

この歌の中でおそらくもっとも有名な歌詞は
越中立山、加賀では白山、駿河の富士山三国一だよ」
ではないかと(勝手に)思っているのだが、

実は上記の「長囃し」などのほかにも
おわら節には無限に歌詞がある。

というのも、今でこそオジサンが歌うことが多いが
お蚕様を育て糸を紡ぐ娘たちの作業唄だったからである。
様々な娘たちが越中の四季を唄い、
小鳥の愛らしさを唄い、母を思って唄い、
恋した相手を思って唄い、
いつか読んだ物語や憧れの都のことを唄った。

民謡というのは聞き取りづらく
好きでもなければ聴く機会なども無いので
まぁ、親しみづらいとは思うのだが。
歌詞を読んでみれば若い女の子が
身の回りの小さなことを素朴に歌ったり
友達との笑い話にしたり。そんな歌なのだ。

おわら節の歌詞が
たくさん載っているサイトなどもあるので、
時間のある方はぜひ見てみてほしい。

ツグミって可愛い鳥ね。
 柿をつついて口紅付けたみたいになってるの」

「あなただと思って何も言わずに抱きついたら
    なんと諏訪神社さんの立石だったのよ?」

みたいな歌詞に癒される。
唄の歌詞まではよく聞こえないが、
女踊りと男踊りをそれぞれ少しずつ撮ってきたので
おわら節の雰囲気も併せて聴いてみてほしい。
(女性前列バージョンは、少しピントが微妙…)

おそらく、見終わった後に関連動画が表示されるので
もっと良い画質、もっと見やすいのが見たい!という方は
ぜひ全国の皆さんが良いビデオカメラで撮ったおわらを
色々さがしてご覧くださいー。
管理人はiPhonしか持っていない映像弱者なので…。


おわら風の盆(男性前列ver.)


おわら風の盆(女性前列ver.)


とまぁこんな感じで夜が更けて、
公式(観光客向け)プログラムは21時ごろ終了なのだが、
街角では夜明けごろまで皆さんが
交代しながらチラホラ踊っているのである。

それを見ようと思っている観光客なのか地元の人なのか、
普通に銀行の駐車場とか道端に雑魚寝している人も結構いて
終電後の越中八尾はなかなかフリーダムな雰囲気となっていた。

*見送りおわら*
これが、管理人の見たかったポイントの中の1つ。
夜の暗闇の中で大勢で踊るおわらも幻想的なのだが、
夜明けまでおわらを見た人が始発に乗ってゆくのを見送る
「見送りおわら」である。

実は管理人は、
コレ最終日の朝でないと見られないと思っていた。
(これを撮ったのは9/2の朝である)
しかも、実はこの時は朝まで越中八尾にいたのではなく
富山から始発に乗って睡眠不足過ぎてボンヤリしながら
笹津(越中八尾の二駅先)を目指していたので、
越中八尾に停車した瞬間驚いたのである。

胡弓の音がする!?棚ボタじゃないか!
まさか「見送りおわら」に送ってもらえるなんて!

暗い中で全員笠で顔を隠している、
まさに「盆」「異界との境」というイメージから一転。
朝焼けの中、この時ばかりは笠を外して踊ってくれる!
(しかも、私の席から近い子がとっても美人さん!)
f:id:ko9rino4ppo:20160918103225j:image
感動である。
もはや棚ボタに混乱して
何に感動しているのか分からないが…

朝の清々しすぎる空気の中の胡弓の哀調と
まさに風の国という大きな風に踊り子の浴衣がはためく姿と。
あまり人もいない車両の中、
一人で地味に鼻水を垂らしている管理人だった。
(最近涙腺がユルい。歳かもしれない。)