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とまのす

ちいさくゆっくり民俗学。

文治稲荷と仙人風おじいちゃん。

神社仏閣 群馬 キツネ

群馬県前橋市三河町2丁目。
突然雨に降られて雨宿り場所を探していると、
蛍光オレンジで「文治稲荷神社」の文字。

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手作り感がある…(;´・ω・)
しかし案外奥まった威厳のある稲荷社だった。
(雨で薄暗かったせいかも)
青銅っぽい明かりがちゃんとついていて良い感じ。

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ということで、軒下にお邪魔しまーす。
上の写真を見てもわかる通り、
この神社 鈴はあるものの拝殿前に2段しか階段が無い為
私の背では到底拝殿の窓からカミサマは見えない。
仕方がないので手を伸ばして携帯で写真を1枚。

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雨宿りさせていただくにも関わらず盗撮(?)とは
何とも無礼な奴だとは思うけれど。
(´・ω・`)デモキニナル
宝珠型のネオンライトのようなものがある。
下の受け皿のようなものがあるから燭台なのかも。
御榊などが入っている容器は焼き物っぽい。
暗さと画質でハッキリ分からないけれど、
そんなに古くもなさそうだしオシャレ。
町内会さんが大事にしてくれているのかもしれない。

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こういう四角くないのも「扁額」というんだろうか。
なんだかオブジェというか。立体感ある。
(むしろ実際に立体)
鳥居が立ってる。あの白く塗ってある所は狐か?
文字の右側の銅板みたいなのは、近くに剥がれた跡が。
なのでもとは∴こんな配置で3つだったらしい。
稲荷社でこの形なら宝珠かも。
屋根の一番上の瓦↓も、3点タイプの宝珠だし。

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懸魚は、ちょっとボロくなっていて明瞭ではないけれど
先日の豊川稲荷と同じく
どうやら振り向いたようなポーズで駆ける狐がいたように見える。

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拝殿の左へ回ってみると、
庚申塔と二十三夜様(二十三夜講)の碑。
庚申信仰については以前の記事
で書いたので省略('ω')ノ
二十三夜講とは
月待信仰の1つで、特定の月例の夜に講を開く。
ちなみに、二十三夜講の本尊は勢至菩薩さま。

さらに奥へ行くと
石塔に「摩多利神」の文字。

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あまりメインで祭神となっているのは見ないものの、
疫病除けのご利益があるということで
関東だけでなく関西でも祀られているらしい。
(この神様については次回ゆっくり考えます(=゚ω゚)ノ)
左隣に、先代狐なのか割れた狐が置かれているのだけれど、
土台と土台の間に挟まって睨みを利かせる顔のパーツが
なんかすごくコワい(;´・ω・)

境内の立て札には、

昔まだこの稲荷社が無かったころ
仙人風の老人が この地を訪れて
ここの土地には鎮守様がいないから、
このお金をモトに神社を作りなさいと言って
包みを置いていった。
その包みには文治と書かれていたため
ここは文治稲荷となった。

という経緯と、もう1つ

この地に住んでいた文治という者の
屋敷稲荷(敷地内に祀ったお稲荷様)だったが、
近所の住人の奥さんの夢枕に立ち
「もっといい祠にして土地の神にしてくれ」
と告げたので地上げして鎮守にした。

という経緯が書かれている。
前者に登場する「仙人風の老人」というものに注目。

仏教の稲荷神・ダキニは女神だが、
神道の稲荷神・ウカノミタマは翁神のことが多い。

(ダキニについては豊川稲荷の記事で書いたので割愛)
神道でもモトは食材に関する神様は女神が多い。
なんといっても生命の源=女性なイメージだったのだ。
トヨウケビメオオゲツヒメさんたちがその代表。

神道で稲荷の神様が翁の姿になってきたのは、
仏教流入以降と言われたりする。
あの空海さんが稲を背負った翁に出会って、
それが稲荷神の化身だった…みたいな話もあったり。

そしてその 稲の神が女性から翁になったあたりから、
「稲の神」は稲専門でなく山から来訪する神になった。

世の中、同じテーマや分野に関して
仏教と神道を比較して「こっちはこう。ここが違う」
的な話し方をされることがよくあるけれど。
それぞれの動きが、他方にも何か影響を与えながら
一部は重なり一部は同じことを違う表現で表し
些細な共通点からこの神とこの仏が同一視され。
そんなふうにこの島国の中でやってきたんだなぁ
(*´ω`*)ウン
となんだかしみじみしたり。

なので、
この仙人風の老人というのもウカノミタマか、
もしくは
ご主人様に化けた彼の眷属の狐かもなぁ…
とか思ったのでした。
おじいちゃんがお金を渡して祠を立てさせたのは、
「初期出資はしてやるし、
  ちゃんと守るから私らを忘れず信じてなさいね」
ってゆう信心の営業みたいなものかもな。
守護の対価は、心からの信心。

そうやってたまに神様は営業に出て
鎮守のいない土地
つまり人と神がともにはいない土地
撲滅運動をしているのかもなぁ。

と、なんかメルヘンなことを考えた。
疲れてるんだろうか(´・ω・`)