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とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

清水寺の彫刻(*´ω`)

町田市相原にある清水寺
「きよみずでら」でなく「セイスイジ」である!

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相原駅から蚕種石というものを捜そうと歩き始めて
ほんの10分ほど。
なにやらお寺っぽいものが…と
病気のように引き寄せられて清水寺に不時着。


なんだか所々に作業の痕跡が。
ルーシートやスコップなどがあって改造中らしい。

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集会所か食堂(じきどう)なのか分からないけれど
大なべや木べらのようなもの
(そして細かく砕いた餅のようなもの…?)
が立てかけてある建物が最初に現れた。


そして、その奥の建物は窓からのぞくと
龍らしきものが描いてありそうな太鼓が置いてあり、
(うろこと雲しか見えなかったので本当に龍かは不明)
建物の中は まんなかが畳の間。
その周りを板張り廊下がぐるりと囲んでいる感じ。
その廊下には何か横長の板状のモノと細いバチ。
形がよく見えなかったけれど魚板(魚鼓)かも。

木魚は法事の時に住職さんが使うので
「ああ、アレね。ポクポクするやつね」
と想像できる人が多いが、
魚板はあまり使っているところを見ないためか、
「なんだそれ」
という人が多いような気がする。
魚板は珠をくわえた魚の形の木で、
これを叩くことで僧の間で時刻などを知らせるとか。

ということはこれが本堂なんだろうか?

ちなみに、
神社仏閣は火災を防ぐ願いを込めて
屋根に魚に関する装飾をすることが多い。
(鴟尾や懸魚など)
が、魚板は それらとはちょっと違う。
魚は昔「目を閉じない=昼夜不眠」であるとされ、
魚板の音は早朝や早朝の行を怠る僧への戒めらしい。
( ゚Д゚)!

ちなみにこの建物、入口の上に三葉葵が!
徳川氏関連のにおい。

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調べてみたら、
このお寺は大奥の中臈たちの隠居先だったらしい。
中臈(ちゅうろう)というのは大奥女中さんの中で、
身分や容姿に優れた者で将軍や正室のお世話をした
いわば「花形」的な方々。

というのも、
名誉な仕事だというだけでなく
将軍はこの中から気に入ったコを指名して
その晩のお相手にしたからである。
つまり側室候補生たち(∩´∀`)∩

隠居とはいえ
このお寺もさぞ華やかであったことだろう…
そんなわけで徳川の「三葉葵の御紋」が。

縁起も不明で管理もされていなかった清水寺
それが今に残るこんな素晴らしい寺になるとは。
将軍と大奥OGの力恐るべし。
ちなみに、実際改修をしたり
OGたちの身元引受人になったのは
後で登場する「青木家」の方だったそうだ。

さて、
町田市指定有形文化財になっている鐘楼へ。
鐘自体はそんなに古くなさそうだが、
楼は立派な感じがする。

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天井は格天井(ごうてんじょう)になっていて、
鮮やかに彩色されていた形跡がある。
格天井は寺院のほか書院造などでも見かける。
身分の高い人が使う部屋や宗教的に重要な部屋etc
に使われる装飾というかんじ。
あの丸の中にはひとつひとつ、
花鳥草木が描かれていたんだろうか。
そして、琵琶板(屋根近くの横長の板)には
それぞれ四神獣が彫刻されている!凝ってる!

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右下の玄武に関してはもう、
写りが悪すぎてほぼ見えないですけどね(;´・ω・)
案内板によると、
この鐘楼の建立は天保13年(1842)とのこと。

その奥にはお地蔵さんエリア(?)があり、
「ぎんなん取るべからず」の立て札。
ここ一帯は銀杏地雷地帯だったようだけど、
どうやら撤去(収穫)作業後だった。助かった…。

そして急角度で上がっていく階段を上ると、
目の前にお堂が!

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雨の降りそうな薄暗い中
生き生きした龍が柱に巻き付いている様子は、
本当にその御堂の物陰に龍が棲んでいるみたいで感動!

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扉には唐人風の人たちの様子が細かい彫刻で表されている。

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彫りに奥行きがあってとっても素敵ー。

後で調べたら、ここは観音堂だそうで。
建物は総ケヤキ造り。屋根の頂点には立派な水煙宝珠。

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あー。こんな素晴らしい御堂にお住まいの観音様、
一目お会いしたかったなぁ…(*´з`)
他ブログさまによれば、
とても古い観音様らしいが
戦火で焼けたことにより傷んでいるらしい。
(世界大戦とかでなく武田氏の所業だとか)

御開帳とかあるんだろうか。
それとも連絡してから行けば見られたのか?
龍三昧だから龍頭観音がお住まいかと思いきや、
なかには正観音様がいるらしい。
じゃぁなんで龍がたくさんいるのだろう?
敷地内の池に弁天様がいるから?
それとも龍のほうが先だったんだろうか。

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わたしは歴史とか日本建築とかには
そんなに詳しいほうではないけれど…
ここの彫刻には単純に感動した(*´Д`)スゲー
一見と言わず二見三見の価値ありですなー。
※個人の感想です


追記:

観音堂からちょっと脇に入ったところに
「善寧兒先生碑」
というモノが。なんて読むんだ?中国の人?
と思って、一応撮って帰った写真。
調べてみると「ジェンナー先生碑」だった。

ジェンナーとは、
あの天然痘対策として牛痘を研究し
より安全な予防接種に成功した
エドワード・ジェンナーその人なのだが…

え?日本に来たコトあったっけ?
(;´・ω・)?

と思いきや、
別に彼がこの地で行った偉業の碑ではなく
この地にある青木医院の青木得庵さんが
天然痘の痘種接種普及に成果を上げたので、
彼の奥さんが
その接種の祖・ジェンナーの碑を作った。
ということらしい。
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相原駅周辺に住んでいる
or相原駅をよく利用する人なら
御存じではないかと思うのだけれど、
青木医院というのは
あの「何かの記念資料館ですか」というような
威厳のある古い建物である。

この「青木家」というのが
さきほど大奥の話をした時に、
OGたちの身元を引き受け寺を改修した御家。

この建物自体が「青木家屋敷」として
なんと東京都指定史跡となっているのだが…
何よりすごいのは
いまだ現役の医院であるということ!
( ゚Д゚)ナント!
実際にまだ使用しているということで
内部の見学や撮影などはもちろんできないので、
学生時代にかかってみようかと思ったことがあった思い出。
懐かしいなぁ。

しょっぱなから寄り道してしまいましたが、
次からちゃんと養蚕関係の神社やらを見て回りますー。
(=゚ω゚)ノ