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とまのす

ちいさくゆっくり、民俗学。

たなばた。

今週のお題「七夕」

というのがあったので書いてみたり。

 

勤務先の病院でも、

ささやかながら七夕気分を味わうため、 

裏山の竹を切ってきて、病棟に設置しました!
 
今日は七夕を過ぎたので、
竹をバラして短冊を回収する作業をしていました。
患者さんもナースさんも
いろいろな短冊を書いてくれています。
 
一人一人の短冊に
笑わせてもらったり頷いたり。
 
小学校の頃に短冊を書いた覚えがありますが、
クラスの短冊を遅くまで残って飾っていた先生は
こんな気持ちだったのかな、なんて考えました。
 
さて、この「七夕」。
灰汁や仙人掌と同じ「熟字訓」というヤツです!
と習ったもので大して深く考えていませんでしたが、
もとは普通に(?)棚機or棚幡と書いていたそうです。
 
棚とは祖霊の魂を迎える場、
幡(機)とはその目印として高く掲げた布です。
こうして祖霊を迎えて豊作を祈るのです。
 
その棚と幡を設置するのが旧暦の七日の夕方だったことから
七夕と表記されるようになったとか。
 
祖霊に耕作を見守ってもらうということは
日本古来の祖霊信仰?
 
いや、しかし祖霊を供養するという意味では
盂蘭盆会だから仏教
 
皆さんご存知の織姫と彦星の話は
もともと中国の「牛郎織女」という説話。
じゃあ儒教も入ってるの?
 
でも短冊が飾ってあるのが笹竹だってトコロは
神道の夏越の大祓に出てくる茅の輪と同じ?
じゃあ神道なの?
 
…というように、日本の七夕は超ハイブリッド。
他の国と比べてみると面白いですよ。
 
上にも書いたとおり、
短冊を「笹竹」に吊るすのは神道的な風習。
茅の輪くぐりを見にいくと、
茅の輪の両脇が七夕っぽい雰囲気になっています。
地域や神社にもよりますが大祓でこの短冊の願いを書いて
七夕にそれを川に流したりすることもあるので、
大祓と七夕をひとつながりの信じとする考え方もあるのでしょうか。
 
ちなみに、五色の短冊〜♪ と歌にもありますが、
この五色とは単にカラフルならいいのではなく
陰陽五行を表す緑・黄・赤・白・黒(青)です。
黒じゃ願い事を書いても見えないじゃないか!
と言われそうなものですが、
本来短冊は願事を書く場所ではなく
五方を護る神様とつながるために五色を飾るのです。
 
これに似た考え方が施餓鬼会で飾られる施餓鬼幡。
餓鬼道に落ちた者達が五方の如来様によって
無事救われるようにと願いを込めたカラフルなお飾りです。
 
如来って5人も居たっけ?と言うなかれ。
大日如来さま、薬師如来さま、阿弥陀如来さま、
宝生如来さま、そして一番メジャーな釈迦如来さま。
ほら、5人でしょ?
 
話が逸れましたが、
短冊に願い事を書くというのは
中国の乞巧奠(きこうでん)という行事がルーツ。
この日、女性たちは天帝の娘・織女に針仕事の上達を願ったのです。
そこから、願いは織・書・舞などに広がり芸事全般になったとか。
(本当は七夕の願い事は女の子、そして芸事限定なんですよ!)
 
散らかり放題に散らかった
七夕についてのお話でした(・ω・;)