とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

狐狸ひしめく館林②:茂林寺の守鶴たぬき

さて、稲荷社めぐりのため
前回「ぽんちゃり」なるレンタサイクルを
館林市役所に借りに行ったわけだが。

*ドキッ!狸だらけの館林*
すでに市役所からして狸だらけである。
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あそこにも、ここにも…
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平成狸合戦ぽんぽこ」のおロクさんのような
日本髪を結って着物を着た狸もいる。
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一瞬、白い巻貝かと思ったが…
払子を持っているから僧なのだろう。
※口から出ているように見えるが手に持っている
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これはまさか天燈鬼デザイン…?
いや、ちょっと違うか(;´・ω・)
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なぜこの地の城を守った狐より
寺に貢献しただけの狸が町にあふれているのか。
まさにそれは狸の「愛され力」の為せる技!
( *´艸`)ナンテネ←管理人は狸贔屓です

本気出せば一国も守れるのに、
どこか間抜けで狐より狡くない感じが
チャームポイントだな(*´ω`*)♡

さて、館林駅から一駅で茂林寺前駅なので
自転車でもすぐの距離である。

*綱渡り狸と守鶴さん*
上毛かるたでも「分福茶釜茂林寺」と名高い
青龍山茂林寺なのだが。
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その絵札には何やら
傘を持って綱渡りする茶釜狸が描かれている。
私は、茂林寺の守鶴伝説しか知らなかったので
小さいころからこの図柄は一体何なのか
かなり不思議に思っていたのだ。

今回茂林寺に行くのを機に、
それが何なのか調べてみた。
するとなんと!
分福茶釜は全国的には

貧しい古物商の老父が
茶釜に化けて戻れなくなった狸を手に入れ
戻れるまで家においてやることにした。
その代わりにタヌキが提案したのが
綱渡りをする茶釜の見世物だった。
…という話だと書いてあるではないか。


謎は解けたが、
私が知ってる話と全然違うぞ( ゚Д゚)!

私が小さいころ聞いたのは、
以下のような話だ。

昔、茂林寺には守鶴という高僧がいて
長い間 寺を守ってきた。
ある日 茶会か何かで多くの湯が必要になったが
寺には十分な釜が無いと僧侶たちが困っていると、
彼は後日どこからか釜を手に入れてきたと言って
その釜は不思議と使えば湯が涌いて尽きなかったという。

そんな守鶴だったが、ある日うっかり昼寝をして
寺に居た僧侶に尻尾を見られて正体が知れてしまった。
だれが正体を咎めたわけではないが
「これ以上ここにいるわけにもいかん」
と寺を去る決意をし、
別れの日、彼は寺で世話になった者たちに
自らが数千年の齢を重ねるなかで見てきたという
源平合戦の「屋島の戦い」や釈迦の入滅を
幻術で見事に再現してみせたという。

ちなみに「平成狸合戦ぽんぽこ」でも
三長老のひとり・屋島の禿狸が999歳の誕生会のお礼に
屋島の合戦さなかの那須与一に変化し
正吉の用意した扇子を見事弓で射貫くシーンがある。
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※真ん中の小さいおじいちゃんが屋島の禿狸
彼のモデル…というか彼は
屋島寺の守護神で変化の名手・太三郎狸であるが、
地元四国の彼の伝説でもまた
若いころに見物したという屋島の戦い
義経八艘飛びや那須与一の扇射を再現して
若い狸たちに見せたという。

源平合戦は狸の間で人気の変化テーマのようだ。
単に美人に化けるとかというのよりも
人と共にあった歴史が長いのだと感じさせる。

ちなみに「平成」狸合戦という題が付いたのは
江戸時代に本家狸合戦があったから。
この合戦を「阿波狸合戦」と呼び、
これは狸同士の戦いであった。
それが今度は狸同士で戦っている場合でもなく
開発や環境変化と戦わなければならなくなるのが
ジブリが扱った「平成の狸」たちである。
(本当に狸と人間の戦いか、隠喩なのか…
 とゆう部分に関しては都市伝説として諸説あり。)


茂林寺境内*
さて、
狸合戦の話はこれくらいにして。

残念ながら木曜だったので
本堂などには入れなかったが、
まず当日はひな祭りということで
お雛様に仮装した狸たちが出迎えてくれた。
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なんだかひょうきんな様子の中に
どことなく妖怪じみたものがあって好きだ。
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当寺のホームページを見ると、
参道の紹介に乗っている写真は
狸たちが少し苔むしているようにも見えて古そう。
もしかしたら
最近塗りなおしたか新しくしたかもしれない。
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総門から山門まで参道には計21体の狸が居る。f:id:ko9rino4ppo:20160316213650j:image
が、全部載せるとちょっとスペースを食うので
お雛様・お内裏様と取り巻きくらいにしておく。
ってゆうか舌の上がお賽銭だらけ…。
凹みに賽銭を入れるのが日本人の習性とは言え
口は苦しそうだからやめてあげてほしい。f:id:ko9rino4ppo:20160316213857j:image
↑こちらは中途半端に茶釜に化けている狸。

そして山門を通り、ふと左を見ると。
先ほどの狸たちよりはるかにでかく、
そしてはるかに怪物じみた大狸がΣ( ゚Д゚)!f:id:ko9rino4ppo:20160316213952j:image
東武鉄道さん、
いくら何でも可愛くなさすぎですよ…?

そして本堂前にある受付みたいなところには
様々な狸に関するポスターや、
そしてうるんだ瞳で上目遣いにこちらを見る
アイドルのような狸の写真が!f:id:ko9rino4ppo:20160316214024j:image
なんなのこの毛むくじゃらの餅みたいな動物…(´Д`/// )
たぬドル、否 ドルたぬ、かわいすぎ!
(たぬドルでは狸マニアのアイドルである)

その受付のさらに奥に
目的の「守鶴堂」がある。
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守鶴は数千年生きて釈迦の説法も生で聴いたことある!
というだけあって高僧なわけだが、
ここの住職だったわけではなく
歴代住職に役僧として仕え支え続けたのである。

その彼を寺の鎮守大菩薩として祀ってあるのが
この御堂なわけであるが。

なめらかな曲線の狛狸(?)がお出迎え。f:id:ko9rino4ppo:20160316214114j:image
ちなみに「平成狸合戦ぽんぽこ」では
金長さんちの神社かどこかに
「これは明らかにトトロだよな…」
という狛狸が設置されている(; ・`д・´)

反対側には着物を着て気取った様子の狸も。
そして賽銭箱の両脇には所狭しと狸の置物各種。f:id:ko9rino4ppo:20160316214131j:image

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中をのぞいてみると、
ひとりのお坊さんの像がある。
若く見えるが、あれが守鶴なのだろうか。
老僧というからぽんぽこの鶴亀和尚を想像していた。
(´・ω・`)
そして手前には茶釜の人形(?)のようなものや
笑顔で数人が狸の置物を囲んでいる写真。
信楽狸を奉納した人か、お寺の人たちだろうか。

そして御堂の扉の張り紙を見ると
なんと守鶴堂にはたまに拝宿者がいるので
夜は静かに参拝してくれと書いてあるではないか。
拝宿とはつまり、ここにお泊りするということである。
しかも本堂でなく守鶴堂に!
すごく気になる(=゚ω゚)!

*狸と「八」について*
今回、茂林寺以前に館林市役所が
かなり狸だらけだったわけだが。

いろんな格好をした中に
やはりオーソドックスな奴もいるわけで。
笠をかぶって通帳を持って徳利を下げている。
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こうした姿の狸は
別に信楽や館林でなくとも
うどん・そば屋などでよく見ることだろう。

まず、なぜ飲食店に狸が多いのか。
それは狸の「八相縁起」にあやかるため。
八相縁起とは置物の見た目の特徴に対応した
8個の御利益もしくは商売上での注意点。
それはすなわち

1.笠。火の粉や通り雨=予想外の災難を除ける
2.大きな目=客や店の隅々に目を配る
3.口角の上がった口=愛嬌がある
4.通帳(大福帳)=ツケで酒が買える=信用がある
5.徳利=人徳がある、もしくは飲み食いに困らない
6.おなか=どっしりと、肝を据えて、太っ腹
7.大きなkintama=貯蓄or自由に使える金がふえる
8.太いしっぽ=安定感

である。
ちなみにこの「8」という数字は
末広がりで縁起がいい数字だという以外に
狸の徳利に書いてある「丸八」紋にちなんだ。
という説もある。(あくまで一説である)

ではなぜ多くの狸が丸八紋の徳利なのか?

これについても
はっきり定説化された由来はないらしい。

ただ、この丸八紋は
現在愛知県の県章ともなっているが、
もとは尾張徳川氏の略紋であるそうだ。
三つ葉葵を使うことは許されなかった
地位低めの臣下などは提灯などに丸八紋を入れたという。
しかし、信楽はたしかに尾張には近いが
支配下の八郡には入っていなかったはず。
どう繋がるんだ(; ・`д・´)?

信楽で狸の焼き物が流行ったので
徳川八郡でも生産されるようになり、
そのころから
「八郡」の八が入れられるようになったのか。
※丸八の由来の1つとして「支配郡の数」がある。

それとも支配下でない信楽だからこそ
徳川はタヌキおやじだと揶揄することも
狸に徳川の丸八紋を持たせることもできたのか。

そこはどの説が正しいともはっきり分からない。
しかし11月8日が「信楽狸の日」となるなど、
地元では特に「狸といえば八」のイメージらしい。

*徳川と八幡宮

ではなぜ尾張徳川は丸八なのか。
もとは家臣のうちの1人が使っていたが、
その知名度が上がったので皆使うようになった!
…とゆう説もある。

しかし、ここはもうひとつ
神社や神様と関係ありそうな説を紹介したい。
それは「八幡神の八」だというモノ。

八幡様は武功や戦勝の神とされ
多くの武将に信仰されたそうで。
清和源氏の祖・源義家などは、
生身の人間でありながら その武勇から
八幡太郎」の通称で親しまれたとか。

その源義家の子孫が
室町・鎌倉時代の源義経・頼朝であり
江戸時代の徳川御三家

であるから
頼朝は戦勝の神という以外に
祖先・家への気持ちもあって鶴岡に
大きな「八幡宮」を置いたのではと思えるし。

徳川御三家の1つ・尾張徳川家
略紋として八幡の「八」を使うのは自然な流れ。
と言えるのではないか。
※義家の家紋は源氏の「笹竜胆」なので
 家として家紋を引き継いで使っているわけではない。

八幡様はどんな神様?*

鶴岡八幡宮など大きな神社も多く
全国的にも高い知名度を誇る八幡宮
しかし、そこに居るのはどんな神様なのか?
と聞かれるとイマイチはっきり知らなかったり。
(;´・ω・)

八幡(はちまん)様は
元の名前はおそらく「やはたさま」と読むらしい。
七夕=棚機の「はた」が
長い布を棒に付けて立てる神の依代であるように
八幡もまた八(=多くの)依代・のぼり旗のこと。
つまり八幡様
のぼりを神格化した神様だった可能性が。

しかし
応神天皇と習合されたため人の形になったり、
日本の神様の中でも早い時期に神仏習合して
朝廷から「八幡大菩薩」という号を送られたり。
※そこから「はちまん」という読みが定着…
名前も姿も「のぼり」っぽくなくなってしまったのだった。

まぁ、応神天皇
秦氏が日本に渡来するキッカケを作った!
という点では日本文化に貢献しまくったわけだけど、
武功だけで言えばほかにも勇ましい天皇は居たんじゃ…
という感じなので。
もともとのぼり旗のイメージから
戦の神という属性を持っていたのかもしれない。
(or助けられた秦氏により武功を誇張した記録が残った)

ちなみに神仏習合後は
鎮護国家&護法も彼の仕事になったため
「僧形八幡(お坊さんの姿をしている)」
なんてものまで考え出された。
天皇の影響で貴族っぽい見た目の場合もあるが
今や僧形の方がよく見かける気もする。

やはり、元の姿がハッキリしなかったり
もともと人の形でなったりすると悉く
姿をいじられまくりますな(*_*;


蛇足:
那須与一が的を射る場面、
学生時代に古典の授業でで読んだ人も
結構いるのではないだろうか。

私も暗唱させられたりしたので
射る前の那須与一のセリフは覚えているが

「南無八幡大菩薩、我が国の神明、
 日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神
 ねがはくは あの扇のまんなか射させてたばせたまへ」

と、ここでも日本全国の神様たちより先に
彼は八幡大菩薩の名を唱えるのである。
そんな彼は源氏方なので
もちろん清和源氏・頼朝の兵なわけで。

八幡様を信仰する与一さんを
狸たちが好んで変化のモチーフにする!
というのも興味深いところ。
なにかと、狸は八と関わってきますなー。

勝手に、
八の付く日は狸記念日にして
心の中で狸を祝おう(*'ω'*)