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とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

高麗神社と「田の神さぁ」

*高麗神社へ*

群馬出身ながら八王子で7年ちょっと暮らしていた管理人です。
高崎⇄八王子の往復では常にJR八高線が私の足。
八王子で暮らす前は
「ハチ公線と言うからには渋谷につながっているに違いない」
と思っていたがそれはさておき。

高崎から八王子に行くには一度だけ乗り換えが必要である。
それが高麗川駅だ。
kioskすら無いくせに平気で1時間待ちとかがある、
私にとっては恐ろしい駅だったが…
今回はこの駅で降りてみる。

目指す高麗神社は、高句麗の王族・若光を祀った神社。
高句麗中国東北部から朝鮮半島北部で勢力を伸ばしていたが、
唐&新羅連合軍により滅亡。
その際に多くの王族や貴族が日本に亡命したと言われている。
説明板によると、
彼らは主に東国に住んでいたが 途中で一部が武蔵国に移されたようだ。
その人たちの住んだ郡が、ココ。高麗郡である。
高麗神社に祀られている若光は、
高麗郡の郡司に任命され この地の開拓に尽くしたそうだ。
f:id:ko9rino4ppo:20160613220615j:image
着いてみると神社の方は色々新しく、ありがたみは薄め。
個人的に気になったのは、
参道から山の方への道を上った先にある水天宮。
道はなかなか険しいのだが…
f:id:ko9rino4ppo:20160610222029j:image
まぁしかし御参りをすることを前提に道は整備されているので
少し足元が悪いというだけで、
気持ちのいい瑞々しさと小さな花たちに囲まれた良い場所である。
そして登った先には…f:id:ko9rino4ppo:20160610222929j:image別に古い祠ではないのでソレ自体はそんなでもないのだが、
この光の気持ちいい感じ 写真で伝わるだろうか?
なんとなく、木で覆われているのに
空と細やかにつながっている感じがして素敵な場所である。
祠には、お掃除道具。
f:id:ko9rino4ppo:20160610223237j:image
祠の後ろには、
ロープで止められてはいるが明らかに人が歩ける道があった。
が、今回はもう夕方だし聖天院も回らなきゃなので侵入は自重!
おとなしく下山(?)開始。

後で調べてみると、
高麗神社は以前は今よりも少し上にあり
最近になって現在地に移ったらしいという噂を聞いた。
もしかしたらこの水天宮のイイ場所は、
高麗神社跡地?もしそうならそのころに見てみたかった…。

さて水天宮から降りる途中、
参道と水天宮の中間あたりに いくつかの祠。
そして何か神様がいる(;゚Д゚)
f:id:ko9rino4ppo:20160610222144j:image
はじめは顔立ちなどから
韓国の道祖神的な何かかしら?
トルハルバンみたいなもん?と思ったのだが。

この笊のような笠にレンゲのようなシャモジのような…
これ「田の神さぁ」じゃないのか疑惑。
 
*田の神さぁ*
発音的には「たのかんさぁ」と読む。
字の如く「田の神」であり、
田の神といえば日本全国に居る神様である。
ただし、地域によって
案山子(かかし)を田の神として扱ったり、
姿は見えないがヒトのように扱い
家に招きお風呂や食事を勧める神事があったり、
その信仰形態はさまざま。
今回の「田の神さぁ」については九州。
特に宮崎周辺ではコレを石に刻んだり描いたりして
地域のあちこちに置いてあるというものだ。

その形状は様々で、
①人間型をなさない自然石
②神官型
③地蔵型
④農民型

が主な類型と思われる。
興味がある方はコチラ↓

「田の神さぁ」ってなに? - 宮崎県 えびの市観光協会

をぜひ覗いて戴きたいのだが…
じゃあなんで高句麗につながる神社に
宮崎の田の神さぁが居るのだ、とゆう話。
勿論、訊ねたわけではないので真相は分からない。
単に、宮崎出身者が奉納しただけで高句麗と無関係な可能性もある。
だいたいコレが本当に田の神さぁかどうかも不明だ。
が、それではつまらないのでifの話で強引に進めていく!

大陸方面から日本に渡来するルートはいくつか有る。
その中で朝鮮半島周辺からの渡来人がよく使用したであろうコースが
対馬壱岐コース」である。
単純に朝鮮半島から南下してくれば、
この2つの島に辿り着き そして九州に到着する。

つまり「田の神さぁ」は
宮崎で生まれたものではなく
九州に渡来した朝鮮半島の人々の文化だった!
とゆうのはどうだろう…
そもそも稲作自体が中国or朝鮮半島南部から来た
といわれているのだから無理のある話でもないだろう。

ただし、
「これと同じような姿の石像が韓国にある」
という情報が見つけられないし、
日本にも古くからあったわけではなく
霧島が噴火したころ※1700年代後半ごろ~
作られ始めたものらしい。
なので、もし渡来人の子孫が作ったとしても
渡来人の大陸色もとっくに色あせたような時代なのだ。

残念だが田の神さぁは朝鮮半島とは無関係か…(´Д` )
しかし、姿形はさておき
田の神様を「タノカンサア」と呼ぶなんて…
随分独特な発音じゃないか!(←諦めが悪い)

日本では「こどもの日」に変化してしまったが、
5月5日の「端午の節句」とゆうヤツがあるのはご存じだろう。
これは韓国でも大切な年中行事の1つだ。
この時期はちょうど田植えが済む時期にあたり、
韓国では山や土地の神様に豊作を願う行事だという。

端午」は韓国語で「タノ」と発音し、
韓国語のカンサorカムサは日本語の「感謝」。
そう、カムサハムニダのカムサだ。
そう考えると、タノカンサア=端午の感謝なのである。

本来であれば感謝は 収穫を終えた後にするのでは?
とゆうところだが、そこは「予祝」とゆう文化があるではないか!
予(あらかじめ)祝(いわって)今年の豊作を祈る祈願形態である。
つまり「タノカンサア」は単なる神様の名前とかでなく、
農民さんたちの願いや感謝の体現化なのかもしれないな。
と思った管理人でしたとさ。

と、かなり無理やり感の話をしたところで、
この辺で切り上げます。
次回は、ここに祀られている高麗王若光の菩提寺があるという
聖天院さんにレッツゴーします(=゚ω゚)ノ!