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とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

辛科神社とグンマのおやま。

群馬県高崎市吉井町神保にある
「辛科(からしな)神社」。
近くを通りかかったら偶然カーナビに表示され、
変わった名前なので寄ってもらった。

更科とか蓼科とかなら聞いたことあるけど、辛科?
科(しな)の付く地名は長野に多いから、長野系神社?
でも加羅支那?の当て字だとしたら大陸系かも?
とりあえず入ってみましょー(=゚ω゚)ノ

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前回の記事に書いた咲前神社・鷹巣神社の後に行ったので、
もう殆ど日が落ちてしまった…さらに寒い。

鳥居は新しそうだけれど、
その奥にある随身門と門にかかった絵額は年季が入っている。
拝殿に行ってみるといよいよ暗い( ゚Д゚)!

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拝殿の狛犬も新しそうな雰囲気。
暗いが、同伴者が居るので怖がらず散策(*'▽')♪

拝殿向かって右側に、神様長屋発見!
後で調べたら、この こぢんまりした長屋には
ホムダワケ・カナヤマヒコオオヤマツミ
イザナミコノハナサクヤ・アメノコヤネ
菅原道真・オオヒルメ・タケミナカタ・大物主etc…
これでもかというほどたくさん神様がいらっしゃった。

うっかりサブ神様ズを先に紹介してしまったけれど、
メインで祀られているのはスサノオと息子のイソタケル

この二人は、高天原から追放されたのち
韓国(と推測される地)に降り立ったことがあるとされる。
ここでも韓国のにおい!やっぱり辛=加羅か(=゚ω゚)!?


暗い中の遠距離&フラッシュ撮影なので、
かなり画質が悪いけれど本殿の彫刻が立派。

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上の写真は、松しかはっきり見えないけれど
下のは中央に男性が居て右に大きな甕に見えるものが。
左手には平たいザルか器のようなものも持っている。

絵の内容が分かれば、何か
この神社の神様や歴史に関係あるかもしれないのになぁ。
そして帰り道、隋身門の裏(拝殿側)にかかっている絵額を撮影。

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馬に乗った武士が2人の従者を連れて、
桜か何か花の咲く木の前を進んでいるように見える。

あとで高崎市のサイトで明るい時の写真を確認したら、
ハッキリは見えないがこの門の中には
どうやら あと数か所同じような絵があるらしい。
そのうち1つは武将が二騎で向かい合っているので、
数枚で1つのストーリーになっている可能性あり。

そして、さっき加羅だの韓だの言ったけれど
ここの隋身門にいる狛犬、かなり異国情緒がある。

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この古代中国・韓国の青銅器のような勾玉型の目。
尻尾は日本の狛犬のように根元からふさふさではなく、
ライオンのように先だけ房が付いている。
左右とも口を開いるので阿吽ではない。
そして、よく見ると首回りや脚に硝子のようなもの。
黄色や群青色にキラキラしている!

後で調べると、
この一帯は奈良時代 韓国からの渡来人が住み
日本に麻の加工や製銅などの技術を伝えた土地だとか。
そして、この狛犬はなんと金属製だった!
(青銅と言っている記事もあったが種類までは不明)
青銅・製鉄とも関係があるかも(*'▽')!

渡来人たちの集落なら、
今は神様長屋にいる日本の神様たちも
後から追加されたり入れ換えられただけで
モトは韓国の神様を祀っていたかもしれないなぁ。

この神社には他に社宝として、
源頼朝が奉納した懸仏などがあるらしく。
明るい時にいろいろ確認したいし。
再訪したいリスト入り!

*~*~*~*~*~*~*~*~*~

ここから、ちょっとついでに
グンマの山の話。
赤城・榛名・妙義は上毛三山と言われ、
県のマークにも表現されているわけだが。

辛や甘楽が加羅だった!
という流れで赤城・榛名について。

この2つの山は両方とも
その名を冠した神社を持つほどの大事なお山。
しかし、昔は今と違う名前だったという。

赤城山に関しては、
万葉集で「久路保の嶺」と呼ばれている。
(おそらく黒保根村の名前はその名残)

私が小さなころ聴いた赤城山の由来では、
赤城山の神の座を争って百足と蛇が争い
  山一帯が血で赤く染まったため赤城という」
とされていたが、果たして。

実は、韓国のタニャン(丹陽)というところに
新羅高句麗攻めの拠点にした
チョクソン(赤城)という山城があるそうだ。

日本に渡来した韓国の技術者たちが
新羅高句麗どちらの出身者だったのか不明だが、
新たな生活の場にある山を
故郷にある重要な山と同じ名で呼ぼう!
ということでクロホ山は改名されたらしい。

また一方で榛名山は。
いまでも伊香保温泉は有名だが、
榛名山伊香保山と呼ばれていたらしい。
山岳信仰が盛んであり、カルデラ湖のある山。

それを、同じく韓国三大神山であり
ペンノクタム(白鹿潭)と呼ばれる火口湖のある
ハルラ、ハンナ(漢拏)と呼んだことから
「ハルナ」の名が定着したとか。

戦艦・空母や特急の名前として採用されたため、
群馬県民でないの人も結構知っている山だけに
意外に思う人も多いかもしれないですね(; ・`д・´)!

まぁ、
辛科神社からの流れでグンマ-韓国つながり!
ということで紹介しましたが定説ではないので
「そんな説もありますよ」くらいに考えてくださいー。
(´・ω・`)