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とまのす

ちいさくゆっくり民俗学。

大胡神社と太々神楽。

*大胡神社と赤城明神*
上毛電気鉄道 大胡駅から徒歩数分。f:id:ko9rino4ppo:20160730232659j:image大胡神社に着くと、長い階段の前でサルタヒコが出迎えてくれる。f:id:ko9rino4ppo:20160730232604j:image
鳥居は適度に地味な木造。
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今日は大胡祇園祭とあってか、
拝殿は開放的な感じで椅子まで並べてある。
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本殿は、ゴテゴテ感すくないけど…
地味だし彫刻細かくて好み(・ω・。)
この大胡神社、創建は明らかでは無いが
南北朝時代には二宮赤城神社別当がこのへんにあったらしい。
これが大胡神社の原型と考えていいのかもしれない。

と、いうのも大胡神社の神紋は
二之宮赤城神社と同じ「五七桐」だから。
※違うカミサマを祀る神社としては、
 さらに古くからあった可能性も高い。

そこからしばらくして大胡城主の大胡さんが、
三夜沢赤城神社の神官・ナラハラさんに手紙を書いたらしい。
「ウチの城の守護として、赤城明神祀りたいんだよね。
 だから、おたくの赤城明神さん分けてよ。ヨロピク!」
とゆう内容だ。
モトから二之宮赤城神社なんだから
祭神は赤城明神だったんじゃないの?
とゆうのが疑問点だが、
ほじくっても分からなそうなので置いておく。

ちなみに拝殿の中で扁額を見つけたが、
明治時代に手当たり次第近所の神様を合祀する前は
ココは「近戸神社」だった。
右の木製の扁額に「近戸大明神」とある。
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以前粕川の近戸神社について書いたとき、
これは長野の狩猟神・千鹿頭大明神と繋がるのでは?
と書いた。

ただ、この場合は大胡さんがハッキリ
千鹿頭明神でなく赤城明神を
「近戸神社として祀りたいのよ」
と言っているので
「赤城明神を戸の近く=里に祀る」ので「近戸」
という説を採った方が良さそうだ。

さて。
大正時代に 和算の問題と答えを書いて奉納された!
とゆう扁額があるらしいのだが、
いっぱい扁額があって見てもどれだかわからない。

しかたなく、拝殿を離れて末社エリアへ。
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なんだかコレだけ石の上にある。
特に大事にされている末社だったりするんだろうか。
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かなりたくさんの末社があるのは、
明治時代に村のあらゆる神社を合祀したせい。

なんでこんな立地なのに近所に神社少ないんだ?
と思ったが、大胡神社に吸収合併されたせいだったんだな。

たくさんあるが、
誰がお住まいか分かるのはひと握り。
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山神宮なのでオオヤマツミ宅↑

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秋葉宮なので秋葉大権現宅↑
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水天宮。↑
安徳天皇&アメノミナカヌシか、
以外にも北海道系水天宮でミズハノメか…。
おそらく独立していたころは
住民が安産や子供の安全祈願をしたとしたら
前者のコンビ宅かな。

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こんぴら様の金毘羅宮↑は、
セミの抜け殻オプション付き!

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…。
え?なに?ちょっと待って。鳥⁉
トリの脚の下に居るのは
錫杖を持ったお地蔵さんにも見えるけど。
ハトだとしたら八幡宮
カラスなら熊野神社

このお地蔵さん(かどうかもわからない)が
将軍地蔵なら愛宕権現だけど、
なんか普通のお地蔵さんっぽいよね。

地蔵菩薩なら賽ノ神かもしれないけど
それならこのトリは何なんだ…。

さて、もう一度拝殿を覗くと
「伊勢大々御神樂」という扁額が。
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太々神楽というのは神楽の等級の1つで、
大きな神社にお参りに行った際にいっぱい奉納金を納めると
この大規模なのをやってもらえたらしい。

神楽には宮中でやるようなのと、
神社などで行われ民間人も演じる里神楽がある。

里神楽にも流派がいろいろあるらしいが、
伊勢太々神楽と書いてあるんだから伊勢流だろうか。

だいたいこういうのは
伊勢なら伊勢、出雲なら出雲に
たくさん奉納したり何回もお参りして
「この神楽 お宅の神社でもやっていいよ」
と直伝してもらったりするらしいのだが…

むかしは日本中が
こぞってお伊勢参りに行っていたはず。
この小さな村の人にまで教えていたら本家の演者は
毎日が稽古のようになってしまうんじゃないだろうか。

ともあれ、
どのようにかわからないが
無事 伊勢の神楽は大胡くんだりまで伝わり
今もなお上演されているのである。

こちらが大胡神社にある神楽殿↓。
この神楽殿はモトは大胡神社のものではなく
足軽町(ココよりもうちょっと南西)の神明宮にあった。

それが大胡神社に合祀されると同時に移築されたそうだ。
そしてモトは足軽町と大胡町の住民が
大祭には交互に神楽を奉納していたそうだが…
今は春の例大祭足軽神楽保存会が奉納するのみとなっていて、
前橋市の指定重要無形文化財だ。
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*大胡神社の太々神楽
さて、春の例大祭に…と言ったが
今回は大胡祇園祭ということで!
特別に足軽神楽保存会による神楽が
大胡のJA広場で見れちゃうオトクな日!

恵比寿、ひょっとこ、河童が登場する
ひょうきんな神楽を見れちゃいます!

八木節のステージが終わり、
演者の方々が準備中…↓
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千尋が湯屋で雑務をしている時のような
超のどかな音楽の中恵比寿様が登場。
千と千尋の神隠し見てない人、すいません)
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餌にする虫を探している最中らしい。
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最初は餌として釣り竿の先にお菓子を付けて
こちら側に垂らしていたが…
子供が増えてきたので直接おくばり。

タイが一匹釣れたところで、
ひょっとこ登場↓
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「頼むよ~。鯛、くれよ~!」
「しょうがないなぁ、いいよー」↓
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「鯛、GETだぜ!」
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そこに、偉そうな武士登場。
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客席にばらまいたお菓子を撒き餌に見立て、
2人とも何か釣ろうと必死。
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今日がちょうど土用の丑の日ということもあって、
最後にはウナギが釣れた。
どうしてもウナギがほしい武士は、
ひょっとこにお金をあげて魚を買おうとするが
ひょっとこは欲をかいて武士の服と刀もほしがる。

こうゆう服を着たことがないひょっとこは、
羽織を履いて 袴をマントのように羽織っている…。
刀の差し方も、絶対あってない↓
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結局、お金を渡した上に服と刀まで取られるのは
ちょっと釣り合わないよな!
という武士からジャンケン三本勝負の提案があって、
結局ひょっとこは負けてしまう。

仕方なくまた釣竿を垂らしていると、
なんと河童が釣れた!
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ザバーッ!
しかし、デカくて魚籠に入らないではないか!
どうしたもんか!
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よし、なんかどうにもなんないから
かぶせちまおうコレ!
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お?なにこれちょっと烏帽子っぽいじゃん!
なんつって舞っていた河童だが、
そのうちお皿が乾いておとなしくなってしまう…
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みたいな話。

神楽というと巫女舞を想像する人が多いかもしれないし
仰々しい、儀式っぽいもの!難しそう!
とゆうイメージかもしれないが、
娯楽的な要素もかなりあるんだよ!
とゆうことで写真を多めに載せてみた。

もちろんモトは神事・儀式なのだけど
農村歌舞伎同様 農繁期がひと段落した時の娯楽や
刈入れが終わってからの副業的な面もある。

この大胡・足軽の神楽も
稲の収穫が終わると大八車に太鼓を乗せ
沼田のほうまで行って方々で奉納・上演したらしい。

管理人は学生時代に演劇をやっていたとき
「演劇は3つの対話が成り立っていないと成立しない」
と口を酸っぱくして言われた気がする。
1つは演者同士の対話
2つめは演者と裏方の対話
3つめは舞台と大向う(客席)の対話だ。

むろん、声に出して対話するわけではないが、
特に神楽とか番楽とか見てるとき3つめを感じる。

基本的にセリフというものがない神楽で
お客を笑わせたり曲芸的要素で釘付けにさせたり
さっきの写真のようにお菓子を配ったり。
そうゆうなかでさりげなく、
演者が徐々に観客と一塊になるのを
いつも感心してみている。

なんだか話がずれてしまったが、
最初はお菓子を竿で垂らしても
「ステージは邪魔せず見るだけのもの」
と思っていてただ見ていた子供が、
親や祖父母に「もらっていいんだよ」と言われて
神様たちから喜んでお菓子をもらうようになるのは
見ていてうれしい。

かみさまは、
信じる信じないとか
助けてくれるとか奇跡を起こすとか
そうゆうんじゃなくて
普段から稲作とか生活全体を見守っていて
水害の中にも豊作の中にもいて
お祭りのときにはみんなに見える形でやってきて
笑ったり熱狂してる人たちと一緒に
子供とかかわったり時に怖がらせたりして
ヒトとかかわり続ける存在なんだ。
とゆうのが、
なんとなく子供に伝わってほしいなー。

いや、あくまで
すごい個人的なカミサマ観だけど。

さて、明日は大胡祇園祭2日目にして最終日。
天王さんと暴れ獅子が大胡の町を練り歩くぞ!
管理人も、寝坊しなければ
天王さんの出発に合わせて朝から出動するぞー。