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とまのす

ちいさくゆっくり民俗学。

八王子養蚕つながり②:絹の道~道了堂跡

もともと、前の晩に立てた計画では

相原駅→蚕種石を探して→諏訪神社
駅まで戻って
片倉駅下車→打越弁才天白山神社

という予定だったのだが、
諏訪神社を出るときにグーグルマップを見たら
どうやら諏訪神社から歩いて白山神社にいけそうだ。
その際に大塚山公園を突っ切る感じになって、
ついでに道了堂を見ることができるし。
よし、歩こう(=゚ω゚)ノ!

という流れでコースに加わったエリアの記事。
道へ入っていく一般道との分かれ道には
秋葉大権現の石塔や庚申塔、供養塔が立っている。

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土台部分には、
家内安全ならぬ「村内安全」の文字。
昔はここに村の境界があったんだろうか?

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大きな「供養」の文字の上には小さく
西國 坂東 秩父 四国 の文字。

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正面に「秋葉大権現
側面に「金比羅大権現」「(たぶん)愛宕大権現」。
愛宕、の部分は光の具合でハッキリ読めなかった

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この絹の道というのは
八王子の養蚕農家が作った生糸を
横浜などへ運ぶ際に使った道だったとされている。
最初のほうは上の写真のように舗装されているのだが、
次第に自然に近くなっていく…
少し石畳のようになっている場所もあるが、
ほとんどはフカフカの土!
(むしろ、今回は雨でドロドロ…( ゚Д゚))

長々と舗装道路を歩いてきた足には優しいが、
靴はもうベッチョベチョになってしまった。
このあと立川に買い物に行く予定なのだが…

しばらく歩くと、にわかに公園らしくなり、
「絹の道」と書かれた石塔が見える。
その土台部分には繭と桑の葉と糸巻きの絵。

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そしてこの丘のようなものの頂上に
「道了堂跡」がある。
なんだかちょうど散策道の区切りにあるので、
「道」が完「了」するところにあったお「堂」
というカンチガイをしてしまったが…(;´・ω・)
道了というのは お坊さんの名前。

道了さんは没後天狗になって寺を守り衆生を救った!
という伝説があって庶民にも人気のお坊さん(天狗さん)。

道了堂跡にあった石碑によると、
この道了さんは「大雄山」というところの所属らしい。
(そこの修行僧、とかでなく神様的な意味で)
当時は商人だけでなく旅人や村人など
多くの人がこの道を利用したわけなのだが、
旅人や村人は度々疫病や流行り病に苦しんだそうで。
そのため鑓水商人は寄進を行い
「天狗さまに流行り病を追い払ってもらおう!」
と建てられたのが道了堂だったそうな。

関東各地でアンバ様が天狗の形で信仰されたり、
天狗の体は厄病除けに関連深い赤だったり。
そしてここでも天狗と病除けという…。
気になる組み合わせだなー(`・ω・´)

さて。
当時「絹の道」中継地点として賑わった道了堂だが
私が乗ったJR横浜線(当時の横浜鉄道)開通後、
この道はあまり使用されなくなってしまったという。

登ってみると、
まず左手に2つ並んだ石灯篭。
1890年に作られたものだそうだ。
苔がいい具合。

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そしてお地蔵さんが2体ほどあるのだけど。
古さはわからないけれど異常に壊れているというか、
表面の磨耗に対して破損がひどいというイメージ。

東日本大震災の影響かしらとも思ったが、
後でいろいろ見てみてなんとなく原因がわかったので
これからさらっと物騒な話を載せますが。

そういうの苦手!私は純粋に歴史と文化を愛したいのよ!
という人は画面を薄目で見ながら
左にラインがあるエリアを飛ばして読みましょう!

 

と、ワンクッション置いて。
当時もう大人だった方は、
ニュースなんかで聞いて普通に知ってるかもですな。

私が生まれる前の話だそうだが。
ここで2件の凄惨な殺人事件が起こっている。
そんな過去と夜になれば真っ暗な環境からか
「道了堂跡」で検索すれば高確率で
心霊現場を紹介するサイトに行き当たるほど。
どちらも結構特殊な殺人事件なので、
世間の注目度も高かったのだろう。

今でも毎日いろいろな事件が起きるし、
事件のことを紹介するのが趣旨ではないので
事件に関しては特に詳しくは書かないけれど。

 
そんな場所なので、
ふとどきな若者がみんなで
わざわざ夜中に行ったりするわけですな。

で、騒いだり壊したりしてくるのではないかと。
こちらにお地蔵様を紹介しますけれども。

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よく見てもらえば体と顔の色が違う。
割られただけでなく、
もうくっつけられない状態まで
お顔を壊されてしまったのかもしれない。
体にもコンクリートか何かで接いだ跡が見える。

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こちらは、
横に「延命」という文字の見える石碑が建っているので、
延命地蔵さまなのかもしれない。
亀に乗っているのもそれっぽいのだが。
体は横に接いだ跡が一直線にある。
そして、見切れているが
彼の乗っている亀も首を折られてしまっている。

もうね、怒ってますよ。激おこ!
こんなフリーザ様みたいな表情のお地蔵様、
冗談じゃなく 見たことないし
|д゚)…!

そういえば、
全国にはたくさんの延命地蔵菩薩像がある。
これは単に
庶民の皆さんが願望を反映して命名したのだろうか?
ぼけ封じ観音とかと同じ感じか?

というと、実は違う。
正式に(とは言っても偽経なのだが)
延命地蔵菩薩経」という経典があるのだ。

経典というとどうしても、
この世の真理とかが書いてあって
常人には全くもって解釈しきれない!
というヘーゲルのような有様(?)
と連想してしまいがちなのだが、

「〇〇菩薩経」
など仏様の名前の付いたものは
その仏様がどんな神様でどんな本願をお持ちか、
信仰するとどんな利益をもたらしてくれるかetc…
を紹介している本だと思っていい気がする。

地蔵菩薩について最もメジャーな経典は
おそらく「地蔵菩薩本願経」の方なのだが、
面白いことに
こちらに列記されている御利益には
長寿・延命に関することが1つも無い( ゚Д゚)!
検索すれば載っているページもあると思うが、
「女性は男性になれる」
「夜見る夢は安らかで楽しいものとなる」
というよく分からないことまで叶えてくれる割に、
「健康で長生きできる」
とかは無いのである。不思議だ。

一方の「延命地蔵菩薩経」では
健康や長生きが御利益の中に含まれている。
この違いの理由は
ハッキリは言い切れないけれど、

地蔵菩薩本願経はサンスクリット語
クシティガルバ・ボーディサットヴァ・
プールヴァ・プラニダーナ・スートラ
という長い名前である。
つまり、インドでできた経典。

一方の延命地蔵菩薩経というのは、
偽経の中でも日本で作られたもの。

仏教の四苦(=人生で避けられない苦しみ)を
生老病死
つまり死や病だけでなく 老いることや
さらには 生まれ出ることそのものが苦しみ!
( ゚Д゚)ナントマァ
というくらいなので、
本場インドの仏教の考え方では
必ずしも単なる「長寿」というのは
良いことでもなかった…のかもしれない。

ともあれ、そんな延命地蔵のいる道了堂は
堂守もいなくなり信仰する人も峠から減ったため
老朽化により30年ほど前に解体されたそうだ。
今では広々した土台を残すのみ。

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明治に入ってから栄えたのだし、
商人たちが寄進して作ったのだから
誰かが完成記念に集合写真を撮ったりしてそうな気もする。
のこってないかなぁ。どんなお堂だったか見たいなー。

ちなみに、石碑に書いてあった大雄山とは多分
神奈川県南足柄にある「大雄山最乗寺」のことで
まさにココが道了伝説の舞台となったお寺さん。

なんでも、そのお寺を建てたお坊さんが
同郷だったとか または尊敬する師だったとかで。
先に紹介した「没後天狗に…」という伝説と異なり、
こちらの話では天狗となって馳せ参じ
その怪力で寺の建立を手伝った!とされている。

説明によれば 最乗寺から直接でなく
浅草の花川戸から勧請したというのだが、
それらしき寺は(地図上でだが)見当たらない…。
残念。
そのうち最乗寺さんにも行って見たいな。
森がすごく気持ちよさそう。
(*'▽')
にしても
高尾山にも飯縄大権現がいらっしゃるし、
八王子は天狗の町だなー。
次回は片倉方面にある白山神社と打越弁才天さんの予定(*'▽')