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とまのす

ちいさくゆっくり民俗学。

3にまつわる三囲神社。

神社仏閣 東京 ウカノミタマノカミ 稲荷神社

鳥居の扁額は「三圍社」と難しい字だが、
コチラ そこそこメジャーな「三囲神社」である。

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前回紹介した牛嶋神社から徒歩何分でもない場所にある。
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こちらが、鳥居をくぐって最初の狛犬
狛犬の吽形って、こんなに上の歯しか見えてないんだっけ?
どことなく伎楽系の獅子舞っぽい顔立ち。
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コチラは、三つ穴の石燈篭。
年号が明記された石造物のなかでは境内で一番古い。

なぜ3つの穴が開いているかはっきり示されてはいないが、
管理人の印象としては
三つ穴の石造物は、お稲荷さん関連でよく見る気がする。
例えば道端にある石造りの小さな祠とか。
扉がついているモノは、
その扉に三つ穴が開いていることが多い。

なので勝手に「三弁宝珠の簡略化だろう」と決めつけていた。
三弁宝珠とは、あの火炎宝珠(如意宝珠)が
∴ ←こんな配置で3つ並んでいるやつだ。

ただ、埼玉にある丹後神社では
左右の燈篭の三つ穴が∴と∵という組み合わせらしい。
Wikipediaより。ちなみに祭神は同じくウカノミタマ。)

そして、知る人ぞ知るコチラのライオン。
東京の人や都会に買い物に行くのが好きな人は
きっと見たことがあるはずだ。
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お察しの通り(?)三越百貨店の入り口にいるライオンである。
ちなみにこちらにあるのは、かつての池袋店のものだそうだ。
残念ながら1匹しかいないので、
「2匹で一対」とはいかないのだが…
しかし1匹であろうとも「狛ライオン」と呼ばれている。

今やどこの三越百貨店にもライオンがいるが、
最初に置いたのはやはり本店。大正3年のこと。
三越呉服店のボス・日比翁助がライオン好きすぎて、
イギリス・トラファルガー広場
ネルソンライオンをモデルにライオンを作らせて置いたとか。

*みめぐりのコンコンさん*
こちらは拝殿前にいる狐。
以前、王子稲荷の狐が鶴瓶のようなタレ目だったと言ったが
あれほどではないにしろ結構なタレ目である。
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説明版によると、
このあたりの職人さんたちは昔
目尻の下がった優しそうな顔のことを
「みめぐりのコンコンさんみてぇな顔」と言ったそうだ。

土台の正面に書いてある「向店」とは
越後屋本店の向かいで木綿などを扱っていた店舗らしい。
越後屋=お主もワルよのぅ
みたいなゆがんだイメージがありがちだが
(わたしは時代劇脳なのか?)
越後屋は「現金安売り掛け値なし」という
今となっては一般的な支払い方を実現して栄えた
実力主義・先進的な商売屋なのだ。

「掛け値」とは、それまでの値段設定。
呉服の新品というのは超高価だったので
武士たちもツケ払いでしか支払えないことが多かったそうだ。
そこで、回収できなかった時のことなども考え
また相手が値切ることも前提で値段を上乗せしていたのである。

ところがこの越後屋の「現金」は読んで字のごとく
今となっては一般的な「一回払い」である。
つまり、その場で払ってくれるのだから
商人の「回収できない」というリスクは解消される。
その分、客にもメリットがあるのだ。
つまり上乗せせず「安売り」するよ。と。
そういう商法なわけだ。

そうすると、信用のある御大尽でなくとも
何とかお金さえその場で払える人ならば
呉服を売ってもらえるということになる。
こうして「現金安売り掛け値なし」に踏み切った三井は
見事成功。その成功が今の三越百貨店につながっている!
というわけなんですな(*´ω`*)

*拝殿etc*
さて、こちらが拝殿。
扉はガラスのはまった格子戸の外に
木製扉がついていて両脇のモノは上に開くという。
なかなか豪華な造りになっている。
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拝殿内上方には何かが奉納されている↓のだが、
柵があって拝殿の階段が登れないので覗けず
しかも、ガラスが反射してよく見えない。
天気がいいのも善し悪しである。

色は金属製のものが腐食したような色なのだが、
大きさ的には仮面か?でも右のヤツは形がワラジっぽい…
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燈篭も、桜の透かしが入って可愛らしい。
厚みはないが、鯱のようなモノもついている。
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*さらに奥地へ*
一般的には神社というやつは
拝殿の後ろへ回るとチョビチョビと小さな摂社があったり
昔の狛犬や瓦がなんとなく置かれていたりするのだが。
三囲神社の奥は広い。

まず(拝殿左側から)裏へ回ると、
三つ脚の屋根を持った手水鉢がある。
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和風なはずなのだが、
気持ちのいい緑と神社には珍しい丸い屋根のせいか
どことなくメルヘンな雰囲気である。

しかし、先ほどの拝殿に参拝するための手水鉢は
もうすでに鳥居のちょっと先にあったはずだ。
(写真を撮り忘れたが、三越マークが入っていた)
じゃあコレは?

とにかくそのまま進むと、
おそらくこの神社で一番の特徴的な石造物。
「三方鳥居」である。
木が鬱蒼としていたため遠くからだとうまく映らず
かといってこれでは近すぎて全体像がよく見えない。
という残念な写真になってしまったが…。
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まぁどういう風に「三方」なのか
くらいは分かっていただけるだろう。
この三方鳥居自体は三井邸から移したらしいが、
原型は京都にある木嶋神社の三方鳥居らしい。
「元糺(もとただす)の池」の中にある鳥居だ。
といっても、現在は池が枯れてしまったので
水の中でなく陸上に建っているのだが。

本家・木嶋神社のほうは
冬至線」や「夏至線」といった
太陽光に関係ありそうな角度で建っていることから
(+α 蚕の社、つまり養蚕との関連もあることから)
朝鮮半島とのつながりが指摘されているわけだが…
この三方鳥居も、
何か太陽と関係ある角度になっているんだろうか。


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さらに進んでいくと、
何か門のようなもの。なんだろう。裏参道
しかし、さらに奥を覗くと…
もう1つの神社があるではないか!
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近くで撮っているように見えるが、
柵の隙間から撮った写真である。
決して、侵入して参拝したわけではない。

その柵に「顕名(あきな)神社」と書いてある。
顕名神社も、三方鳥居同様に京都・木嶋神社にあった。
三越百貨店は東京にあるが、
三井氏はもともと伊勢の氏族なので
京都方面の神社を信仰しているのは不自然ではない。
しかし、もともと呉服屋だったというわけではないはずだが
いつから養蚕の神の居る木嶋神社を信仰していたのだろうか…

ともかく、この顕名神社も
廃仏毀釈の影響で木嶋神社境内から追い出されて
三井家の邸宅内に逃げ込んで来たり
三井家の東京台頭と同時に東京の別邸に分社されたり
東京大空襲であちこち引越しさせられたり
建物にはあるまじきフットワーク(?)の神社である。
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狛犬がなかなか独特な風貌をしている↑

その近くには、なぜか包丁塚。
三井がもともと醤油などを扱っていたからか?
全然関係ないのか?
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↓神輿とかいてあるので、神輿が入っているのだろう。
立ち入り禁止感があったので、近くに入ってみなかった。
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*狐ワールド*
さて、さらに三方鳥居を通り過ぎて
さきほどの顕名神社と反対に進むと…

すごい量の鳥居が見えてくる!
しかも、一列じゃない。
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そういえば、なぜここが
「みめぐり」神社という名前なのかというと。
源慶さんという僧侶がココに来た折に、
当時はまだ「田中稲荷」という名前だった祠を
もうちょっと立派な社殿に改築してあげようと
地面を掘ってみたところ…

なんとツボが出てきた。
しかも中には、
宝珠と稲穂を持って狐にまたがるおじいちゃん像が。
ウカノミタマノカミだ!

まぁ急に出てきたんじゃなく
もともと稲荷神社だったんだし?
そうゆうモノが埋まっていても不自然ではないわな。
しかし、意味不明なのはここからで
突如どこからともなく白狐が現れたと思ったら
そのツボの周りを三度まわってバタリと死んでしまった!

…なんで死んだんじゃ。分からん。
とりあえず、このキツネが3周まわったので
神社の名前は「みめぐり」にしたそうな。

この僧侶が、近江の三井寺のお坊さんだった。
というのも気になるな。また三井か。

その後、この神社は
雨乞いに効力を発揮したりして
一躍 江戸中に名をとどろかせたりして、
何の偶然か 江戸に進出してきた三井家が
この神社の勢いに目を付けて

三囲の字には「三井」が入っていて
しかもそれをかこんで守ってくれている!

と言ってこの神社を守り神にしたのである。
(しかも三囲神社はちょうど三井本拠地の鬼門方向にあった)
これが三囲と三井の馴れ初めである。
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一番手前のこのお稲荷さんは、
こぢんまりとしていて 狐も小さいのが2匹。


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コチラは結構迫力あるのがいっぱいいるぞ!
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こっちの祠も大群が住んでる!大小さまざま!
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アクロバティック神使!
前足が破損しているせいか謎のポーズに!
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大群が守る祠の扉前には、これまた小さな群れが。
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赤い鳥居には扁額がなかったが、
石造りの鳥居に「白狐社」という扁額。
3つの祠にそれぞれ鳥居回廊があって面白い。
そしてその3つの祠のある狐ワールドの中心には…
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狐ではなくおじいさんとおばあさんの石像が!
白狐社守の老夫婦なのだそうだ。
ずいぶん小さいおばあさんだが、
誰かが白狐に何かお願いすると媼が狐を呼んで
その願いを伝えたと言われている。
…すごいのは翁じゃなくて媼のほうなのか!

にしても、ここでも稲荷社は3つ。
とことん「3」である。

そんな三井氏が活躍した江戸時代
境内の様子はこんな感じだったようだ。
入り口の案内板に この絵の画像が張ってある。
社殿の右に見える小さな鳥居たちが
おそらく3つの白狐社の鳥居群と思われる。
左には顕名神社もあるようだが、
三方鳥居が見当たらないのは
まだこの時代には鳥居が三井家の別邸にあったからか。

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今となってはとなりは学校なので
壁も高くて神社は窮屈そうであるが、
下の写真を見ると昔は
学校のある辺りは広い池だったようだ。

向こう側も葦などが生えた池だろうか?
それとも田んぼか?
水の上に延びる参道、ステキだなぁ(*´ω`*)
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とゆうところで今回は終了。
昨日見に行った神事の記事を書きたかったが、
前回の牛嶋神社の記事で「次回は三囲神社
と言ってしまったのでコチラを先にしました。
(律儀)
書くのが遅いって大変だな(´・ω・`)

*おまけ*
そういえば、三越じゃなく
なんで三井百貨店じゃないんだ?
って思っていたが、あの「越」は越後屋の「越」だったのか!
と、何となく納得した管理人でした。
(ちゃんと調べてないけど…|д゚)

ちなみに、伊勢出身の氏族なのに
なぜ「伊勢屋」じゃないのかというと
三井氏の祖先は「越後守」だったのでした。
なので「越後の殿がやっている商売」ということで
越後屋」だったんですねー。
今や銀座とかのイメージしかありませんが。