とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

クジラとえびすと障害者

先日、初めてYEBISU BARに行った。

(しかし私はビールが飲めないので梅酒…)

 

その時のコースターが、

グラスの水滴で濡れるとえびすさまが現れるという

結構凝った作りで感心したのですが、

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さておき。

 

 

七福神の中で一番

見た目になじみがあるのはえびすさま!

という人が多いのはヱビスビールの功績かもしれません。

 

しかし(七福神全般に言えることではありますが)

見た目の知名度に反して

どんな神様かよくわからない神様の一人な気もします。

 

そもそも七福神ご一行は

 

インド出身の

大黒天(マハーカーラ)

毘沙門天(ヴィシュラヴァナ、クベーラ)

弁財天(サラスヴァティ=ブラフマーの奥さん)

 

中国出身の

福禄寿寿老人(南極老人)

布袋様(この人だけは実在の人物らしい)

 

と、大陸出身者が多いグループですが

えびすさまは唯一日本出身!

 

日本の神話の中でもその正体は

ヒルコさんではないかとか

コトシロヌシさんではないかとか

(私は、この件に関してはヒルコ推し)

いろいろいわれているけれど、

 

もともと「えびす」というのは

もっともっと広い意味での民間信仰らしい。

 

おおまかにいえば

海から漂着したものに対する信仰。

 

もともと東南アジアや沖縄・奄美・九州界隈には

神様は海のかなたから渡来するという信仰がある。

戎や夷も、外のものという意味があるし。

 

それとか、最近もたまにニュースになるけど

クジラが漂着して

それを売ったり食べたりして飢饉の村が救われたとか。

そういう色々がくっついて

えびす信仰のモトになった。

 

だから、

昔は土座衛門も「えびす」と呼ばれて

流れ着いた土地で供養してもらったり、

船乗りが土座衛門を見つけると

船に引き上げて航海の無事を祈ったり

※これには、

「海と製鉄窯の神は女神で、

一般的には神に近づけてはならない死体を好む。

女神なので特に男性の死体が良い。」

とゆう信仰も関係ありそう。

 

クジラを「えびす」と呼んで

漁師に信仰されたりした。

漂着クジラとは別に、科学的な話としても

クジラやイルカなど海洋哺乳類に

同じ餌を食べる魚が付き従うように泳ぐ現象がある。

そこから勇魚(イサナ、大型海洋哺乳類)は

魚を呼ぶと言われ漁師の神様とされた。

 

このクジラの話に関して、

えびすさまからは少し離れるけど気になる話がある。

 

以前このブログでも読書メモ

「父親が娘を殺す話」芝正夫 - とまのす

を書いたけれど、

ここに福子思想の話が載っている。

 

福子思想とは、

地方によって呼称は違うが

知的障害の児童を「福子」「福虫」「宝子」etc

つまりは福をもたらす存在として扱うもの。

 

その中で、

北陸の海岸地帯では重度知的障害児を大切にすると

生まれ変わってクジラになり

浜に寄って村を富ませてくれるとされた。

 

という記述があった。

 

知的障害のみならず

視覚障害を持つ人を巫女として

集落の信仰・神事で重要な位置づけにする等。

 

コミュニティでの役割を与えることで

労働には従事できなくても

口減らしの対象とせず

障害者を集落に必要な一員とする。

という、制度のない時代の福祉制度というか。

 

そういう意味合いがあるのだと思うけれど。

 

障害者と、海の神様クジラ。

福子思想と漂着鯨信仰がくっついただけかな。

わたしは、その2つのツナギにもう1つ

 

さっき名前が出た

ヒルコさんへの信仰が混ざっている気がしている。

 

ヒルコは、

あのイザナギイザナミの子。

2人の第一子とされている。

 

古事記では

「わが生める子よくあらず」

という記述のみで

具体的な状態は推測できないのだけれど。

蛭のような子という名前からは

四肢に奇形があった?

もしくは何らかの理由で歩行困難だった?

と言っている研究者さんが多い。

 

また、日本書紀では

三歳になっても脚が立たないと書かれていて、

上肢のことはわからないけれど

下肢に何らかの障害があるらしい。

 

なんにしろ、

ひどい話なのだがその障害があったために

ヒルコは船にのせて海に流されてしまう。

 

日本書紀では

流されたというところまでで

ほかの国生みの話に移ってそれっきり。

 

だけど、日本各地に

 

その流されたヒルコさん、

うちに漂着したんで祀りました!

流れ着いてきたから「えびす」さんですよね!

 

みたいな伝承が山ほどあって、

神話では放置プレイされたけど

民間の皆さんにすごく大事にしてもらってたみたい。

一安心。

 

そのあたりから、

障害者とえびすさまと海は

すごくしっかり結びつき始めた気がする。

 

 

 

貴族の普段着である狩衣を着て、

ふくよかでいつも笑顔のえびすさま。

鯛を片手にご機嫌な姿からは想像できない、

そんな幼少時代があったのでした。

 

もちろん、大人になってからも

脚が悪い(もしくは耳が遠い)ために

神無月には出雲に出かけず

地元の留守番を担当しているとか、

 

参拝の時は

えびす社の裏手に回って

銅鑼を打つとか戸板をどんどん叩くやら

騒々しい参られ方をしないと

なかなか気づけないとか、

 

何かと苦労はあるようですが…

それだけ地元での力が強く

また親しみやすいということでもあるのかもしれません。